第10話 困ったちなみさん

 話が終わるころには、ななみはぐっすりと眠ってしまっていた。

「こいつ。聞いてないぞ」

 もともと人の言葉に深く耳を傾けるような奴ではない。長い話で眠気が限界を超えてしまったようである。

 俺が肩を抱えて、かろうじて立たせていたななみの事を肩に担ぐと、ちかどさんはクスクスと笑いながら言う。

「女の子をそんなふうに扱ったらいけないよ。お姫様抱っこで運んであげなきゃ」

「こいつはこの扱いで正しい」

「まあわかるけどね」

 わかるんかい。お優しいお嬢様みたいなちかどさんでも、このななみのバカさ加減は分かってくれるらしい。

「鷲谷君はどう思う? ななみちゃんは良賢君の事を救ってくれると思う?」

 ちかどさんの言葉だ。その質問には俺も思う所がある。

 ちかどはバカだからこそ本質を突く。自分じゃ、確実に良賢君の力になってあげれることはない。死を前にした人間がどう考えるか、何を求めているかなんて分かりっこない。

 だが、こいつには分かる。

「救えるのはこいつだけだと思う」

 俺は素直な感想を言った。

「やっぱりそうだよね」

 ちかどさんも心の中ではそう思っていたらしい。

「でも迷惑をかける確率の方が高そうだし、良賢君の病状が確実に悪化するだろうしな」

「これ以上悪くはならない」

 ちかどさんは無責任な事を言う。

 だが、本当に無責任だろうかとも思う。

 むしろ、そう考えてしまって、病状を悪化させるリスクを考えたとしても、ななみにすべてを預ける方が良賢君にとってもいいことであるとも思える。

「とにかく、こいつにはやらせない」

 本当はこいつしかいないだろうとは思う。だが俺はそう言った。

「うん。話を聞いてくれてありがとう」

 ちかどさんも困っている。

 ななみに困っているのではなく本当はななみに良賢君の事を任せた方がいいのではないかと思っているのだ。

 俺もそう思う。

「良賢君は、このまま静かにさせてあげたほうがいいのか、ななみに任せた方がいいのか」

 そんな事を分かる人間はいないだろう。人の死について、何が救いになるかを正確な答えを出せる人間なんていないのだ。

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