001 再会と依頼1

 遅くなりました。所謂異世界転生になりますが、ちとプロローグが長そうです。

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 ふと目が覚めた。

 天井はどこかで見たような安い木の板。これまたチープな蛍光灯が光っている。


 体に違和感はない。ちと饐えた匂いのする布団が掛けられていた。体を起こすと、そこは6畳の畳の部屋だった。壁際にブラウン管テレビ、骨董品級の古いパソコン。布団の隣には小さなコタツがあって、その上にはこれまた骨董品の家庭用ゲーム機に、古いTRPGのルールブックに、何か書き付けてあるルーズリーフ。申し訳程度の教科書。懐かしいバインダー。酒瓶も転がっている。


「思い出した。ここは私が大学時代に住んでいたアパート」


 もちろん当時のアパートはとっくに引き払っていて、この状態で有るはずが無い。多分、見知らぬ誰かが住んでいるはずだ。ひょっとしたらもう無いかも知れない。

 しかし、思い出の中の部屋と余りにも合致している。その証拠に、バインダーの中身は私が若い頃作った苦い思い出だったからだ。


 コピー用紙を綴じたバインダーの表紙には、当時の彼女が描いた女神の絵。キャンペーンで何度も出てきたお節介な女神だ。彼女は女神が好きだった。演じてるのはGMである私だったのに。そして「ニュースフィア」と手書きの飾り文字。昔作った自作のTRPGのルールブックだ。

 バインダーを開けると、何度も読み返した文章が顔を見せる。数値には手書きの修正、所々にメモが入ってるのも思い出のままだ。

 高校の時から作り始め、大学のサークルで友人達を巻き込んで作り上げた「ニュースフィア」。卒業して社会人になっても、たまに集まってまた遊ぼうと約束したが、あの事件で皆バラバラになった。


 嫌なことを思い出した。こういうのを黒歴史というのだろうか。

 コタツから立ち上がり、窓辺に近づく。そしてカーテンを開けた。カーテンの向こうは真っ白で、思い出の風景を見ることはできない。

 恐らく、霧だ。ミルク色の空気の5cm先も見通せない。


 さて、どうしたものかと振り向くと。

 コタツに見知らぬ男女が3人座ってた。全員私を見ている。その異様な様子に私は息を呑み、立ち尽くす。


 真正面でこちらを見ているのは、どこかで見た老人だった。年は70近いか?白に近いプラチナブロンドの髪が肩まで伸びている。ひげはない。穏やかだが油断のない顔つきは、昔通った道場にいた師範のようだ。着ているのは青を基調とした司祭服のようなもの。ローマ法王が説法の時に着ているような感じの物だ。金糸銀糸の刺繍が施されていて非常に豪華だ。しかし、老人の顔が余りにも武芸者なので違和感がある。司祭服は老人の肉体で膨れていた。これ、絶対体はムキムキだ。少なくともコスプレには見えない。


 左側にそわそわと落ち着かない様子でいるのは、黒髪の美女。エキゾチックな顔立ちは非常に整っていて、可愛いと言うより綺麗なタイプ。お目々ぱっちり。20代中盤。中東、インド系という感じなのだろう?服装はインドっぽい感じもするが良く分からない。彼女は私と老人を交互に見ている。おびえているようにも見えるが、どこからか取り出したミカンを食べている。


 右側に座っているのは、でっかい男だった。ヒグマを人間にしたらこうなるのではないか、というような雰囲気。西洋系の顔立ちなので違うかも知れないが、40代中盤から50代。恐らく私と同年代だろう。つるっぱげだが、綺麗に整えられた黒髭が有った。男性ホルモンが濃いのだろうな。だが、私は同じ毛髪に不自由している男として親近感を持った。ヒグマのような男が、狭いコタツに申し訳なさそうに入っているのは何かユーモラスな絵面だった。


「まぁ座りなさい」

 正面の老人が流ちょうな日本語を発した。確かに、この状況で私だけが立っている訳にもいかないだろう。話が進まない。

「では失礼して」

 私はコタツに足を突っ込んだ。もちろん正座だ。状況が分からない以上、安全に行くのが処世術。ふと気づくと、コタツの上は綺麗になっていた。何も載っていない。私の思い出の数々はいずこ?

「おっさん、足崩せや」

 と右のヒグマ。お前もおっさんだろうに、と思うが、

「ではお言葉に甘えて」

 と足を崩す。体重92kg体脂肪率35%ウェスト115cm、おまけにすだれハゲで長年の不摂生を重ねている私に、正座は苦行だ。礼儀として正座して見せたのである。


「須田浩太郎、享年49歳。死因、心筋梗塞と脳梗塞による多臓器不全」

 老人は名乗りもせずに言い放った。目つきは、大企業のえらい人や政治家と交渉する時と同じ。この無礼も計算のうちというわけなのだろう。

「なるほど。やはり死んでましたか」

 私はとぼけみせるが、正直現実感が無い。状況が突飛すぎて判断できない。しばらく3人を見るが誰も言葉を発しない。まだ私のターンのようだ。

「……それで、私が死んでいると仮定しまして。ここはどこでしょう?私は仏教徒でしたから地獄の裁判所でしょうか?」

 まぁ標準的な日本人なので、実家に帰ったときに墓参りするくらいだが。後、もし地獄の裁判所だったとして、彼らは仏教に帰依する十王には見えない。

 十王というのは、地獄の裁判官だ。死んだ人間は七日毎に十王の裁判を受け、通常は7回、つまり49日後に沙汰が下る。これが所謂、初七日だの四十九日だのという風習の元になっている。

 私はそれきり口をつぐんだ。そちらのターンだ。


「……ここはニュースフィアの神王城。その特別室だ」

 ヒグマのおっさんが沈黙に耐えきれず口を開いた。

 ニュースフィアは私はかつて作ったゲームの世界。神王城は、イモータルプレーンに存在する神々の城の一つだ。そこを治めるのは主神であるメトラル。

「……ということは。あなたはメトラル神?」

 老人がうなづく。

 この老人をどこかで見たことがあると思ったら、私が描いた似顔絵(?)か。リアルにするとこうなるのか。となると、右のヒグマのおっさんは獣の神ドラウグ。左の女性は誰だ?覚えがない。大量にいる戦神や土地神の一柱か?


「この場は誰が作ったのですか?何故ニュースフィアなのです?」

 有名ゲームでも小説でも良かったはずだ。何故、世に出たことも無い同人TRPGで世界を作った?プレイ人数はとても少ない。設定を詳しく知るのはほぼ身内。私にとって愛着はあるが完全とは言えない作品だ。

 やたらと威圧感の有る老人、メトラルが口を開く。

「お主はうすうす分かっておろう?ここは……」

「ぼくが作ったんだ」

 同じ老人の口から若い男性の声が聞こえてきた。この声は……

「久しぶりだね。須田ちゃん。ヤマシンだよ」

 四半世紀以上前に死んだはずの友人の声だった。

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