002 再会と依頼2
四半世紀以上前、学生時代に住んでいたアパートの部屋には、厳めしい顔の老人、エスニックな美女、ヒグマのような大男。走馬灯にしても脈絡が無い。
そして老人の顔から、自称ヤマシンの柔らかな声。顔と声が釣り合わないことこの上ない。違和感がある。しかし、私に驚きは無かった。麻痺してしまっているのかも知れない。
老人の顔をしたヤマシンは語る。
「知っての通り、あの日ボクはテロで死んだ。それは間違いない事実だ。そしてボクの魂は散逸して無に帰るはずだった」
「ふむ、そこで何か起こったのか」
語りの邪魔をするつもりは無かったが、つい口から漏れる。
「そうだね。この宇宙は、地球のある宇宙の眷属にあたる。まぁ親戚のような物。で、その宇宙意識の一端が地球に出張中でね。あのテロ事件を見ていたんだ。そして、ボクの魂はサンプルデータとして持ってこられた」
「運は良いが夢の無い話だな。しかし、なんだかんだ言って今は主神なんだろ? 元々居た神とかはどうしたんだ? 追い出したのか?」
口調はいつの間にか学生の頃の物だ。
「んー。元々ボクは神になる予定では無かったんだけどね。なんだかんだあって、今はこの立場。元々居た神は、追い出したわけじゃないよ」
「言えないこともある、か」
「正面から言われると辛いけど、まぁ。そう」
老人の顔が苦笑する。私は自分の一人称が混乱するのを感じる。「俺」か「私」か。そういえば、いつから「私」が一人称になったんだったか? まぁいい。
「こっちとあっちは行き来できるのか?」
「できる。だけど、こちらとあちらは接続は不安定でね。接続できないときもあるし、時間の流れもすぐ変わる。向こうで1日過ごしたらこちらでは数百年経ってた、と言う事もあったし、その逆もあった。君を迎えに行ったときはたまたま落ち着いていたけどね。
そして、君の魂は生きたままの転送に耐えられない。死んでただの情報になれば別だけど、転送の度に死ぬのは嫌だろう? ボクのような立場になれば大丈夫だけど、お勧めできないね。主に自由度的に」
「ふむ。なかなか面倒な制約だな。で、俺は今後どうなる? 後、向こうはどうなった?」
古いSFで考えるなら神の一員となっての活動か。ライトノベル的な展開なら、様々なギフトを貰っての気ままな旅。さらにハードモードもあり得るが、こうして事前説明をするのだから考えづらい。
状況になれてくると、やはり家の様子が気になる。会社も実家や兄弟も。
「……元々、計画的な行動では無かったんだ。こっちの時間で数百年ぶりにあっちに繋がって、情報収集ついでに君の様子を見に行ったら死んでるんだ、驚いたよ! 死後二日目だったかな? 見た目といい、匂いといい、惨劇だったよ。多分一度停電したんだろうね。家の中は真っ暗だった」
「あぁ、それはお見苦しいところを。出迎えもできずにすまんかったな」
不可抗力である。なんとなく不快なニュアンスが声に出た。右隣のヒグマのおっさんがこちらを睨む。
ヤマシンは気にした風もなく。
「ボクは君の魂が回収できる事を確認すると、反射的に回収を実行した。計画外だったので、部下からかなり怒られたよ」
「実際には準備に半日ほどあったんだが、誰の言う事も聞かず大変だった」
ヤマシンが厳めしい老人の顔でウィンクする。一方、ヒグマのおっさんは人を殺しそうな目でこちらを見る。
その間も左のお姉さんは黙ってミカンを食べるだけだ。このお姉さんは何しに来たのだろう?
「まぁ色々有って蘇生に1週間ほど掛かったんだ。その間にボクも考えてね。須田ちゃんにはレビュアーになって貰おうと思う。神の使い、神使という奴。今、神界と地上は行き来しづらくて、あまり地上の様子が手に入らないんだ。亜神もほとんど居なくなったし。一応神殿経由で情報を得ているんだけど、どうにも偏っててね。須田ちゃんなら、原作者だし上手くやってくれるんじゃ無いかと」
しばらく考えたのち、了承した。
聞いた限り、もう俺は死んだのだ。だから日本に帰っても、もはや須田浩太郎ではない。もしもう一度死んで送り返されても、身分証が使えなければ現代日本ではまともに生きることはできないだろう。まさか別宇宙の存在が日本の身分証を偽造できるとも思えない。
そうなれば、受けざるを得ない。
そこから条件を詰めた。多少時間はかかったが。
・地上の赤子に転生する(転生先はランダム)
・須田としての意識は5歳まで封印する
・幾らかのギフトを与える
・魔法と武術について研修してから転生を実行する
・死んだ場合、神になるか再び転生するか選べる
などなど
一通り話し終えると、不具合に関してなどは、転生後に検討することになった。
基本的には現地民として好きに生き、いろいろなところを見て感じたところを報告する。神使として様々なところを見て歩くために必要な力は与えるが、それまでだ。バランスブレイカーではない。
その後、家のことなどを聞いた。停電後、家のペットは死んでしまったらしい。マンションとはいえ、停電でエアコンが切れれば冷えてしまう。再度エアコンを付ける人間がいなければ、温度は保たれない。そして熱帯魚は温度変化に弱い。デグーのハンナも会社の後輩が見に来た時には死んでいたそうだ。
葬儀は地元の兄が仕切ったらしい。罵りあって喧嘩別れした親父は、呆然としていたそうだ。
会社の方は、幸い仕事の仕切り直しの時期だったので、大きな混乱はなかったらしい。
どの話もつらかったが、一番心に来たのはデグーのハンナのことだった。我ながらおかしいと思ったが仕方がない。
親父や兄とは離れて長かった。母親が死んでからはほとんど会っていないし電話もしていない。色々有って、そりが合わなかった。俺にも悪いところは有ったがお互い様だったと思う。
会社は仕事上の関係だ。長く勤めて、仲良く食事をすることぐらいはあったが、それくらいのものである。プライベートの付き合いは無かった。
インターネット上の趣味友などに不義理を働くのは心苦しかったが仕方がない。
だがペット達は俺の庇護下だった。彼らの死は俺の責任だと思った。
俺が死んだのは不摂生を重ねていた俺の責任だ。誰のせいでもない。それに巻き込まれたペット達を思うと辛かった。
その後、ヤマシンはメトラル神の人格に戻った。
そして、ヒグマのおっさんと左のお姉さんの二人をしてくれた。ヒグマのおっさんは火の神ベスティアス。左のお姉さんは水の神ヤドゥ。
ベスティアスの名前には覚えがあった。火属性の神のうち、戦士や勇猛な獣を司る神だったはずだ。火属性の神のまとめ役なのだという。
ヤドゥについては覚えてない。三代目の魔術神なのだそうだ。
どうやら俺の知ってるニュースフィアと違う部分があるようだ。
で、ベスティアスとヤドゥが来たのは、俺へのギフトのためらしい。何かくれるのかと思ったら、訓練してくれるという。ただし、二人が認めるまで。
「ちょっと待ってくださいよ。私は見ての通りのおっさんですが大丈夫ですか? この体はもう50近いですし、そもそも死因が不摂生による物です。戦士の神や魔術の神の訓練をまともに受けられるとは思えません。何らかの処置が必要なのでは無いですか?」
思わず口調が戻っていた。まぁヤマシン相手ならともかく、神様達相手にため口もおかしい。
「大丈夫じゃ。どうせその体で下に行かせるわけにはいかん。免疫の事やら魔術絡みの事やら有るからな。修行用の仮初めの体に移ってもらう」
と、事も無げにメトラル神が言った瞬間、俺はどこか森の中に居た。
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