第38話 僕は一人だと思っていた
「あいつ。人に迷惑をかけるなとか言っといて」
ななみが話を終えると良賢君は鷲谷のようにそう毒づいた。
「そう言ってやるな。迷惑をかけられた私がもう許しているのだから」
ななみの言葉を最後に良賢君は原稿用紙にスピーチを書き始めた。
ななみの奴がよくやってくれたようで良賢君がスピーチを書いてきた。今は生徒会室に集まりみんなで良賢君のスピーチの審査をしているところだ。
人の心のこもったスピーチを勝手に審査するとかいうのもどうかと思ったが、そういう空気なので仕方がない。
僕は一人だと思っていた。
良賢君のスピーチはこの言葉から始まった。俺がスピーチの書かれた紙を読み上げるという大役を仰せつかり、みんなの前で恥ずかしい事を言わされていたのだ。
人は死んだら一人になる。いままでのやさしさも何もかも死んだら灰燼になるだけだと思っていた。
それを聞いた大人たちは子供が何を分かった風な事を言っているのだろうかと言った。
だが、彼らにこそ死が間際になった人間の何がわかるというのだろうか?
分かっていないのは大人たちだと思っていた。
だが、分かっていないのは僕だった。
大人たちがそこまで考えて物を言ったと今でも信じてはいないし、正直信じたくはない。
一番それを分かっていると信じたくない人間からそれを教わったのだ。
生意気と思われてもあえて言います。
そいつは何もわかってなどいません。僕に少しでも思わせる事ができたのは、それこそ奇跡であると思います。
彼女はとにかく僕の事を笑わせようとしてくれた。
僕がいくら拒絶してもかまってきた。
何か考えでもあるのかと思ったけどそうでもなかった。ただのバカだった。
彼女が何も考えていないから僕は気づく事ができた。
考えるのじゃなく感じるべきだったのだと。
大人たちが言ってきた事は理屈抜きで考えて普通の事だったのだ。
大人たちが分かってて言ったわけではない。だが、分かる必要もないことであった。
これを聞いている人の中に難病で苦しむ人もいるだろう。これは、その人達に向けたスピーチだ。
命の大切さは人に言われてもわからない。自分で気づかなければいけないのだ。
分かった気分になるのはいい。僕らはそうする事でしか自分を保てない。
何かを分かっている人から教わろうとするのではなく、何も分かっていない人から自分で探るという事をしてほしい。
そうすれば救われると思う。
僕がそうなのだから。
死は受け入れるしかない。だが、命の大切さは知らなければいけないものではない。だから忘れがちになってしまう。
どうか、必死になって足掻いて自分の価値を探してほしい。
僕みたいに救われる人もそれで増えると思うから。
「みんなのご評価は?」
このスピーチを聞いたときみんなは静まり返っていた。これが返答のようなものだが、一応言質はとらないといけない。
「聞く必要ないでしょう? しんみりしているところに水を差さないでよ」
「このスピーチは俺たちをしんみりさせるためのものじゃないからな。そこまでにしてもらうさ」
ちかどさんこそ余計なこと言ってないで結論出してくれないかね?
言おうと思ったこの言葉はわざわざ言うまでもなかった。全員一致でこのスピーチを流すと決まったのだ。
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