第9話 ちかどさんの良賢君
ななみの奴は、いつもは十時になると一気にパタンと眠る。
昼間は騒ぐが夜になるとすぐに眠る子供みたいだ。
だが、今日にいたってはその例には当てはまらないらしい。
部屋からゴソゴソと音がしたかと思えばピタリと止まる。思い出したようにゴソゴソと音がしたかと思えばすぐに止まる。
それを繰り返していた。
「電池切れかけじゃないか」
部屋では、寝ては慌てて起きて作業。寝ては慌てて起きて作業を、繰り返しているらしい。
「そこまでかよ」
飽きっぽいななみがここまで本気になるとは珍しいことだ。夜遅くまでかからないと踏んでいたから俺は自らが立って番をしているのだ。
「おい。ななみ」
「なんだ君は! 敵の施しは受けんぞ!」
やかましい。施しとか何考えてる。
「一回ちかどさんの家に一緒に行くぞ。そうすれば気も済むだろう」
電池の切れかけのななみであれば、移動の間に完全に電池切れになってしまうかもしれない。
それに、これだけ遅くなれば、ななみも無理に家に押し入ろうとはすまい。とりあえず家の前にまで行けば気も多少ははれるだろう。
そう考えての提案であった。
「ふっふふ。私の鋼の意思についには観念したという事か」
そういう事だ。部屋から出して、なけなしの体力を削り切ってやろうという意味でもあるしな。
「それでは行こうではないか」
そう言って玄関から全速力で出てきたななみの姿を見て、これはそう長くないと思う。
クツをはき間違えている。服の下は制服のスカートだが、上は寝間着のパジャマ。ボタンは一つずれて付けられている。いつも付けているアクセサリのリボンも逆さになっていたりする。
これはちかどさんの家の中には入れられない。その前に、こいつの電池が切れる確率の方が高い。
「それではいくぞ! なっは」
なっはっは。とはならないらしい。一瞬こいつの高笑いだと判断する事ができなかった。
俺の前を先導していくななみだが、足取りもおぼついていない。ちかどさんの家にたどり着く事すらできないかもしれない。
「ちかど君。いったいどうして?」
ちかどさんの家にまで行くと、家の前にちかどさんがいた。ななみはちかどさんに向けて聞いたのだ。
「なんでだろうね。もしかしたらななみちゃんが来るかもしれないとか思ったのかな」
はにかんで言ったちかどさん。
「良賢君の事をここまで考えてくれたのってななみちゃんくらいなんだよね」
ちかどさんは言う。
「ななみちゃんになら良賢君を任せてもいいかなって思ったんだ」
それから、ちかどさんは良賢君への想いを語りだした。
ちかどさんは何も知らされずに良賢君と引き合わされた。
いきなり今日から家族だと言われ、病弱で気弱な彼を、最初は暗い子としか思わなかったし、それ以上の説明がないうちはその印象は変わらなかった。
ちかどさんが良賢君が重い病にかかっていると知ったのは、引き合わされてから三か月も経った後だったという。
いままで暗い子だと思って、つらく当たってしまった事もあったかもしれないと思って引け目を感じるようになってしまったという。
車いすで良賢君を外に連れ出すことも多くなった。
町の灯台の上が良賢君のお気に入りであり、そこにちかどさんが連れていくことも多かったのだという。
「ボク。いろんな事を調べたんだ。人より多くのものを知りたいから」
「そうなの。すごいね」
ちかどはそう答えた。
今は灯台に登っている。
この灯台は入場料を払えば頂上まで登る事もできる。
入場料という文字が書かれた小さな箱に、自分でお金を入れてから灯台の中に入るシステムだ。
もちろん入場料など入れずに登る者も多いが、ちかどさんは未来の短い良賢君に、悪い事などさせる事はできないと思い。ここに来るたびに、律儀に二百円を小箱に入れていた。
「海が青いのは光の波の間隔なんだよ。青い光は水分子にぶつかりやすくて反射しやすいんだ。だから海は青い光を放って青く見える」
良賢君は本で調べた事をちかどに教える事が好きだった。
ちかどもいつもニコリと笑ってそれを受け入れていた。
良賢君はその日その時に言った。
いままで本の知識を嬉々として教えていた良賢君の本音を、その時に聞いたのだ。
「でも、ボクの病気を治す方法は、どんな本を読んでもわからないんだよね」
それにはちかどは何も返すことはできなかった。
「光の屈折なんていくら知ったところで何にもならないじゃないか。ボクはもっと知りたい。恋や、友情や、喜びを。ボクはそういう事を知るための時間が存在しないんだ」
そうだ。良賢君には時間がなく。人と深く付き合う時間もない。
自分は時間があり、人に好かれる性質でもあるという自覚もある。
その自分は恵まれすぎていると思う。
良賢君の言葉には、ちかどはいろいろ考えさせられた。
「ごめんね。こんな話してもつまらないよね」
ふと良賢君はそう言って話を閉めた。
「そんな事ないよ」
ちかどはそう答えたものの、良賢君の心の深いところを少し見たような気分になって気分が沈んだのだ。
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