004 確認二つ

 神官様と戦士様は、扉を開けたところで寝床の縁に腰掛けた僕と目が合った。お二人は、険しい顔のままだ。朝までの僕が見たら泣いてたかも知れない。


「こ、こんにちは」


 僕はなんとか笑顔を浮かべて挨拶してみた。しかし、お二人の顔は険しいままだ。名付けの儀を追えたばかりの貧農の小せがれに向ける顔じゃ無い。『児童虐待』という単語が不意に頭をよぎったけど、意味は分からない。


「もう夜の鐘もすぎましたよ。……ええと、あなたの名前はなんと言ったかな?」


 神官様が、苦笑いのような顔で言った。神官様の見た目は五十代。遠くの街に子供が居ると聞いたことが有る。こんな開拓村には勿体ないほどできた方で、いろんな事にお詳しい。それに昔冒険者でもあったそうで、戦いでは普段の物腰とは打って変わり、苛烈な肉弾戦をするそうだ。

 で、夜の鐘。コミエ村では一日三回、日が昇るとき、お昼、日が沈むとき。うちではご飯の目安にしている。

 名付けの儀があったのが朝の鐘のしばらく後。夜の鐘が鳴ったのなら、もう日が落ちる頃。父も母も、ご飯に遅れるとすごく怒る。叩かれる。げんこつなら良いけど、火かき棒で叩かれたら大変だ! 一度ブラス兄が叩かれるのを見たけど、しばらくは倒れたままピクピクしてた。


「サウルです、司祭様。夜の鐘が鳴ったのなら、僕、もう帰らないと! 寝床を貸していただいて有り難うございました! それでは!」


 しばらく固まってた僕は寝床から飛び降りて、扉に向かう。扉を抜けて、家に帰ろうとしたけど、部屋の中央で戦士様にがしっと止められた。戦士様ちょっと、いや半端なく匂う。多分、これ魔物除けの匂い?


『その通りですぜ、坊ちゃん』


 頭の中にロジャーおじさんの声がする。魂倉の管理人なのだから、消えても僕とは繋がっているのだろうな。なんだか不思議と安心した。

 戦士様は僕を抱えて移動をはじめた。袋のように肩に担いで。僕の頭は戦士様の背中だ。顔を上げると神官様と目が合った。


「心配しなくてよいですよ。ちょっと確認したいことがあるだけです。それにあなたのお父さんには、今夜あなたを預かることを話してます。気にしなくて大丈夫」


 神官様がそう言うのならと、大人しく運ばれる。神殿の裏手なのかな? 入ったことが無いけど。僕のうちの居間より大きな部屋についた。

 戦士様は肩から下ろしてくれた。

 中は昼間のように明るくて、壁は棚ばかりで本が沢山。真ん中にテーブルがあって、大きな銀色の箱があった。字の書いてあるボタンが沢山付いた板がくっついてるし、良く分からないものがゴテゴテと付いている。

 格好いい。

 あのボタンとかどう使うんだろう?


『……鑑定機。坊っちゃん面倒な事になりやした』

『鑑定機っていうと、持っている技能やら状態やら分かる、あれ? 一回鑑定するのに凄くお金掛かるんでしょ?』

『鑑定対象次第ですがね。通常鑑定で銀貨3枚はかかるかと』

『そんなお金、僕見たこと無いよ!』


 お金は、クレという単位で、

小鉄貨 =     1C(クレ)

鉄貨  =    10C

銅貨  =   100C

銀貨  =  1000C

金貨  =100000C

 みたいな感じだ。あと、もっとすごいお金があるそうだけど良く分からない。母が前言ってたけど、うちで一食にかかるお金は鉄貨2枚くらいらしい。4人家族で。

 一回鑑定するだけで……、ええと、150食分で、ざっと十五ヶ月分?!


『……坊っちゃん計算間違ってますぜ。150食を3で割るんですよ』

『あぁ。ごめん。なら一ヶ月は三十日だから、二ヶ月分くらいかー。それでも凄い金額だね』


 と、僕がびっくりしていると、


「だから大丈夫だって、あたしは言ったんだ」


 と壁の方から声がした。見ると、神官様の奥様がいらっしゃった。綺麗な深い緑のローブを着ていらっしゃる。いつもしかめっ面しててガミガミ怖いんだけど、ときどきオヤツをくださる良い人なんだ。


「私が名付けの儀で神に祈った途端、この子の魂が急激に変質して倒れたんです。魔に乗っ取られた可能性はあったでしょう?」

「部屋に連れてきたってことは大丈夫だったんだろ?」

「えぇ。念のため、本鑑定してみますよ」

「げ、本鑑定? 五年前やったのが最期だったね。あれの正規料金は銀貨10枚だったはずだけど、誰が出すんだい?」

「……私の蓄えから出しますよ。興味がありますし。そろそろ触媒足りなくなりそうなので取り寄せないといけませんね」


 奥様はふんっ、と言うと、机の近くに椅子を置いて座った。神官様は鑑定機の前に。戦士様は扉の前に立った。

 僕はどうしようと思っていると、神官様が鑑定機の前の椅子に座るように指し示した。銀貨10枚の本鑑定。どうなるんだろう。


 神官様がガチッガチッガチッとボタンを押して行くと、僕の周りがうっすら光った。

 途端、鑑定機の上に大きな四角い光る板が出てきた。A2サイズ? 縦40cm、横60cm位。


 その板を見た途端、何かもやが晴れてくる気がした。

 左半分の上の方に名前やら年齢、誕生日。僕の絵もある。凄い。水鏡に映した姿より綺麗。左下には、状態。力やら敏捷性、エーテルに関する諸元。現在値や将来伸びる可能性の値など。

 右上には、変わった図が描かれてた。円周上に幾つかの樹上図が書かれて技能が段階的に描かれている。先端は下位だ。それを幾つか束ねる中位があり、関連技能全てを束ねる上位技能がある。僕の技能段階はまだ無いけど、全ての技能が取得可能になっている。

 例えば剣を使うとき、片手剣や短剣など、個々の武器を操る技能や、なぎ払いや武器を使った特殊技能は下位技能だ。それを束ねた武器戦闘が中位となり、肉体戦闘が上位となる。上位技能を持っていると、それ以下の全ての技能を使用可能となる。中位、下位の技能があればそれらは累積する。

 短剣を使うのに、短剣技能(下位)が三段階、武器戦闘技能(中位)が二段階となっていると、短剣を振るうのに五段階として使うことができる。長剣技能が無くても、武器先頭技能を代理にできる。つまり長剣を二段階として使うことができる。

 作った当時は画期的だと思ったのだが、分かりづらいと不評だった。

 樹上図の近くには、残エネルギーが五千と書かれている。これが多いのか少ないのか良く分からない。

 ……いや、この数値はかなり多かったはず。必要エネルギーの表があったはず。

 下位技能に関しては0から1にするのに1で済んだはず。

 ……ん? 何かおかしい気がする。今の考えにが混ざってるよね、これ?


 と、光る板を見て考えていたのだけど、周りから見られていることに気がついた。神官様も奥様も怪訝な顔。


、ようですね。どう思います、マリ」

「鑑定結果は、鑑定者に伏せられていても、本人には読めるだろう?」

「この子は五歳ですよ、マリ。おまけに教育を受けた事は無い。古代文字を読めるのはおかしいでしょう?」


 神官様が奥様に語りかけていた。ロジャーおじさんの舌打ちが聞こえる。


「……あ、承認画面が出ましたね。マルコもご覧なさい。第二級の誓言要求ですよ」

「司祭様、お戯れを。第二級は、王族や各宗派の枢機卿が機密保持に使う物ですよ?」

「おーおー、こりゃホントだわ。えらい事じゃ無いか? 受けるのかい? セリオ」


 奥様の言葉を受けて、戦士様は苦い顔だ。

 そして司祭様は、一瞬僕の顔を見ると、ほーーーーっと長いため息をつかれた。


「ここまで来て引き下がれないでしょう? もし嫌なら、マルコもマリも部屋を出てください。第二級の誓言に反する事を行えば、死か、もっと酷い目に遭います」


 しばらく沈黙が広がると、奥様が口を開いた。


「セリオあんた、ここに来る羽目になった事件を忘れたのかい? いつか本当に好奇心で身を滅ぼすよ」


 そういうと、奥様は、椅子に座り直した。続いて戦士様が、


「……これも任務上必要だと思いますので」


 と、戦士様は部屋の隅に手近な椅子を引き寄せて、椅子をきしませて座った。戦士様、凄く体大きいから。多分、180cm100kg超。


「マルコ、そこでは字が読めませんよ?」

「問題ありません司祭様。私は古代文字が読めませんので。それに、解説して下さるのでしょう?」

「では」


 司祭様が、ボタンをガチッと勢いを付けて押す。僕にはディスプレイの変化は分からなかったけど、司祭様と奥様の表情が変わるのが分かった。

 ……ん? ディスプレイというのは、あの光る板のことなのね。


「確かにこれは第二級が必要だね。第一級でも良かったのかもしれない」


 司祭様の声はちょっとぼんやりしていた。

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