第20話 天井を見るのも……
「なるほど。それなら納得できる」
糸居先輩は俺の説明に満足してくれたようだ。俺も忍術を食らわずに済んだ。
「忍術の悪用はこれっきりにした方がいいですよ」
どんな方法か知らないが、後をつけているなんて事がバレたら千年の恋だって冷めてしまう事だろう。
「だが、人間の心とは弱いものだ」
真正面から向かっていくのは怖い。勝率を少しでも上げるために情報がいくつもほしい。そう考えると、真正面から向かう以外の方法を使いたくなってしまうものだという。
「鷲谷。この事は内緒にしておいてくれ」
「忍術は食らいたくはないですから黙っておきますけど、後をつけるのを続けるならいつまでも黙ってはいませんよ。俺も忍術を食らう覚悟つけますからね」
「それは分かってる。だが、正面から向かっていくのには勇気が出なくて怖いんだ。分かってくれないか?」
「あなたこそ、後ろをつけられる怖さを分かってくれないもんですかね」
「会長の昔からの友人だから、会長に毛が生えたようなもんだと思っていたが、なかなか的を射た事を言うじゃないか」
うるせぇバカヤロウ。
あいつとはただの腐れ縁だ。バカが感染しないように必死に苦労しているんだよ。
そう思うが、下手に言うと忍術を食らいそうなので黙っておく。
「俺はななみがアホをしないように監視を続けるだけです。ちかどさんには興味ありません」
ちかどさんには興味ない。この事をしっかりと言っておく。
言っておかないと、このヤバい人にからまれる事になる。
「さて、この事がななみにバレないようにする事も考えないといけませんね」
俺は周囲を見回した。ななみがこの事を聞いていたら、恋の後押しをしようとか考えて首を突っ込んでくる。絶対ひでぇ事になるはずだ。
「むしろその方がいいかもしれない。悪魔の力を借りてでもちかどさんに近づいていきたい」
「絶対やめた方がいい。あいつは悪魔より性質が悪いと思いますよ」
ひでぇ事を考え始めている糸居先輩。血迷った選択だけはしないように切に願いたい。
良賢君は布団から起き上がった。
「天井を見るのも……」
飽きてきた。
いままではこんな感覚を感じたことはなかった。天井を見るのに意味などない。時間が過ぎるのに意味などない。
「自分の死が近づいてくるのに意味なんて」
無い。
そう思っていた。
でも時間があるなら何かをしていたいと思うようになった。
自分の病魔は一秒経つごとに自分の体を蝕んでいく。何も抵抗ができない、どうしようもない事とあきらめていたが、それがどうしても憎らしい。
できる事ならこの病気の呪い殺してやりたいと思う。
「そんなことできるはずもない」
口に出してその事実を確認する。すると良賢君は布団をかぶって横になった。
昨日の疲れで体中が重い。
足が痛い。腕に違和感がある。でも、自分を蝕む病魔が確実に自分の内臓を蝕んでいっているのが、感覚として感じられそうだった。
自分には時間がない。それがどうしても悔しかった。
自分は何かをしないといけないような気持ちになる。だが、何をするべきなんだろうか? その答えがまったくない。
今までその事を考える時間を少しでも作っていれば、こんなにもどかしい気分になる事もなかったんじゃないか?
そう考えると心がもやもやしてくる。
良賢君は体が重いのにもかかわらず体を起こした。
「散歩しよ」
小さく言った良賢君は上着を羽織って外に出ていった。
「良賢君が最近外出をしているみたい」
生徒会の会議も予定の分が消化され余裕が出てきた。
そこで、ちかどさんは俺に向けて言いだしてきたのだ。
「俺が何をしたと言いたいので?」
余裕ができたらすぐ話が脱線。元々生徒会なんてやる気もない奴らの集まりだから、こうなるのも当然ではないかと思えてくる。
この生徒会のメンツの選考基準は最悪だっていうのは分かっていたけど、これは最初から選挙をやり直す必要が出てきたんではないでしょうか?
「ななみちゃんが何かをやっているはずもないから。怪しいのは鷲谷君くらいだよ」
俺の事が怪しいとは、ちかどさんも正常ではない様子。ななみが何かをやっているはずがないというのは正常な思考ではある。
「何があったのですか?」
ちかどさんも、話を整理してよく考え直してもらいたい。
「わからないけど、最近良賢君が散歩に行くと言って外出をするようになって」
「本人に何をしているのか聞いてみたら?」
「何もしていないって言われるの」
散歩なんて歩くだけで何もしていないのが普通だがな。
「後をつけて何をしているのかを調べるしかないかもしれませんね」
突き放した言い方だとは思うが、実際にそれ以外の方法はない。
ん? 何か心の隅に思いついたものがあるぞ。
糸居先輩という、ヤバい人にからまれている。糸居先輩の意識を他に持って行けるし、俺の嫌疑も晴れることになる一石二鳥の方法を思いついた。
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