013 目的と方針1

 武術と体力の測定が終わった後しばらく休憩して、闘気法と探索術の試しをしたんだ。闘気法は、エーテルを魂倉から全身に回して体を強くするのが基本なんだって。鋼のような体になって、鬼のような力を持ち、影のように走り回る事も出来るそうなんだけど、戦いながら使い続けるのはかなり難しいみたい。

 僕は一応戦う構えをしたまま四拍呼吸をして魂倉からエーテルを動かそうとしたけど、止められた。既に魂倉にあるものを使うように、だそうだ。確かに武器で戦ってる最中に四拍呼吸をする間があることはないよね。

 魂倉からあふれた黄金のエーテルが体の隅々に行き渡って、体が活性化するイメージ。そしてさっきと同じように相手を想定して動くと、かなり長く動くことができた。さっきよりヘトヘトになってない。これ便利だなぁ。


『ねぇロジャーおじさん、魂倉の残量は?』

『消費は全体の2%前後ですな。1分で1%の目安かと。まだ燃費の改善は可能だと思いやすぜ』

『分かった、ありがとう』


 長いと思うか、短いと思うか。魔物相手の遭遇戦なら余裕があるけど、戦場に入ることを考えれば、短いのかも。


 お二人の評価は、まぁまぁ。続いて探索術。これはあまり王都などでは評価が低いそうなんだって。下品とかで。でも、野外活動でもなんでも情報は必要だと思う。

 これは四拍呼吸しながらで構わないそうで。ただ、体中の毛穴から、薄くエーテルを出して広げることと、相手に感づかれないように大気に溶け込ませるようにしなさいと言われた。


 四拍呼吸からアレンジする。息を細く長く吐く。自分を中心に波が広がるようにエーテルを広げる。体にまとうようにエーテルを押し出そうとするけど上手く行かない。体から漏れるのだけど、それを広げることができないままだった。

 しばらく続けたけど、埒が開かない感じだったので目を開けた。


「どうした、サウル」

「上手く行かないみたいで……あ」


 お二人の向こう、神殿の方向に人が3人いる。大人の男女、僕と同じくらいの女の子が一人。


「よー! マルコもパストルも久々だな! 何やってんだ? いじめか? ギャハハハハハ!」


 と、赤地に黄色のストライプのローブを着けた男性が大きな声を出す。大きな声で笑ったと思ったら、倒れ込んで咳き込んでる。ローブが真っ赤なのでまるで血の花が咲いているみたい。背の高い体に張り付くような黒服を着た大人の女性は、背後の荷物を開けて何かを探すようにしている。もう一人仕立ての良いふわっとした服を着た女の子が慌てた様子で男性の背をさすっている。

 戦士様が早足で寄っていき、見張りの人が神官様と奥様を呼びに行く。

 僕は、新しく来た人達の方に歩いて行った。戦士様も男性の腰に下がった水袋を出して飲ませようとしているが上手く行かないみたい。

 そうしているうちに、大人の女性が何か細長い透明な入れ物を取り出して、栓を抜いて、男性に飲ませる。術が加わった薬なんだろうな。すぐに男性は調子を取り戻した。


「アラン、良く来た! しかし、相変わらずだなぁ。セレッサさんも相変わらずお美しい。そして、その小さな子は以前話してた子?」


 神官様がやってきて呼びかけた。アランと呼ばれた赤いローブの男性は立ち上がり


「おう、セリオも相変わらずだな! 女と見りゃ声かけやがって、ジジイは自重しろよ!」

「アラン様」


 黒服の女性が名前を口にした途端、アラン様? がシャキッとしたのは面白かったな。女性の両目に何かガラスの枠のような物が付いてるけど、あれなんだろう? 指でくいっと直す仕草がカッコイイ。

 ともあれ、食堂に僕たちは場を移した。といっても僕と奥様と見張りの人はお茶の準備とかしてたけどね。


 僕が食堂に戻ると、大きな机の上に鑑定機が載っていて、神官様とアラン様が何やら話していた。座ってなさいと言われたので、適当なとこに座ると、小さな女の子が近づいてきた。さっきの子だ。フワフワで、つややかな黒髪をおかっぱにしている。


「あ、あの! わたしはハンナです! よんさいです!」

「えと、僕はサウル。5才だよ」


 ハンナ、ハンナ……。聞かない名前なのに、何か懐かしい。そして胸が痛む。申し訳ない気持ちがわき上がる。思わず頭を撫でた。

 ハンナはちょっとビクビクしてたけど、僕が頭を撫でるとにへーーっとしてる。思わずあごの下を撫でたくなるけど、女の子にしちゃ駄目な気がする。


「ハンナちゃんはどこから来たの?」

「ハンナはおうとエスパのシンセロイ大学からきました! いつもはアラン様やセレッサ様達といっしょ! とおくにくるのははじめてだよ!」

「そうなんだ、えらいねぇ」


 もう一回撫でると、さらににへーっとしたので、ほんと可愛いなって思った。

 全員揃うと、神官様が話を始めた。どうやらお客様も含めて僕の鑑定を見て貰うらしい。誓言をするということだから大丈夫だと思うけど、どういう人達なんだろう?

 僕の考えが顔に出ていたのかな? 神官様が簡単に話してくれた。

 アラン様は、王都エスパにあるシンセロイ大学の教授。古代文明の発掘や当時の術や技術の復元が専門。とはいえ、一種の天才なんだそうで、何でも気になったものは手を出すのだそうだ。あのお話のされ方で天才、かー。なんか不思議な感じ。

 セレッサ様。顔に付いてるのは眼鏡と言うらしい。アラン様の秘書と言う仕事をしているのだそうだ。秘書というのは、偉い人に付き従い、事務などを行って仕事を助ける役なのだそうだ。確かにアラン様は細かいことは苦手そうだ。

 ハンナはアラン様が数年前に拾った子、なのだそうだ。普通の子に命の掛かった誓言をさせるのは難しいと思うけど、そこは大丈夫なのだそうだ。


 僕が持っていた黒いタブレットを、神官様に渡す。鑑定機の上にあるスロットにタブレットを入れると、ガリガリと大きな音がした。続いてディスプレイが出て、鑑定機からボクの方に光が伸びる。本人確認の合図が出て神官様が鑑定を開始する。

 続けて誓言を受けるかどうか書かれた小さなディスプレイが、まだ誓言をしてない人達の前に現れる。全員が承諾したところで、僕の鑑定結果が表示された。


 前回から諸元も技能も伸びている。風の精神が伸びている。90台だ。地の肉体も変化があるので、背が伸びたり体が丈夫になるかも知れないな。

 技能は術系が中心。基本となる下級技能のエーテル操作、エーテル感知などが軒並み2。

 神術は祈念が1で、四大術は無し。探索術も無し。闘気法は肉体強化が1になっていた。エネルギーはそれなりに減っている。計算してないけどちゃんと減っていると思う。

 

「ギャハハ! なんじゃこりゃこりゃすげーな、サウル! 500kmの泡倉ってなんだよそりゃ! おかしすぎんだろ! ちょっとお前大学来いよ。俺が面倒見てやるからよ」

「アラン様、社会経験の乏しい子供をあんな魔窟に放り込むなど正気ではありません」

「わりぃわりぃ、冗談だ冗談、はーおかしい。でもよ、実際どうするよ? サウルをこの村で匿い続けるのは難しいんじゃないか?」


 そこを神官様が引き取った。


「そうなんだよね。私も50を超えてる。数年は良いとしてその先、新しい司祭が来たりすれば対応が変わることもあるだろうね。その際にサウルの力が漏れる可能性がある。いや、高いと思うよ」

「あの、神官様、誓言で守られるのでは?」

「そうなんだけどね。あれは鑑定内容を話さないというものだから、見られてしまうとどうにもならないんだ。例えば、サウルの泡倉。井戸の水を運ぶとき、使ってたでしょ? あぁ言うの見られたら誓言に引っかからないんだ」

「え? あれ見られてたんですか?」

「うん。テオがたまに君を見てたんだよ。彼は偵察の専門家だから、君に気づかれず見張るなんて訳無いのさ。まぁそうじゃなくても何かの偶然で、ということは大いにあり得る」

「そうなるとよ、やっぱり王都にでも出て揉まれた方が早いんじゃ無ぇか? 適当に名前変えて冒険者にでもなればよ、やばくなったらトンズラで行けるんじゃね?」

「それは、逃げ出せるだけの力と判断力を持ってる場合だよアラン。サウルは賢いけど力も無く機微に疎い。騙されてしまえばおしまいだ」

「じゃぁどうすんだよ。このまま世捨て人になれってか? 5才でそりゃあんまりだぜ」

「そうだね。しばらくこの神殿で力を付けて貰おう。そうしたら何らかの方法でこっそり世に出して、判断力を付けて貰おう。後は本人の自由かな?」

「適当な案だな。まぁでもそれしか無いか。しかしよ、サウルはどうしたいんだ?」


 僕に視線が集まる。ほんとは、大人の言うこと、神官様達の言うことだから、どうなっても従おうと思ってた。僕よりえらい人や頭の良い人の決めることだし。僕には何も無い。お金も力も権力も。

 でも、その時、ハンナと目が合ったんだ。ハンナは、ただただ純粋に僕を見てた。打算も無く、ただ期待して僕を見てた。そしたら良い子にしてるのが恥ずかしくなった。そして、気がついたら声を出していた。そんなこと言うつもりは無かったのに。


「皆さん。何故、僕のことをそんなに考えてくれるんですか? 僕が贈り物ギフトを持っているから? 僕は皆さんに何か返せるか分からないのに」


 食堂がと静まって、皆僕の顔をじっと見ていた。

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