第31話 良賢君の作った作文だけど
今はまともに動けるようになった私は、良賢君という子にかまっている。
今となっては彼に何をしてあげればいいのかわからない。
最初は良賢君を元気づけようとだけ考えていた。
笑顔を取り戻し、前向きになってくれた良賢君を見て、私は一仕事をした気分だったのだ。
良賢君が、なぜ自分の事を曝してまで自分の作った作文を皆に公開したいのかを、私は知りたい。
そして、それを分かってあげられるのは私だけであろうと思う。これは私に与えられた使命であるように感じる。
良賢君の心に深く潜りこむために、私は怪我をして死に瀕していた辛いころを思い出す。
あの時の事を思い出すと今でも体が震える。それでも私は深く思い出した。
「ここで終わりか」
良賢君の気持ちには、まだ届いていないらしい。
「まったく文才がないな。私の先進的でわかりやすい文章には遠く及ばないぞ」
ほざきやがれ。
「このまま書き続けろ。悪くない」
俺は原文の方の紙をななみに渡した。
良賢君の気持ちに一番近づけるのはこいつであり、俺たちが良賢君のためにがんばるためにはこいつがカギを握っている。
「だが、この先をどうするべきかわからないのだ」
それを考えるのがお前の仕事なんじゃないですかねぇ。それ、画家が何描いていいかわからないって言ってるようなもんなんですけど。
「お前なりの答えを書くんだよ。この作品の続きに俺たちがこの先頑張れるかがかかってる。期待してるぞ」
そう言ってみる。この言葉はこのバカには効果がてきめんだったようだ。
「ふっふっふ……」
笑い始めたななみ。
「ワシ坊にそこまで言われてはしょうがない。この一世一代の超大作を大至急で完成させて見せようではないか」
はっはっはっはっはと、高笑いを始めるななみ。
現実の作家さんたちもここまで扱いやすければいいのだがな。
「なあ。お前が私に期待をしたのはこれが初めてではないかね?」
俺にズイッっと顔を近づけてくるななみ。
そりゃそうだ。このバカに頼る瞬間が来るなんて世界の終わりの日になってもありえないだろう。
「私がこの大作を仕上げたら、一つ要求を聞いてもらおうではないか!」
「いいだろう」
俺は即答した。ななみは、肩透かしを食らった感じで呆けた顔をした。
芸のできたおさるにご褒美と考えれば、ありえないこともない。無茶な事を言い出したら蹴り飛ばして断ってやればいいだけの事。
「それでは急ピッチで進めるぞ! 皆を笑いと感動の渦に巻き込んでやる」
「笑いはいらん!」
やはり、こいつに任せるのは不安だ。
だがこいつにしかできない事なのである。
「良賢君の作った作文だけど」
生徒会の会議は俺の司会の後にちかどさんのその一言で一気に神妙になった。
良賢君もやはり小学生。ななみほどではないにしろ、文章はひどいもんである。
中には、この病気の事をいろんな人にわかってもらいたい的な事か書かれていた。
「なんかな……でも、こんなもんかな……」
つい口走ってしまう俺。
これでは普通過ぎる。テレビ局を呼んでまで話すような事とは思えない。
「いやいや、良賢君の書きたいものを書かせるべきだよな」
彼のためにここまでやっているのだ。これを載せたいと良賢君が言うなら、載せようではないか。
「こんなものじゃないはずだ」
俺が結論を出したというのに、ななみ様はご不満のようである。
「良賢君は人に自分の事を刻み付けたいと言ったのだぞ。こんなものでできるはずがない」
病人に鞭を打つななみ様からの厳しい意見。このバカを黙らせようと思ったものの、生徒会の他のメンツの様子を見るに、ななみの言葉に一理ありと考えているようだ。
「おいおい。良賢君はいくら賢い子と言っても小学生だぞ。過大な期待をかけすぎだって」
俺は言う。良賢君だって手を抜いて書いているわけではないはずだ。
俺たちがあーだこうだ言うべきではない。
「これで良賢君は満足なのかな?」
ちかどさんが言う。満足かどうかは知らないが、本人が出しているんだから本人も納得済みという事だろう。
「これじゃ伝わってこない。全然物足りない」
糸居先輩も小学生に向けて、何を無茶を言い出すのか。あんたはどこぞの批評家か?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます