第21話 ただの散歩でした

 神社の隣にあるのは普通の家屋。そこがちかどさんの家だとわかると、糸居先輩はよからぬメモを取る。

 向かいの家のおばさんに許可を取って垣根の間からちかどさんの家を監視する糸居先輩。

 良賢君が上着を羽織って外出していく所を確認した。

「良賢君が家から出ていきました」

 口にしてスマホで掲示板に書き込む糸居先輩。授業が終わったら、ちかどさんもこの書き込みを見る事だろう。

 俺は糸居先輩に良賢君の謎の外出の事を報告した。

 ちかどさんに代わって良賢君の様子を見れば株が上がるとか、そんな甘い事を言ったのだ。当然俺が言ったくらいで、糸居先輩が腰を上げることはない。

 だが、ちかどさんにも協力をしてもらって糸居先輩の説得を一緒にしたらあっさりオーケー。

 ちかどさんに直接言われると弱いようである。

 そして、ちかどさんもなかなか計算高い人だ。

 大体の事を察したちかどさんは、糸居先輩に甘いお願いをしてどんどんと約束を取り付け、この件に尽力をしてくれるように約束をさせた。

 糸居先輩はその約束に従って学校を休んでまで良賢君の様子を確認しているのだ。

 現在の俺は何事もなく平和な日常に戻り、教師のありがたい講義の元で授業を受けている。授業を受けるのを幸せに感じるなど、後にも先にも今日くらいだろう。

 糸居先輩は家が忍者という事で尾行術などにもたけていると言っていたがハッタリではなかった。

 ここは人の少ないさびれた港町。道も広く車の通りも少ない。歩道の作られてない一車線の道ばかりの場所だ。

 このだだっ広い場所で真後ろに人がいると目立つし下手をすれば警戒をされる。

 だから、糸居先輩は良賢君の前を歩く。

 手鏡で良賢君の様子を確認し続けて、次にどこに曲がるかを予測しながら進むのだ。

 これは予測が外れたらまた明日、一から良賢君の尾行をしなければならないという方法だが、後ろを歩く人は気になっても前を歩く人間の事はそうそう気にはしないし、後ろ姿しか見えないので顔を覚えられる心配もない。

 忍者の知識と技術は侮れないものであった。

「しかし、どこかに向かっている様子もないな」

 良賢君の足の向く先は目的地が見えない。糸居先輩もこのあたりの地理は把握しているため、先に何があるかくらいは分かっているが、先に何もない道を、目的もなくブラブラ歩いているだけだ。

 いきなり良賢君は踵を返した。

 前を歩いていた糸居先輩は良賢君の姿が見えなくなると曲がり角の向こうから良賢君の向かう先を確認した。

 どうやら、まっすぐ家に向かっているようであった。


『ただの散歩でした』

 掲示板で糸居先輩からの報告を見たちかどさん。

 何の目的もなくその辺をブラブラ。飽きたらさっさと家に帰る。散歩とはそういうものだ。

「でも、なんでいきなり散歩なんて始めたんだろう?」

 ちかどさんには次の疑問が浮かんだ。それを掲示板に書き込むと、すぐに返答が帰ってくる。

『俺の方から聞いてみますか?』

 即、糸居先輩から返答が返ってきた。

「私の方から聞いてみる」

 そう掲示板に書き込む。

 スマホが鳴って、糸居先輩からの返答が来る。それを確認するとちかどさんはスマホをしまった。

「遊園地で、良賢君の何かが変わったのかな?」

 ななみと一緒に行った遊園地。あの日から良賢君は様子が変わった。それはいい方向なのか、悪い方向なのか、今ではまだわからなかった。

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