博士と助手のダイエット大作戦

穂村一彦

博士と助手のダイエット大作戦

「よく来たですね、かばん。さぁ、今日も我々に料理を作るのです」

「はい。えっと、じゃあ今日は……」


 さっそく料理の本をめくるかばん。

 その隣でサーバルが、じいっと私と助手を見つめてきます。


「何ですか? サーバルにはあげないのですよ」

「我々が材料を集めたのだから、料理も我々のものなのです」


「うーん、そうじゃなくて……」


 サーバルは我々の顔や体を無遠慮に見回してから首をかしげました。


「博士たち、もしかして、太った?」


「なっ!? なんて失礼なことを言うのです! 我々が太るわけないのです!」

「我々は考えることにエネルギーを使ってるから太らないのです! かばんに聞けば分かるのです!」


「えっ!? えっと、ぼくは、その……」


 かばんは賢いから、真実を見極められるでしょう。

 さぁ、かばん。サーバルに言ってやるのです!


「えっと……博士さんたちは、少しくらい太っても、かわいいと思いますよ」

「なにをフォローしてるのですか、あなたは!」


 まさかかばんまで敵にまわるとは! とんだ裏切りなのです!


「もういいです。我々の軽やかな飛翔を見せてやるですよ、助手」

「はい、博士。見せてやりましょう」


 頭についた翼をはためかせます。我々の特技の一つ。音もなく、自由に空を……

 空を……

 そ、らっ、をををっ……!


「ぬぎぎぎぎっ!」

「ぐぬうううっ!」


 お、おかしいのです! これだけ力いっぱい翼を動かしているのに、体が浮かび上がらないのです!

 認めたくないですが……我々は本当に太ってしまったようなのです!


「なんでこんなことに……理由が全く思いつかないのです」

「我々は賢いですが、見当もつかないのです」

「とりあえず、料理を食べながら考えるのです」

「そうですね。早く作るのです」


「それが原因だよ!」

「え?」

「二人とも最近食べすぎだよ! 一日に何回もかばんちゃんに料理させて!」


 い、言われてみれば……確かにかばんの料理はどれもおいしいから、いくらでも食べられるのです。


「つまり、かばんが悪いのです!」

「ええっ!?」

「さぁ、責任を取って、どうにかするのです!」

「わ、わかりました! 図書館の本に、何かいい方法が書かれてるかもしれません」


 半分逃げるように図書館へ駆け込むかばん。

 しばらくしてから、一冊の本を抱えて戻ってきました。


「ありました。ダイエットっていうらしいです」

「ふむふむ、だいえっと、ですか」

「いろんな方法がありますが、道具がいらなくて、効果があるのは……」


 ぺらぺらと紙をめくるかばんの手が、あるページで止まりました。走るヒトの絵が描かれています。


「これ。ジョギングです」

「じょぎんぐ?」

「長い距離を、長い時間をかけて走ることです」

「は、走るのですか!?」


 パークには走るのが得意なフレンズもたくさんいますが、我々はそうでもないのです。

 乗り気じゃない我々を見て、かばんはギュッと両手を握って励まします。


「がんばりましょう。博士さんたちが走っている間、ぼく新しい料理を作って待ってますから」


 うう……やっかいなことになったのです……


 * * * * *


 たっ、たっ、たっ、たっ

 息を切りながら我々は平原を駆け抜けます。


「はっ、博士! 疲れたのです!」

「わっ……私もですよ、助手! しかしこれが終われば、新しい料理が待ってるのです!」


 おいしいものを食べてこその人生なのです。そのためにはこれくらいの苦労、なんのそのなのです!


「待て、お前ら! そんなに急いでどこに行くんだ!」

「怪しいな……西、東、どっから来た!」


 遠くから我々を呼び止めるのは、平原に住むオーロックスとアラビアオリックスです。しかし我々に止まってる暇はないのです。


「これは、だいえっとです! 我々は忙しいのですよ!」


 そう叫び返すと、二人は首をかしげました。


「だいえっと……って何だ?」

「わ、わからん。こういう場合はどうすればいいんだ?」

「私は後を追う! お前は大将をつれてきてくれ!」

「わかった!」


 * * * * *


 たたたたたたたっ!

 湖が見えてきました。我々に気づいたプレーリードッグとビーバーが遠くから「おーい」と手を振ってきます。


「みなさーん! そんなに急いでどこに行くでありますかー!?」

「いや~、それが私たちもわかんないんだよね~!」


 いつの間にか後ろについていたライオンたちが代わりに答えます。わからんのに、なんでついてきてるのですか、こいつらは。


「これは、だいえっとです! 我々は忙しいのですよ!」


 そう叫び返すと、二人は首をかしげました。


「だいえっと……? なんか面白そうであります! ビーバー殿、我々も行きましょう!」

「ま、待ってくださいっす。まず戸締りを確認してから……」


 * * * * *


 だだだだだだだっ!!


「みんなが必死に走ってるのだ! きっとあの先には素晴らしいお宝が待ってるに違いないのだー!」

「待って―、アライさーん」


 * * * * *


 ずどどどどどどどどっ!!


「わーい! 走るの、たーのしー!」


 * * * * *


「ぜいっ……ぜいっ……ぷはあっ……!」


 倒れるように、地面に寝転びます。

 ぐ……ぐるっとあたりをまわって、やっと図書館に帰ってきたですよ……

 さぁ早く料理を……


「博士さんたち、おかえりなさ……わあっ!? な、なんでこんなにいっぱいいるんですか!」


 聞きたいのは、こっちのほうなのです。ただ走ってるだけだったのに、どんどんついてきて。いつの間にやら10人以上のジョギング大会になってしまったのです。


「そんなことより、早く料理をよこすのです!」


「は、はい! すぐに!」


 かばんがお鍋からお皿に料理を移して運んできます。おお、ようやく食べられ……えっ!?


「な、なんですか、これは! なんでこんなに少しだけなのですか!」

「我々はおなかペコペコなのですよ! おかわりを要求するのです!」


「だ、だって、こんなに来ると思わなかったから」


 あたりを見回すと、ついてきた皆がワイワイ騒ぎながら、料理を食べています。


「これが料理でありますか! こんなおいしいの初めてであります!」

「おいしいっすねー」

「頑張って走ってきたかいがあるのだー!」

「わーい。おいしいなー!」


 なんでこいつらまで食べてるのですか!


「ごめんなさい。皆さんにわけたら、もう残りがなくて」


 ぐぬぬ……立ち上がって皆から料理を取りあげたいところですが、もはやその体力もないのです。


「も、もうだいえっとはこりごりですね、助手……」

「太らないように、食べる量を減らすほうが楽でしたね、博士……」


『腹八分目』


 今日はそれを学んだのです。我々は賢いので……


(おわり)

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博士と助手のダイエット大作戦 穂村一彦 @homura13

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