011 試し2

 奥様の部屋は、神官様の部屋と同じく本がたくさんある部屋なんだけど、ちょっとほこりっぽい感じ。良く分からない道具が並んでいたり、薬草やら人形が無造作に机に置いてあったり。床に本が積まれてたり。窓には布が掛けられていて、日の光は入ってこない。ちょっと薄暗く、カビの匂いがして。でもなんかホッとする感じ。

 僕がキョロキョロと見渡していると、神官様が


「マリ、また散らかってる」


 とあきれ顔。奥様は


「研究に家事にと忙しいんだよ。それにいっつもあんたは手伝いから逃げるしさ。結婚するときには……」

「分かった分かった私が悪かった」

「分かりゃ良いんだよ。で、サウル。今は誓言を立てた人間から居ないから言うけどさ。あんたあれから数字増えてるんじゃ無いかと思うんだ。技能もね。農業の暦、四大術の古代文字とその読み取り能力。幾ら風の精神が高いとは言え、おかしいと思うんだ」

「確かにそれは私も考えた」


そう言われても、僕は鑑定機持ってないし……。あ、ロジャーおじさん、何か分かる?


『あー、はい。あっしの把握してる範囲では、坊っちゃんの諸元全体が上昇傾向ですな。知識技能も。古代語については、技能が生えてるんでさ。あっしはあまり物を知らないただの管理人ですがね。こいつぁ、ちっと変わってるなんてもんじゃないですぜ』


 普通魂倉に管理人居ないと思う。……しかし、これは言っちゃ駄目な気がする。黙っておこう。奥様が気楽な調子で仰るには、


「それでね、まずいきなり術をぶっ放そうというのは無理だろうからさ。エーテルを扱えるか見て見ようか」

「エーテルというと、色んな術を使うときの元ですよね? 僕、見たこと無いですけど」

「そりゃそうさ。エーテルは普通の人間には、見えるもんじゃないよ。ただ、感じることはできる。エーテルは、空間に溶け込んでいてどこにでもあるんだよ。ただ存在するプレーンがちっとずれているんじゃないかという説も有って、あたしはその説が好きなんだけど」

「マリ、マリ、戻って戻って」

「あー、ごめんよサウル。それで……。まぁとにかくあたしのやるのを見ててご覧」


 そう言うと椅子に姿勢良く腰掛けて、目をつぶり、深呼吸をはじめた。一定のリズムで。胸と鼻、口の動きを見る。吸って止めて吐いて止めてと繰り返ししている。しばらくするうちに、周りの空気がちょっと変わったのを感じた。どうとは言えないのだけど……。


「こんな感じさ。吸って、止めて、吐いて、止めて。それぞれ四拍ずつ行うんだ。吸う時にエーテルを吸い、お腹の底に止めて、要らないもの汚れたものを吐いて、止める。四拍呼吸という基礎中の基礎。これだけで術が使えるわけじゃ無いんだけどね。まぁやってみな」


 奥様に換わり椅子に腰掛ける。僕は小さいから、奥様のように足が着かずぶらぶらしちゃったけど。奥様が手近な箱を置いて下さったので、足が安定した。

 姿勢良く座り、拳は膝の上。顎を引き、目をつぶり、静かに目を閉じる。何か酩酊したような感覚。

 エーテルはどこにでもある。エーテルを取り込み、不要な物を外に返す。エーテルの循環。

 鼻から息を吸う。黄金に輝くエーテルが、鼻を通り、気管を過ぎ、肺に。取り込まれたエーテルは魂倉をかすめる。息を軽く止め、エーテルを感じる。息を吐く。不要な物、汚れたものを吐き出す。ゆっくりと世界に返す。限界まで吐ききる前に息を止め、空虚な自分を感じる。

 何度か繰り返すうちに、僕の中が高まってくるのを感じ始める。腹に貯める時に魂倉に繋げたらどうなるかと、言葉で無く思った。次のサイクルで試してみる。

 魂倉は腰骨の辺りにある。息を止めるときにはその辺りにエーテルがある感覚だ。だから、そのエーテルを魂倉に浸透させれば何か有る、はず。

 吸気と共に引き下ろしたエーテルをイメージした魂倉にまとわせる。息を止めると同時に、ぐいっと圧を掛けて染みこませる。

 途端、魂倉の位置がポカポカと暖かくなってきた。息を吐き、次のサイクルでも同様に続けていくと、徐々に温度が高くなり、尾てい骨や背骨に沿って強い感覚が登ってきた。

 これは面白いね。このままずっと続けていたいな、と思っていると、


「サウル、終わりだよ」


 と。僕は奥様に声をかけられてビクリと震えた。

 ふう、と大きく息を吐き、目を開ける。僕の周囲には黄金のエーテルが薄い霧のように立ちこめていた。


「なかなかやるじゃ無いか。初めての四拍呼吸でヒント無しに魂倉との接続に成功し、エーテルの意識的な変換まで。大したものだよ。普通はここまで綺麗にやるには早くて半年。下手すりゃ2年掛かる。それも、経験者の補助付きで、だよ。サウルみたいに一度見ただけでひょいとこなすのは聞いたこと無いね。サウルはどんな前世持ってたんだろうねぇ」


 その声を聞きながら、僕はちょっと気になっていた。


『ねぇ、ロジャーおじさん、技能生えた?』

『へぇ、下級技能のエーテル操作、エーテル感知が2レベル』

『3レベルになれば、最下級の術士、だったっけ?』

『さいで』


 古代語と言い、エーテル系の技能と言い、ちょっとした経験で技能が生えるというのは、どういう理屈なんだろう? 僕には良く分からない。でもそういうものだということにしておこう。


「ほんとです。僕にどんな前世があったのか、凄く興味有ります。有能な人だったのでしょうか? でも、初めてやることがすぐできちゃうのは、なんか気味が悪いです。あ、今の四拍呼吸? は楽しかったですけど」


 楽しくて、ずっとやっていたかったのは本当だよ。


「エーテルを四大術にするには、もうちょっと段階を踏むんだけど。まぁ最初は四拍呼吸だけ見るつもりだったからね。あたしの用は終わりだよ」

「では次は神術だね。普通、四大術と神術は同時に使えないんだけど、サウル君は全ての術技能が開かれていたからね。ちょっと試してみようと思うんだ。これから私の部屋で試しを行おうと思うけど、疲れは?」

「いえ、無いです。どちらかと言えば、ワクワクというか、体から力が溢れる感じが」

「エーテルを魂倉に取り込んで力が溢れてる状態さ。そりゃそうもなる。大丈夫だよ」


 神官様の部屋に行き、先日鑑定を受けたときと同じ位置に座る。


「四大術と同じく、まずは四拍呼吸をしてみよう。そしたら、今度は魂倉からあふれた力をんだ。祈りと共にね。その時には具体的な神様を思い浮かべるようにしてご覧。本当は、思い浮かべるところに色々あるんだけど。まぁやってみて」

「セリオ、見本も無しにやらせるのかい?」

「私は何故か上手く行く気がするんだ、やらせてみようよ。もし上手く行かなかったら、見本を見せるから」


 ということで、やってみることに。どうも腑に落ちないけど。まぁいいか。

 先ほどと同じく四拍呼吸を開始する。先ほどより順調にイメージが浮かび、今度はお腹いっぱいになったような幸せな感じがきた。そして、魂倉にエーテルを染みこませると、反動のように何かがにじみ出してきた。それを上に上に。

 頭の上からエーテルを吹き出す。

 四拍呼吸を続けながら取り込んだエーテルを魂倉に、魂倉から背筋を超えて頭から吹き出す。この流れをしばらく続けるけど変化が無い。

 神様……。そうだった。神様に届けるんだ。神殿で見る女神様の像を思い浮かべる。僕は他に神様を知らないし。その視線を思い浮かべて。エーテルをそこに届けるように頭から出ていって神様に届きますように……。

 何か繋がった?


『コミエ村のサウル。あなたからの祈りは届きましたよ。今後はお話しするきか……』


 急に女性の声が聞こえて、僕はびっくりした。そしたら繋がりはプツンと切れて、声も聞こえなくなっちゃった。

 目を開く。周囲には四大術の時と違い、温かな白い光が広がっている。四大術の灯りとはまた違う感じ。神官様が優しい顔で


「どうだった?」


 とお聞きになるので、僕は正直にお話しした。


「おお! この土地の女神様に祈りをね。で、びっくりして途中で切れちゃったと。良く有る話だ。ちょっと私は安心したよ」

「でもセリオ……」

「……あぁ、確かに神殿に入ってすぐの話じゃ無いね。下働きやらいろんな事を勉強してから、だねぇ。まぁいいさ。しかし、今後のために、パストルとテオにも誓言を受け入れさせて置いた方が良さそうだね。お昼に相談しよう」

「セリオ、それは構わないけど、あんたお金はどうするんだい?」

「……私が出すよ。経費じゃ落ちないしね。しかし、もっと時間が掛かると思ったんだけど、まだお昼には時間があるね。サウルも疲れただろうから、ちょっと部屋で休憩してくると良いよ」


 と言うことで、解散になった。ちょっと部屋でも四拍呼吸してみたかったので、僕は素直に部屋に戻ることにした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます