第5話 良賢君

 俺たちはある小学生の事を遠目に見ていた。

「あいつは寺海 ちかど君の義理の弟にあたる水瀬 良賢みずせ りょうけん君だ」

 またこいつは勝手の人の家の事情を勝手に探りやがって。

「なんであの子水瀬って言うんだ?」

 良一君。ななみに助け舟を出すな。ほら。このバカがめっちゃ喜んでる。

「あの子はな、神社の神主のお孫さんなんだ」

 この日本ではよくある話らしい。神社の息子が『神社を継ぐなんて嫌だ』と言い家を抜け出した。

 その神社の神主のおじいさんが一人で神社の管理をしていたものの、息子が不幸な事故で亡くなり、孫の良賢君が転がり込んできたのだという。

 良賢君は体が弱く余命もそう長くないものの、おじいさんの愛情を受けて育っていく。

 だがそのおじいさんは亡くなり、おじいさんの親戚の寺海という家が神社の法人資格目当てで良賢君を引き取ったのだという。

「体が弱く家では寝たきり、体の調子が良くて学校にいっても友人もおらずっていう幸薄な少年なのだよ」

「それで、それをどうしようってんだ?」

 こいつはいつも人の事情に首を突っ込む。

「ちかど君は死期が近いその子の事を気にしているようだ。どうか、おもいっきり外で遊ばせてあげたいと」

 ななみが言うにはちかど先輩もつらい事があるようだ。

「お前は人の事情に首を突っ込みすぎだ」

 だからと言って俺たちにできる事などあるはずもない。

 ななみの耳を引っ張ってその場を離れていく。


「またトラブルを起こす気なのか?」

 二人での帰り道、ななみはまた防波堤の上を歩きながら俺と一緒に家路についていた。

「私は今や生徒会長なのだぞ。生徒会の皆のために粉骨砕身するのがわたしの務め」

「そんな勤め、生徒会長にはないぞ」

 こう言ったところでこいつが理解するとは思えない。

「寺海ちかど君も、最期に良賢君にしてあげれることはないかと言っていたらしい。命の先が短いと決まった気持ちは私にもわかる」

 それを言われると俺も何も感じないわけではない。

 こいつの場合は峠を越えた。体に傷は残ったもののアホみたいに走り回れるくらいに回復したのだ。

「私はいろんな人達の助けでここに立っているのだ。お医者様に、看護婦さん、鷲谷。お前もだ」

「ここでいきなり言い出すな」

 昔の怪我で命の危機になったこいつ。心配でしかも事故の原因は自分にあるという罪悪感で、毎日こいつの病室にお見舞いにいった。

 結果ここまでこのアホになつかれてしまったわけだ。


 あの、恐怖の日々を思い出す。


「私怖い。手を握っていて」

 小学生だった頃のななみ。何度も発作で苦しみ、発作のたびに命の危険にさらされていた。

 包帯が巻かれていて顔が全く見えなくなっている。手は人差し指以外すべてに真っ白な包帯が巻き付けられており、指一本以外はミイラ男のような形になった手を俺に向けていた。

「手を握ればいいのか? 治るのか?」

 俺は必死にななみの手を握った。

 その時のななみは毎日死におびえ目を覚ましても弱気な事ばかりを言っていた。

 ショック症状で心臓が止まるのではないかと言われ、面会謝絶となってもななみと俺の強い希望で、短時間のみ一緒にいる事が許されている。

 その最中にもななみの死の危険は付きまとっていた。

「治る。わし君が握ってくれたら治る」

 ななみのその根拠のない言葉を信じた俺は必死にななみの手を握った。

 だがその瞬間に病院の計器に異常が出た。

 ピーという無機質な音がななみに死が迫っている事を知らせてきたのだ。

「せんせい……せんせい!」

 小さく俺の手を握り返していたななみの指の力が抜けていく。ななみを失ってしまうのではないだろうかという恐怖から、バカみたいにお医者様を呼びつけた。

 完全に力を失ってしまったななみの手を握りながらお医者様がななみの事を呼び戻そうとする行動を見守っていた。

 俺の面会の時にななみの発作が起こったのはその一回だけだが、その時の事は強烈に記憶に残っている。


 こいつも思う所があるのだろうが、他人の事情を首を突っ込んでいく迷惑と秤にかけるとなると話は別だ。

 こいつの過去はこいつの過去。

 寺海さんの事情は寺海さんの事情。

 そういう単純な事も考えてほしいものだ。ななみがどれだけ寺海さんの力になりたいと思っても、できることなどないのだ。

 俺はバカなりに何かを思案しているななみの事を見上げた。過去の事情を知っている以上、無理にこの行動を止めるのも酷であろうと思う。

 ななみは俺の事を見下ろすと一気に俺の事を見下げた顔をした。

「だから下から見上げるなと言っているだろう!」

 俺の顎を狙って蹴り上げたが二度も同じ攻撃は食らわない。

 華麗に避けてやった。

 ななみは悔しそうにして俺の事を見下ろすが、バカは防波堤から降りようとはしなかった。

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