01 コミエ村にて

003 目覚めの日

 ぼくはコミエ村のサウル。8月うまれで5つだよ。今日はお祭りだって、かあちゃんが言ってた。

 司祭さまにスキルを見てもらうんだって。すごいスキルだったらいいな。食べ物がたくさんもらえるといいな。おなかいっぱい食べたい。いっつもブラス兄ちゃんにとられちゃうんだ。


 お水を井戸から10回くんで、うしさんのわらをすてて、にわとりに草あげて。朝のお手伝いはおしまい。今日はこれだけでいいんだって。とうちゃん、うれしそうに言ってた。さいきん、こわかったからよかった。


 ごはんのむぎがゆ、つぶつぶたくさんだった! はっぱも、お肉も入ってた! ブラス兄ちゃんも大喜びでおかわりしたよ。ぼくもおかわりしたんだ。二回もお代わりしたのにおこられなかったよ。毎日お祭りになるといいな。


 おかたづけしたら、かあさんが着がえなさいっていうから、着がえたよ。でこぼこしてない服! いつもの服はいろんなところに四角い布がついててでこぼこしてるの。この服色が付いてる! はっぱの色だ! すごい! おきぞくさまみたい!


 しんでんに行ったよ。エミルとアニタもいた。エミルとアニタは、いつもいっしょに遊んでるんだ。今日は川のひみつきちに行くんだ。お魚とるの。

 たくさん大人がいて、みんなにこにこしてる。ぼくも良く分からないけど、良いことがある気がしてすごくうれしいの。お祭りがあるって聞いてから、おなかと頭がむずむずして、すごく元気なんだ。


 ぼくと、エミルとアニタはしんでんの広いおへやで並んだんだ。いつもしさいさまがお話ししてくれるおへや。ぼくたちとしさいさまは、いちばん前の神様がいるところにいて、しさいさまがみんなにお話ししてくれたんだよ。でも、ぼくは神様が気になって聞いてなかった。神様、なんだか、とてもうれしそうに見えたんだ。

 しさいさまがお祈りのポーズをして目をつぶりなさいって言ったから、そうしたの。そしたらピカッと光ってしらない女の人の声がしたんだ。


『コミエ村のサウル。契約に基づき、扉の開放を行います。衝撃に備えてください』


 途端に視野が開けた。いや、目はつぶってるんだけど。頭の中のもやが晴れたような。司祭様が立つように言ったので立ち上がる。両隣のエミルとアニタが居るのが分かる。真正面の司祭様がこっちをじっと見ていた。


 自分の中身が変わった。そう感じた。語彙が違う。というか、さっきまで語彙などと言う単語は知らなかったはずだ。単語なんて言葉も。自分のことを自分、と認識することも無かった。

 おかしい、僕は誰だ? コミエ村のサウル、5歳。誕生日は分からないけど、夏だったはず。父はドミンゴ、母はイネス。3つ上に兄のブラス。すでに死んだ名前も知らない姉。

 こうして独白する間にも、違和感がどんどんと増していく。不快感が増す。頭痛がする。下腹部に火箸でも突っ込んだような熱さ。一つ考えれば二つ三つと違和感が増す。何が分からないかも分からない。頭がグルグルする。何も考えたくない。


 気がつけば、目の前に司祭様がいた。隣には村の戦士の人。抜き身の剣を持っていた。


「僕は誰ですか?」


 と、次の瞬間意識を手放していた。


 気がつくと周りは暗く、小さな灯りが一つついていた。

 かすかに見える天井は、見慣れた物では無い。寝床も違う。いつもの匂いは無い。家の寝床はあまり干さないので、湿っぽいし、獣の匂いがする。しかし、この寝床はどうしたことか、この辺りで嗅いだことの無い花の香りだ。多分薔薇だと思う。

 薔薇、か。

 僕は村から出たことが無い。薔薇なんて知らない。なのにこの香りが薔薇のものだと知っている。


 気味が悪い。

 自分自身が恐怖の対象になるなんて思ったことも無かった。まぁついさっきまで、自意識を持っているかすら怪しいただの子供だったわけだけど。


「僕に何があった?」


 寝床の縁に腰掛けてつぶやくと、目の前が陽炎のようにゆらりと揺れ、1人の大人の男が現れた。

 年は父と同じくらいか。細かいウェーブの掛かった黒髪で、細身。上等そうな服を着ている。顔は整っているが無精髭が生えていて、唇の片方だけをつり上げて笑みを浮かべている。

 そしてなんと、背後が透けている!


「坊っちゃんは、坊っちゃん。間違いなく、コミエ村のサウル様でさ」


 ぼくがしかめっ面をすると、


「おっと、お初にお目に掛かります。あっしはロジャーと申す者。坊っちゃんの管理人を任されました。ケチな小者でありますが、以後お見知りおきを」


 ロジャーと名乗る怪しいおじさんは、優雅に膝を曲げて礼をした。まるで僕が貴人か令嬢かのように。


 魂倉というのは、色んな生物が持っている大事な物で、下腹部にある。エーテルを貯めたり、術を使うときの要だったり、スキルを使うときにも使うらしい。後は、新しいスキルを取ったり、伸ばすときにも、魂倉の中に溜まってる何かを使うそうだ。

 無くなっても生きていけるらしいが、何もできなくなるし、病気にもかかりやすくなる。犯罪者への処罰の一つに、魂倉を抜くものがあるという。

 だが、魂倉に管理人がいるなんて聞いたことが無い。魂倉はうすぼんやりした返事を返すことがあるという。とは言っても言葉ではなく、はい、いいえ、といった雰囲気がぼんやりと持ち主に通じるだけらしい。

 まぁこの辺は神官様の受け売りなんだけど。


 ロジャーおじさんは、じっとこっちを見ている。何か言わなきゃ!

 僕は何故だか、ここは強気に行かないと駄目だと思った。

 大きく息を吸い込んで……。


「ロジャーおじさん、僕のこの状況の原因はなんでしょう? 教えてください。後、あなたを任命した人、誰ですか?」


 ……強気じゃない気がする。ま、まぁ僕はただの村人だし、子供だから大人怖いし、仕方ないじゃない! 多分、僕頑張ったと思う。


「坊っちゃん、おじさんはあんまりでさぁ……」


 ロジャーおじさんは意外とダメージ受けていた。僕は無言で促す。


「坊っちゃんは、と言う言葉ご存じで?」

「……何故だか知ってるね」

「坊っちゃんの前世は凄いお方でやした。神々の王とすら親しげに話せたほどで。その偉業を讃えられたそのお方は、次に生まれるとき、色々と便宜を図ると神々から約束された訳でさ。あっしもその便宜の一つってこってす。坊っちゃんをお助けするようにと言付かってるんでさ」


 神々の王が云々というのは話半分に聞いておく。魔族が僕をだますために演技している、という可能性はある。しかし、ロジャーおじさんは大丈夫だと思った。根拠は無い。


「いつまで?」

「坊っちゃんが死ぬまで」

「報酬は?」

「坊っちゃんのエーテルからほんのちょっと」

「副作用は?」

「無し」

「他の人から見える?」

「今は見えやせんが、お望みとあればいかようにも」

「何ができる?」

「それはまた追い追い」

「前世のことはどうすれば分かる?」

「今はまだ」

「ここはどこ?」

「すぐに分かりますぜ、坊っちゃん」


 途端、ロジャーおじさんは煙のように消え、ノックも無しに部屋の扉が開いた。

 そこには、村の神官様と戦士様が1人、険しい顔で立っていた。

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