第23話

 奏美達四人は地下スタジオに集まっていた。

「駄目だ、思いつかねえ……」

 大きめの付箋紙とペンを投げ出して、真っ先に音を上げたのは玲である。

「初めから玲には期待してないからいいけどね」

 めぐみはスマホで検索しながら、次々と単語を書きつけては、テーブルに並べていく。

 拓海は奏一のCDコレクションをひっくり返して、曲名から引っ張って来ようという作戦だ。

「そろそろみんなで見てみようよ」

 奏美の号令でテーブルが付箋紙で埋め尽くされた。

 そう、バンド名を決めようと集まったのである。ライブなり、何か活動が決まるまで必要ないのだが、そこはまだ十代の子供達である。

「えーっと……ぽち、しろ、みけ、ジョン……。玲、アンタやる気あんの?」

「いや、そんな睨まれても……」

「あー、でもこれは? サリー」

 拓海がすかさずフォローするも、

「オアシスから持ってきたんだろうけど、使用済み」

 まあ、大概は使われているものだ。あのXだって、後からJapan付けたくらいだ。

「シュガーハイもシュガーラッシュも使われてる」

 付箋を眺めながら、良さげなものがあると、片っ端からめぐみが検索していく。

「ねえ、これ何? LIIT?」

「あー、それ俺。ロングアイランドアイスティーの頭文字」

「なにそれ?」

「カクテルの名前。なんか四大スピリッツ? ジンとウォッカとラムとテキーラが入ってるんだってさ。アイスティーみたいに飲みやすいのに、凄い強いらしいぜ」

 当然だが、全員飲んだことがあるわけもない。

「これ可愛いじゃん! 検索にも引っ掛からないし!」

「どれ?」

 めぐみがペロリと剥がした付箋紙には『Cheap Hippies』と書かれていた。

「レベッカの曲……聴いてみたらわかるけど、サビは『Cheap hips』って唄ってる」

 奏一のコレクションにあったのだろう。拓海以下、めぐみも玲も聴いたことがなかった。CDをかけてみると、確かに『チープ』と聴こえる。

「歌詞もそうなってるね。チープなお尻?」

 失礼な話である。

「違うよ、タッ君。『hip』は『cool』と同じ。格好いいっていう意味」

 『She is a really hip girl!』で「彼女、本当イカすよね!」だし、『He is not hip!』で「アイツ、ダッサ!」となる。 因みに『hip』はお尻の桃の部分ではなく、側面側のことである。だから正面からみた輪郭が「ヒップライン」。

「なんかパンクな感じがしていいじゃん! チープヒップス!」

「意味が伝わるか微妙だけど、俺もいいと思う」

「じゃあ、俺も……」

「カナちゃんは?」

「女の子なイメージだけど、いいの?」

 バンド名は決まったようである。



 順番が逆のような気もするが、次は楽曲である。

「兎に角、みんなでアイディア持ち寄るっきゃないでしょ?」

 コピーバンドではなく、オリジナルで勝負するつもりのようだ。

「まあ、そうだな。詩でも曲でも、書き溜めてたりする?」

 拓海はレコーディングで、曲を作るどころではなかったし、めぐみは複数バンドの掛け持ちで、ため込んでいた詩を放出してしまっていた。

「俺はやったことない……」

 またも玲は戦力外である。

「アタシも……」

 奏美はそう言いながらも、ギターを抱えて鳴らす。

 C♯m7 G♯7/B7 F♯7/A7 C♯m7/F♯7 B7……。

「サビがこんな感じで……」

 A7 G♯7/C♯m7 Bsus4……。

「AメロとBメロは、こんな感じ……」

 コードにメロディを乗せる。

『でぃた~どぅすとぅるえ~いぇ~……どぅふぁいなぁろうふぉすうぇ~ぃ』

 勿論言葉は適当である。

「うわっ! そのままリフレインして! 取り敢えずスマホで録音するから!」

 慌てたのは周りだ。早くしないと、折角のメロディがどこかへ行ってしまう! と、アプリを立ち上げる。

 コードに合わせてスキャットしているだけの奏美からすると、三人の反応が不思議だった。奏一もよくやっていることだからだ。首を傾げながらも、Aメロ、Bメロ、サビと繋げて繰り返す。

「よっし……オッケー! 渋いじゃん。この仮歌をベースにして、英語かな混じりでいけんじゃん?」

「誰が書くんだよ? 俺、英語無理だぞ」

「アタシと奏美ちゃんで何とかする。録音聴いて、すぐジャムってみようよ!」

「それならビデオ回す? スマホじゃ容量足らないでしょ?」

 こうしてチープヒップスとして行う、最初のジャムセッションが録画されたのだった。これはバンドとして貴重な財産である。

 お互いにアイディアを出し合い、曲として構成していく。

「ねえ、Aメロのケツのベースラインさ、もうちょっと遊べないの?」

「サビ前でブレイク入れて、フィルインってどう?」

「いっそのこと曲頭はフィルでさ、タカトントン……ジャーラッって」

「ワウペダルあったっけ?」

『We stand this street on way to final swear ……』(直訳:私たちは最後の誓いに向かってこの道を歩いている)

 サビの部分だけだが、スキャットに無理やり語呂合わせして、何となく歌詞の方向性が見えた。

「ちょっと休憩しようよ……」

 ジャムり始めて一時間。最初にへばったのは、勿論玲だ。

「玲君だらしないね。アミは手が真っ黒になるまでやってるよ」

「真っ黒って、どんだけ弾いたらなるんだよ……」

 ノリで生きているアホな娘に見えて、AMIは練習熱心なのだ。

「なんかおやつ持ってくるね。脳が疲れたかも」

 スタジオを出て行く奏美を見送って、玲は肩を落とした。

「なあ、奏美ちゃんて、なんか凄くないか?」

「ん? 今更?」

「だってさ、歌が上手くて、ギターも上手くて、あっという間に曲も作って。スキャットから、詩まで起こしてさ。なんか俺だけ置いて行かれそう……」

 元々小心者ではあったが、めぐみに喰われて以来、弱さに磨きが掛かっている。

「いや、お前のベース、俺弾きやすいし、唄いやすいぞ。めぐみのドラムとだって相性良いし。自信持てよ」

「そうよ。バンド組んだ理由に、アンタのことがあるんだからね。今更着いてこれないとか言わせないから」

「確かにカナちゃん凄いけど、先生の妹だしなあ。なんか納得って感じなんだよなあ。天才の妹は、やっぱ天才なのかなって」

「ヴォーカルは紗季さん直伝だしねえ。凄い子と組めたよねえ。頑張って曲作ってさ、早くライブやろうよ。なんかアタシさあ、メジャーも夢じゃない気がするんだよね」

 奏美がケーキを持って下りて来る頃には、三人はアイディア出しを再開していた。


 紗季と奏一のユニットとほぼ時を同じくして、奏美達のバンドも始動したのだった。

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