第34話 いい事ばかりじゃないよ
笹島君はとてつもなく羨ましいことに、いいとこのお嬢さんといろいろご縁があるようであった。
羨ましすぎるぜ。こういう形で役にたっていなければ嫉妬でぶん殴っていたところだぜ。
「いい事ばかりじゃないよ」
勝者の余裕を見せつけてくれやがります笹島君の謙遜の言葉だ。
とにかく、広告をいろんなところに張らせてもらうという難題はこれでクリアした。次の課題に移りますか。
「広告くらいで仕事やりましたーってわけにもいかない。俺たちで街頭に立って宣伝しないとな」
どこか人の集まるところに行って、よろしくおねがいしまーす。とか言いながら広告を配る的な事をしなければならない。
「なんかそれじゃ味気ないな」
糸居先輩が余計な事を言い出した。ななみじゃないんだから余計な事を言わないでください。そういう事を言うと自分の首を絞めるぞ。
「もっともっとテレビ映えするような事を考えないと」
ちかどさんも言い出す。
俺の考えは、ここじゃマイノリティらしい。
「でも具体的には何を?」
笹島君が言ってくれた。これに乗っかろう。
「そんな都合のいい方法があるとも思えないし、とりあえず広告を配りましょう。仕事をしながら、いいアイデアが浮かんだらそれから話し合いを始めましょう」
さっさと広告配るぞ。余計な考えを起こす前に体を動かすに限るというものだ。
「なし崩し的に広告を配りでも始めて、最後までズルズルとそれを続けさせようとしてない?」
ちかどさんが言う。その通り。このまま広告配りでもやっておけばいいと思っているだけなんだけどね。
アレか? 何かいい方法があるのか? そしていい方法があるとして、それは簡単に実行できるような方法なのか?
「会議ばっかやってましたなんて言う訳にもいかないでしょう? 行動しないと」
「良賢君に作文のレベルアップを要求しといて俺達のやる事がこれって言うのもね」
糸居め。余計なことを言いやがった。それを持ち出しやがったか。
俺はあのままでもいいとは思ったが、良賢君への要求は生徒会全体の要求だ。当然俺も含まれる。
「俺は何の変哲もいない口が悪いだけの奴だけど、巫女のちかどさんと、忍者の糸居さんと、武家の笹島君なら何かいい人引きの方法あるんじゃないですかね」
とりあえず、さりげなく話を丸投げする。文句あるなら自分らで考えてくれ。
「口が悪いだけの奴って。確かにお前にはそれしか取柄ないけどな」
糸居てめぇ。そこだけ拾うんじゃねぇよ。さっさと考えろ。
「鷲谷君。自分の事をそういうように言うのはよくないよ」
ちかどさん。あなたも早く考えてください。
「ボクががんばる」
笹島君がグイッっと出てきた。
最近彼は頑張ってくれてる。
「俺たちは何を手伝えばいい?」
笹島君に案があるなら任せよう。二人の意見も聞かずに話を進めていく。
「一般教養として落語をやっていてね」
武家はわからんな。そんなもんが一般教養なのか。
「ここにお越しの皆さま。どうかどうか私の粗末な話に耳を傾けておくんなまし」
それから早速実行に移された。
笹島君好きのキモイ女子の一人がこのスーパーの店長の娘という。
田舎のスーパーにしては、けっこう大きな店舗である。天井は高く、一通りの日用品はそろっていて、俺もたまにジャンクスナックを買いに来たりする場所だ。
スーパーの売り場の一つを開けてもらい、そこで笹島君は本格的な派手な着物を着て噺家のようにして話し出した。
「あるところに良賢君という病弱な少年がおりまして、高校のおせっかいな生徒会長が彼に目をつけたのでございます」
俺は話が今に至るまでの事を細かく笹島君に話していた。
「生徒会長は彼女を邪魔する極悪非道の男の目を盗もうと粉骨砕身するのです。隠れて逃げようとして失敗し、空を飛ぼうとして失敗し……」
こいつもかよ、誰が極悪非道だってんだ。みんなしておれを悪者にして楽しいか?
「今は良賢君は、自分の命の灯を誰かに伝えたいと、心を込めたスピーチを考えているのです」
そこまで言うと話は終わった。
だがここに買いものに来ているオバ様方は、笹島君の言葉に耳を傾けていなかった。
「実際はこんなもんか」
誰もこんなものを聞きはしない。今日の晩飯の献立を考える方が大事だ。それが当然なのである。
落語くらいでは人の気は引けないのだ。
俺はこれで引き下がるしかないと思った。素直に広告を配る作業に戻ろうとして、締めの言葉を考えているところだ。
「ここにお越しの皆さま。どうかどうか私の粗末な話に耳を傾けておくんなまし」
また最初から話を始めた笹島君。彼はまだやるつもりなのだ。自分が良賢君のために人を集めるようにしたいのだ。
彼の独演は閉店になるまで続いた。
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