第12話 私に『助けて』って言っていいと思うの

「かわいそうなんて言ったのは悪かったさ」

 ななみに良賢君が怒った理由を教えると、とりあえず納得してくれたようだ。

「これで良賢君に嫌われてしまいました。ななみの出番はもうありません」

「いいや! まだ出番は終わっていない!」

 説明口調で言ってやったのに、これでもまだ納得しないらしい。

「私は良賢君と親友になろうと思うのだ!」

 また何を言う?

「またこのバカは何を言っているんだ? カノヤマ君を突っ込んで口を縫い付けることも考えないといけないか? とか思っているだろう?」

 カノヤマ君ってどんなサイズ?

「思ってねぇよ」

「いいや。お前は私の考えを分かってない! 良賢君に必要なのは友人だぞ」

 ななみはやっと自分の考えらしきことを言い出した。そうなると言いたいことは分かる。

「だがお前は良賢君をかわいそうって言ったんだぞ」

「そんな事、笑って許してもらう!」

 どこまで勝手なんだこいつは。

「とにかく私は良賢君の親友になる。お互いが認めれば親友同士になれるのだ。そんな難しいことじゃない!」

 こいつの気持ちや、やりたいことは大体わかってきた。だが、何も考えずに突撃ばかりしても同じ結果になるのは目に見えているし、迷惑をかけすぎると周囲からの視線も痛い。

 こいつに言葉での説得は効かないだろう。だからといって、ずっとこいつの事を監視して止めているわけにもいかない。

「ちかどさんと三人で話し合おう。お前もこのまま良賢君に突撃ばかりしていってもどうにもならん事は分かるだろう」

「折衝案という事か。いいだろう」

 折衷案と言いたいのか? こういう言い間違いを聞くと、やはりこいつに説得が効くか不安になってくる。

 これは歩み寄りというよりななみの行動の先延ばしの意味の方が大きいがな。

 これで一日時間を稼げたはずだ。


 その日の夜。俺はうかつにもグッスリ眠ってしまった。

 ななみは夜に自分の部屋を抜け出して良賢君の部屋にまで行ったのだ。

 コンコンと窓が叩かれる音が聞こえてくるのに目を覚ました良賢君。音の主は察しがついているため、無視しようと考えた。

 だが、あいつはとんでもなくしつこいのも思い出す。居留守を使っていたら一晩中窓を叩き続けていそうだった。

 良賢君は面倒になりながらも窓を開けて言い放った。

「帰って」

「まあ、邪険にするのはこれを見てからにしようじゃないか」

 そして、ななみは数枚の諭吉を良賢君に見せたのだった。

「最後はお金?」

 いくらバカとは聞いていたものの、最期はお金で釣ろうと考えるとは見下げ果てた。

「そう見下げ果てるな。そこまでして友人になりたいという人間がいるという事が重要なんだ」

「お金で友人になろうなんて悪徳政治家みたい」

「あくとくせーじか? まあ、何者の事を言っているかしらんが」

 良賢君はその言葉でななみをさらに見下げた。

「高校生のくせにそんな事も知らないの?」

「知らん! 君こそしらんのか? 金は何にも先立つものである。君は、金の絡まない関係など持っていないではないか」

「ボクはお金で友人をもらおうなんて思わないね」

「世の中を分かっていない。靴の裏を舐めて、友人になってもらおうという仲の者もいるのだぞ」

 たしかにこのバカならそうでもしないと友人を作れないだろう。良賢君は愚かにもそう考えた。

「君のような子だ。君のような子こそ、偽りの友人関係欲しさに身を売るものだ」

 良賢君は、今度は根も葉もない事でバカにし始めてきたと感じた。良賢君はこれで話を締めようとした。だが、ななみは話をつづけた。

「君は孤独の恐ろしさを知らない。一人で死ぬ事がどれだけ恐ろしく寂しい事かを知らないんだ。だから、一人で死んでもいいなんて思うんだ」

 それを聞くと良賢君は悔しさで奥歯を噛んだ。

 確かにいままで友人なんて作ろうとしなかった。一緒に公園を駆け回って遊べない。おいしいオヤツを一緒に分け合えない。

 それらは全部病気のせいだ。病気のせいで自分は友人と友人らしく笑い合う権利が剥奪されているのである。

 そんなこともできないんじゃ友達なんて言えないじゃないかと思う。

「君に何がわかるんだ!」

「分かっていないのは君だ!」

 ななみは良賢君に向けて言う。

「誰も君に寂しく死んでほしいなんて思っていない。みっともなくても精一杯もがいて、精一杯楽しんで、死にたくないって必死に泣きはらしてから死んでほしいって思っているんだ! 死を受け入れるな! 苦しむんだ!」

「なんで苦しまなきゃいけないんだ!」

「それが生きるって事だからだ!」

 良賢君は、その言葉でドキリと心臓が止まりそうになったのを感じた。

「君はすでに死んでいるんだよ!」

 ななみの言葉に良賢君はよろめいた。

 心臓が動き、脳が働き、自立して動くことができる。それが生きるという事である。良賢君の知っている生きるとはその事であった。

 だが、ななみは別の意味での生きる事を言っている。

「ななみちゃん。声が大きすぎ」

 ふと、ちかどさんが部屋の奥から顔を出してきた。

「ちっ。時間切れか」

 ちかどさんに部屋から追い出されると思ったななみは言う。だが、ちかどさんは思いもよらない事を言い出した。

「ロスタイムだよ」

 そう言いちかどさんは数枚の諭吉を取り出したのだ。

「お姉ちゃんまでどうして?」

 ななみの言葉に同意したのかと思った良賢君。

「ねえ。良賢君。ななみちゃんに一日付き合ってあげない?」

 ちかどさんの言葉を信じられないと言った感じで聞いた良賢君。

「ななみちゃんの言いたいことがわかるから」

 そう言い、ちかどさんは良賢君の前に座った。いつものクセで良賢君はちかどさんの前に正座で座る。

「良賢君はもっと苦しんだ方がいいと思う。死にたくないって言ってもいいと思う。泣いてもいいと思う」

 ちかどさんの言葉に良賢君は固唾を飲んだ。死ぬ間際である自分を追い詰める言葉にしか聞こえなかったのだ。

 ちかどさんは最後にこう言う。

「私に『助けて』って言ってもいいと思うの」

 そう言い、ちかどさんは良賢君の事を抱きしめた。良賢君は、意味が分からないという感じで、呆然としていたのだ。

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