012 試し3

 僕は部屋に戻って最初は四拍呼吸をする予定だったんだけど。それを変えて、椅子に座って考えごとをする。

 エーテル操作の興奮が冷めると、疑問が浮かび上がったんだ。

 一度、奥様の四拍呼吸を見ただけで、なんであんな事ができたの? 奥様が見せたのは、「外側」。心の中で呼気を視覚化すること、魂倉をイメージの中で把握すること。誰も話してない。

 その方法は、僕の中から湧き上がってきたんだ。ごく普通に。まるで昔からそうすることを知っていたみたいに。

 5歳だから昔なんて無いんだけど。

 僕は5歳だけど、名付けの儀で目覚めてから、変わっちゃった。家を出る前、エミルも「サウルはお兄ちゃんみたい」って言ってたし。僕が変わったから家から出されちゃったんだよね。


 前世のせい。


 良く分からないけど、前世のせいなんだよなぁ。前世の誰かさんが神様に認められたので、次の僕がこうなっている。らしい。らしいけど。僕、そういうの頼んでない。嫌だなぁ。僕、この先どうなっちゃうんだろう。

 そうそう。後は神様。神術の試しの時に呼びかけに応えて下さった女神様。お話しした方が良い気がするけど、なんだか、ちょっと怖い。

 また、何か変わりそう。そんな気がする。


 今、僕が色々考えてもどうにもならない。それは分かってる。理性という奴で。でも、この理性は僕のものなの? 前世の人の贈り物ギフトなんじゃない? もしそうなら、僕って何なの? 贈り物ギフトのおまけ? 僕はどこに居るの?


 じーっと考えていると、なんだか酷くお腹が重くなってきた。涙も鼻水も出てきたし。

 気分転換に、四拍呼吸してみよう。あ、でも魂倉に繋がず、もちろん神様にも呼びかけないよ。


 四拍呼吸を椅子に座ってひたすら続ける。深く深く、呼吸にだけ意識を残していく。

 最初は魂倉に触らないつもりだったんだけど、結局触っちゃった。全身にエーテルを巡らしていくと、空でも飛べそうな気分になってくる。さっきまでの暗い気分はどこへやら。


 そうやって四拍呼吸していると、奥様がお昼の手伝いが欲しいという事で僕を呼びにいらっしゃった。部屋中黄金の霧で、奥様は驚いていらっしゃった。

 奥様は家事に四大術を使うので、それほど重労働じゃないけど、一人だと面倒みたい。いつもは戦士様達の誰かが手伝ってくださるそうなんだけど。僕がお手伝いすると奥様は段々楽しくなってきたのか、鼻歌を歌ってた。

 朝の残り物と、暖めたパン。後はお茶。火をおこすのと、パンを温めるのは奥様が四大術でされた。僕に見本を見せるためみたい。

 

 僕が初めて見た四大術は、やはり懐かしい感じがした。


 お昼を皆で食べていると、神官様が試しが全て終わった後に、僕の鑑定をすることについて提案されてた。見張りの人偵察の人は特に文句も無く賛成。

 午前中の僕の様子については特に話に登らなかった。


 代わりに一つ、戦士様から。

 村の井戸の水が変わったとのこと。濁ったとかじゃなくて、凄くきれいになったそうだ。村の井戸はちょっと匂いがしたけど、それが無くなって。それを飲んだ戦士様が言うには、神殿の井戸と同じなのだそうだ。

 神官様が、頬をピクリとさせ


「マルコ、ひょっとしてそれは食事のしばらく後に起きたのかな?」

「細かい時間は分かりませんが、私が報告を受けたのは朝食の1時間ほど後でした。えらく泡食った様子でしたから、発見からそれほどの時間は経ってないかと」

「あー、そう。サウルはどう思う?」

「え? 僕です? すいません、分かりません」

「ならいい」


 言うなり神官様は不機嫌そうに黙り込んでしまった。奥様は何か感づいたかのような顔をされたけど、黙ってる。戦士様達は困惑。僕も全然……、あ! ひょっとして、神術の試しと関係してるの?

 僕がびっくりした顔をして神官様に目をやると、神官様が唇の片方をつり上げて笑った。


「その、司祭様、対応はどうしましょう?」


 戦士様が恐る恐る話しかけると、


「私の想像が正しければ、問題は無いんだけど。それじゃ納得してもらえないから、マルコ達がサウルの試しをしている間に見てこよう」

「分かりました。有り難うございます」

「そういえばさ」


 偵察の人が言う。


「この村に来た時って、神殿の井戸も臭かったよな。いつからか、神殿の水だけきれいになってびっくりしたもんだ。あれはでかい魔獣が出たときだったから、5年前だっけ? 討伐を終えて戻って来たら、水が旨くなってたから驚いたよなー」


 僕と神官様は微妙な顔をしてたと思う。


 食事が終わると、神官様と奥様は井戸の様子を見に行かれた。

 僕は、戦士様見張りの人と一緒に中庭へ。偵察の人は、周辺の見回りなんだそうだ。


 戦士様も見張りの人も、軽装だ。手には刃を潰した大小二つの剣とこれまた大小二つの鈍器。と、僕にも握れる太さの木の棒が幾つか。壁際には直径50cm程の丸い盾と、僕の小さな体だと完全に隠れそうな金属の盾。あれは、僕は持ち上げることも出来そうにない。

 昨日とは打って変わって、きれいに晴れ上がった空。中庭は硬い土がほとんどだけど、周辺には何やら植物が植えてある。奥様のものなんだそうだ。薬草とかかな?

 見張りの人に木の棒を渡されて、ちょっと振ってみるように言われる。冒険者ごっこみたいな感じなのかな? と、やってみたけど、違うみたい。エミルとなら良い勝負なんだけどな。


 ちょっと試合やってみようと戦士様が言い出して130cmほどの大きな方の剣と丸い盾を取り、見張りの人が素振りじゃ無くて試合ですか? え? 鎧無しですか? 俺、不利じゃないですか? と、言いつつ80cmくらいの大きい方の鈍器と大きな盾を取った。

 5m程の距離を取ったところでお二人が礼をして構える。

 すると二人が紐で引き合うように近づき。戦士様は盾を掲げつつ下半身をなぎ払い、見張りの人が上から鈍器をたたき付けた。互いに正面で受け止めず。盾は多少音を立てるのみ。

 体も大きく得物も長い戦士様は、見張りの人と比べ多少距離を取りたいようだが、見張りの人はそれを許さない。戦士様は窮屈そうに剣を振るっていたが、突然丸盾で見張りの人の盾の縁を殴りつけ、ついで鈍器も殴りつける。見張りの人の体が開き、動きが一瞬止まったところで試合が終わった。戦士様の勝ちだったみたい。

 時間にして1分も経ってないと思うけど、凄い迫力。まぁ僕の倍は有る身長の二人がぶつかり合うんだから当たり前だけど。やっぱり本物の迫力は違うって思った。冒険者ごっことは違うんだ……。エミルとアニタに会ったら自慢しよう。


 そう思ってるとお二人が寄ってきて、もう一回素振りをやってみることに。目の前に相手がいるつもりになって、だそうだ。見張りの人が、それって素振りじゃ無いと思うんですが、と言ってたけど戦士様は黙殺。

 50cmくらいの棒を剣に見立てて右手に握る。盾は僕には大きすぎて持てないから真似だけ。

 お二人が見る中、庭の真ん中に立つ。心が緊張でざわつくので四拍呼吸をする。目を開けたまま呼吸を繰り返すたびに心が、しん、となる。

 僕の目の前に相手が居るつもりで。そう言われた通りにしてみるが、中々見えてこない。

 相手が居る。そう思い直す。

 そこにいて、僕を倒そうとしている。人か獣か、男か女か、片手武器か両手武器か。盾はあるのか、鎧はどうか……。

 そう思うと何かぼんやりとした影が居る気がした。シルエットは戦士様に似ているけど、持っているのは竿状武器。盾は無し。野獣のような気配。僕は自然と棒を構え、前に突進した。

 相手は竿状武器の柄で剣をいなし、絡め取り、僕の体ごと引き倒そうとする。思い通りに動かない体に焦りながらも、打ち合いを繰り返す。僕は相手より小さな体を活かしてでいりをくりかえ……

 そうとしたところで、僕は体が全然思った通りに動かないことに気がついた。具体的に言えば、足が動かない。

 その場に座り込んでしまう。

 息が上がってる?

 なんで?!

 遊びの時はずっと走っていられるのに!

 剣に見立てた棒を振ろうとしても、全く勢いが無い!

 あれじゃ相手をたたきのめすなんて無理じゃないか! 数回思い切り棒を振っただけなのに、もう指がおかしいし!


 まるで思い通りに動かず、イライラしていると、お二人が近づいてきた。


「最初動き始めたときはすごいもんだと思ったが。まぁ年相応の体力といったところだな。仕方ない」

「そうですね。誰を想定してたのか分かりませんが、竿状武器が相手だったようですね。ここにはない武器ですけど、どこで見たんだか」

「それにあの動きは、駆け引きを想定したものだ」


 その後、色々と聞かれたが、僕にも良く分からない。相手が何となく見えて、それに対応する様な動きをした、としか言い様がない。戦いを見たのは今日が初めてだし、父はそういうのとは無縁だし。

 多分、前世の人繋がりなんだと思うけど、見張りの人は誓言を受けてないのだから言わない方が良いんだろうと思い黙ってた。


 その後、庭を走り回ったり、剣を実際に振ってみたりと色々した。鬼ごっこみたいに逃げ回るのは楽しかったけど、戦士様の顔がちょっと怖かった。

 結果としては、体力不足みたい。今後鍛える、と言われたけど。僕戦う人になるのかな? 術も好きなんだけどな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る