第37話 伝えたいことを明確にするのだ
「良賢君よ。伝えたい事を明確にするのだ」
ななみの良賢君に対するアドバイスはまともなものだった。
このためにいくつもの小説や文章の書き方の本などを用意して、その内容を良賢君に伝えている。
このバカに似合わず勤勉な事で付箋なんかをつけてわかりやすく良賢君に解説しようという努力も見えた。
「ボクは……」
良賢君は考えた。
自分の生きた証を誰かに伝えたいなどと漠然と考えていたが生きた証とは何かとか、どうすれば伝わるかとかを全く考えていなかった。
「だからあんな普通のものになったんだよね」
前に書いた作文を思い出して言う。
先生に書かされたような他に自分のような病気で苦しむ人がいなくなってほしいなどという内容の作文ができたのは自分が何も考えていなかった証拠でもある。
「何を感じてほしいかを考えよ。本当にこの病気で苦しむ人がいなくなってほしいならそれでもいいだろう」
良賢君は思う。そんな事は微塵も考えていない。
でもそう考えると本当に自分の伝えたいことは何だったのだろうかが見えてこなくなる。
「ななみはどうおもった?」
自分一人では答えは見えないだろうと思った良賢君は聞いた。
「大けがしたときどう思った? 詳しく聞かせて」
「私がけがをしたときの事を詳しく話そうか」
ななみは鷲谷と家族ぐるみの付き合いをしていた。
一緒にクルーザーツアーを楽しんでいるななみと鷲谷はクルーザーの船尾にあるスクリューを眺めながら言う。
「船長は危ないって言ってたけど、そんな危なそうに見えないな」
他に大きなスクリューも見たことのある鷲谷はななみに向けて言う。
「そんなんどうでもいいよ。早く島に着かないかな?」
その頃はまだ今と比べて多少ましだったが、気ままでお転婆だったななみは、鷲谷の言葉にそう同意をしたわけでもなかった。
「うめーもん食えるんだろ? 海栗とかサザエとか」
「食いもんばっかかよ」
この頃からすでに色気より食い気であったななみはそう言い船首に向かっていった。
目的の島が見えたときは今日で一番のワクワク顔をしていたのだ。
島に着いて海の幸を堪能した後サンゴ礁の広がる砂浜を走り回った。
腹が満たされれば子供らしく遊びまわる。ちょっと危険な事もしてみたくなるような年齢だった。
クルーザーは船着き場に着くために動いていたのだが動くクルーザーを見てみようと、近くにまで二人で泳いでいったのだ。
クルーザーのスクリューの振動が腹にまで響くような距離に来た。
「近すぎないか?」
「まだ近づけるって」
ななみは止めようとするが鷲谷はさらに近づいていこうとする。
ななみは近づきすぎてしまった。
ななみがスクリューの水の流れに巻き込まれていった。
鷲谷は反応すらでき無かった。ななみはスクリューの水の流れに吸い込まれ、高速で回る羽に体を切り裂かれてしまったのだ。
「うわあああああ!」
鷲谷は絶叫をあげる。クルーザーの乗組員の一人がすぐにななみを見つけ、エンジンは停止されななみは応急処置を施された。
今は離れ小島にいる。ヘリコプターがやってきてななみの事を本土の大病院まで緊急搬送する流れになる。
鷲谷は無理を言ってななみの乗るヘリコプターに同乗した。
意識がまったく戻らないななみの事を幽鬼のように力のない目で見つめていた鷲谷。
ななみの症状が悪化しないように必死に状態を見守る医師の様子を見ていた。
「意識が戻りました」
ふと医師の一人が言う。ななみは目を開けた。周囲を見回し自分の傷も見つける。
「なにこれ……」
「しゃべっちゃだめだ!」
医師がななみに語りかけるが聞こえていないななみは周囲を見回した。
「なにこれ……痛い……痛い……」
意識が戻り傷の痛みに気づいたななみはそう声をあげた。
「動かないで!」
医師の言葉が聞こえていないななみは自分の傷を見つけた。
「なにこれ! 嫌! 嫌ぁぁぁぁああ!」
痛みでバタバタと暴れ出したななみ。医師達が押さえつけるところに鷲谷は飛びこんでいった。
ななみの両腕を押さえつける。
「ななみ! 俺を見ろ!」
「鷲君……」
ななみの両腕を押さえつけるとななみは大人しくなり鷲谷の目を見返した。
すぐに泣き顔になっていく。
「鷲君。助けて……死にたくない……死にたくない」
「俺が助ける! 助ける! お前は死なない!」
根拠もなく力もない鷲谷は言う。
医師たちはななみの口にマスクを当てて鎮静剤の投与をした。ななみの意識が少しずつ薄れていく。
「助けて……鷲君」
最後にそう言ったななみ。次に起きたのは病院の集中治療室のベッドの上だった。
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