第29話 そのためだったら命は惜しくないんだ
ななみはあれからどこかにすっ飛んでいったかと思えば、良賢君のところに向かっていった。
良賢君が寝込んでいる部屋に来たななみは自分の思った通りの事をやや事実を捻じ曲げながら良賢君に言い出した。
「こういう事だったのだ。やはり上手い話には罠がある。引っかかるところだった」
自分から提案した話にも関わらず、向こうから誘ってきたような言いようで言い始めるななみ。
こんな事を言っているのは絶対に聞かせられない。テレビ局の人に失礼極まりない。
「そんなにうまい話あるわけないってのは分かってるよ」
良賢君は言う。
「死ぬ間際になると肌が黒ずんでくる。皮膚の水分がなくなってカサカサになっておじいさんみたいになるらしい」
やはり。そんな姿をさらすわけにはいかないだろうと思うななみ。
「それでもいい。ボクのためにみんな頑張ってくれたんでしょ」
良賢君がそう言い出すなんてななみは予想をしていなかった。
「ああ頑張ったとも!」
良賢君の続きの言葉を聞く前にななみはふんぞり返って言った。
「それでもいいだと?」
ふんぞり返った状態でななみは良賢君の言葉に対する疑問を言う。
「ボクはみんなに自分が生きていた事をわかってもらいたい。そのためだったら命は惜しくないんだ」
命は惜しくないというのが病気で瀕死の良賢君の言葉だ。
残り短い貴重な命をそのような事に使ってもいいというのだ。
まずはちかどさんの方から良賢君に聞いてくれるという。
あのバカがいないと事を順序立てて進められるからやりやすい。ななみはすぐに本人に突撃をしようとするからな。
ゆっくりと考える時間ができるというものだ。良賢君の気持ちだけでもなく、体力もある。
不治の病というのは聞いていたが、余命はいくらか? 病気が進行したらまともに動けるのか? というのもある。
家に帰った俺はまともに動けた場合のために考えておかないといけない事がある。
まずは良賢君の考えを明確にしてもらう必要がある。
いったいどんな人に聞いてほしいのか? 何をうったえたいのか? ネットで探せば病傷者のスピーチの動画くらいあるかもしれない。
良賢君にかわり、国語の成績がそこそこいい俺がその辺を考えておこうというのだ。
「わしぼー」
不遜極まりない、俺の事をわし坊と呼ぶのはあのアホしかいない。
俺の部屋は二階である。二階の窓から下を見るとあのちみっちゃい影がいた。
「私はどうすればいいのだ?」
「なんだそのセリフ?」
いままで何も考えずに連続突撃ばかりをしてきた奴のセリフだろうか。
「とりあえず家に上がれ」
今日のななみの様子はなんかおかしいと思った俺は、ななみを家に上げたのだった。
俺の部屋にあげたはいいが、ななみは黙りこくっていた。
いつもなら訳の分からない事をわめきちらして暴れていたのだろうが、今回は本当に様子が違う。
だからと言って気にする事もない。
こいつがきまぐれなのは今に始まったことじゃない。ヘコんでいたところで気にかけてやる事もない。
俺はパソコンの前で病気の人間のスピーチの動画を見ていた。
「良賢君の気持ちがわからなくてな」
「お前が人の気持ちなんていちいち考えていたとはね」
何が言いたいんだ? こいつは?
とはいえ、いままでの状況から推察するに良賢君に会って何かを言われたのだというのは分かる。
「余命の短い人間の気持ちを知りたいならこれを見たらどうだ?」
俺はななみの首根っこを掴んでパソコンの前に座らせた。
「うわ。キモい」
第一声がそれか。とんでもないやつだな。
今流しているのは、体に脂肪がつかない奇病の人間のスピーチである。体重が三十キロ以上になった事がない人間が明るくスピーチをしている。
「顔を曝して自分の主張を言う。こういうのをやる気持ちをお前は考えたことあるのか?」
そのスピーチでは自分の病気を明るく説明している。
『いくら食べても太らないなんて羨ましいでしょう?』
骸骨のような彼女の姿を見ると、とてもうらやましいなんて思う人間はいないだろう。
そんな強がりを言いながら、自分の生い立ちを皆に刻み付けようとする姿が流れていたのだ。
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