第30話 なんでこんな事を明るく話せる?
「わからんよ。なんでこんな事を明るく話せる?」
ななみはそのスピーチ動画に懐疑的だ。
「お前はこの人の気持ちがわからんと?」
そりゃ困ったな。こいつの意見も参考になりそうだと思っていたが、これでは期待できそうにない。
いかん。考え込みだした。こいつが頭をひねったところで何かがどうかなるわけないのに。
「怪我をしている時の事を思い出してみろ。この人はあの怪我が治っていないし、これから治る見込みもない」
ななみに分かるように説明をするとしたらこうだろう。そう思って言っただけだが、この言葉はこいつにとってはかなり衝撃的だったようである。
「だけど、その怪我を曝して、明るくふるまって、自分の生い立ちを話す。そうしたらお前はどう思う?」
「悔しいだろうさ。何の不幸にも遭っていない人間に、自分の不幸を曝して見世物にする。私はこんな事絶対にしない」
なるほど。そういう考え方か。メモっとこ。
「この人が心の中で悔しがっている。そういう事にしておこう。だがそんなものを跳ね除けてまで、自分の姿をさらして自分の悔しかった過去を話す。辛かった事を言う。お前はそうしたら気が晴れるか?」
「私は内臓が飛び出ていたらしいが」
内臓のはみ出した人間が血をポタポタ滴らせて笑顔でスピーチかよ。そう考えだしたら放送禁止だが、それでもななみの考え方は参考になりそうである。
「晴れるわけない。多分、この人達が身を曝す理由は他にある」
「他とは?」
いい感じに見えてきた。
「言えない。言葉にできない」
ななみだから言えないのではない。もしかしたら、この人でも分からないかもしれない。
「私もスピーチを書いてみる。良賢君の気持ちがそれで少しでもわかるかもしれない」
そういや、良賢君の気持ちがわからないとか言っていたな。
これでわかる様になればいいのだが、こいつの場合、それ以前の問題がないだろうか。
「お前、作文ができたら見せてみろ」
「お前は私の先生か!」
一丁前に文句を言いやがるが、こいつに文才がまともにあるわけがない。
できた部分だけでも俺に見せることになった。
次の日。ななみは朝いちばんに俺に書いた物を見せてきた。ふんぞり返って、原稿用紙五枚分の駄文を世界史に残る名作と、おほざきになられていました。
俺は机に座ってその文章を読み始めた。
「なるほど」
文章はひどい。まあそんな事は最初から予測していたことだ。
だが、こいつに作文を書かせた事は正解であった。良賢君の気持ちに一番近いのはこいつであるというのが再確認できたのだ。
俺はそれをまともな文章に直す。
どうして、皆自分の病気 を周囲に見せようと思うのかを考えてみた。
私は怪我で生死の境を彷徨った事がある。その時の事を思い出すと、周囲は完全に暗黒だった。
無理を言ってお見舞いに来た友人に手を握ってもらった瞬間だけ、暗黒の中から一筋の光を見たような気分になれたのだ。
それから考えると、治る見込みもなく死ぬまで病に体を蝕まれ続ける彼らは常に暗黒の中にある。
私が手を握ってもらった時に感じた一筋の光のような小さな希望を感じたいのではないだろうか?
そう考えると、私は心の底が震えて体中が冷えていくような感覚を感じる。
あの時の事を思い出す。
もしかしたら自分は死ぬかもしれない。治ってもまともに歩く事すらできないかもしれない。
ふとこのまま治らずに、死んでしまった方がいいのではないかというような考えがよぎる。
だがそのすぐあとに、私は恐ろしい事を考えていた事に気づき、心の中で頭を振るのだ。
死にたくない。死にたくない。私は死にたくないんだ。
ずっと自分に言い聞かせる。そんな事を言い聞かせないと生きる希望すら沸かないほど、私の感じていた暗黒は深くて暗いのだ。
今になるとそう思う。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます