第四章 奏
第22話
紗季達はカムバックに向けて、真下のオフィスを訪れていた。
会議室には真下を始めとした、レーベル各セクションの人間が顔を揃えている。
「さて、始める前に、この状況を紗季へ説明しておかないといけないね」
奏一は勿論のこと、秀一も出席している打合せだが、相手がこんな大人数であるとは聞いていない。
大体、最初の一歩から大規模な打合せなど必要ないのだ。
基本となる企画があってこその、プロジェクト会議である。その基本を話し合うために来たというのに、恐らくは部門長クラスが雁首揃えてのお出迎えとあっては、紗季の機嫌も悪くなるというものだ。
「すまない、紗季。これは僕のミスなんだ。あんまり嬉しくて、スケジュールにそのままのタイトルで入力しちゃってね」
真下の会社では、御多分に漏れずグループウェアを利用している。セクションやプロジェクトで切り分けて情報を共有できるので、自由人が多く、不規則なこの業界に向いているツールである。
スケジュールの内容は非公開にすることもできるのだが、それを忘れたと言っているのだ。
「問い合わせが酷くてね。面倒なので、みんなにも出席してもらおうと思って」
紗季と奏一も見知った連中ばかりである。
「どうせ確信犯なんでしょう。もういいから、始めて」
現役当時、スタッフとして紗季を支えてくれた人達だ。集まってくれたことに感謝こそすれ、拒否するようなことではない。
「そう言ってくれて助かるよ。では始めようか」
人数がいても、話すのは紗季達と真下だけで、他は聞いているだけだ。
「こちらとしては紗季の意向を最優先にする。確認だけど、紗季と奏一のユニットっていうことで良いんだよね?」
これが一番のポイントだろう。
紗季のカムバックはソロではないということだ。
「ええ。奏ちゃんとユニットを組むわ」
「ユニット名は決まってるの?」
「いえ、まだ……」
紗季の返答に、黙って控えていた面々の顔が輝く。
これは空気を読むしかない。
「奏ちゃんと候補を考えますんで、検討する時には皆さんにも参加して頂けますか?」
他に何が言えるというのか。
「みんな喜んで参加すると思うよ」
満面の笑みで頭を上下させる一同だが、彼らは部門長クラスの人間たちである。
「それも含めて、方向性とか、何か決めてることはあるの?」
「いいよね」と顔を向ければ、奏一は黙って頷いた。
「活動の中心はライブ。お客さんの目の前で唄いたい」
「なるほど。テレビはどうする?」
メディア戦略は重要で、特にテレビへの出演をどうするかで、方向性が決まる。
「口パクの番組には出たくないわね。音楽番組以外でも唄えるのなら出演したいわ」
「まあ、そうだろうね。トーク番組もありってことだね?」
「奏ちゃんがギターを持って出れるなら」
まったくの新人を売り込むわけではないので、この辺りは何とでもなる。現にエンターテイメント系の部門長は、何度も頷きながら考えを巡らせているようだ。
「ふむ。基本方針としては問題ないと思うけど。他には?」
「うーん……奏ちゃん、何かある?」
「あとは曲次第じゃないかな? 来週にはデモを二・三曲用意できると思いますんで、それ聴いてもらって。まずは音がないと始まらないでしょ」
イメージ先行で曲を作る場合も勿論あるが、この二人なのだ。まずは楽曲だろう。
「奏一の言う通りではあるんだけど……そちらから他にないようであれば、こちら側からもいくつか良いかな?」
「どうぞ」
「まずメディアなんだけど、ラジオはトークだけでも出てもらいたい。」
今の時代に音楽を売ろうと思えば、これは承諾せざるを得ない。
「今まで収録してたみたいな映像は、今後も撮り続けて欲しい。公開してもらって構わないけど、出来れば編集して売り出したいと思ってる」
音源以外でも、ライブやメイキング映像の商品価値は高い。イメージ戦略の面でも有効だ。
「それから、いくつかエンドースメント契約の話が来てるから、資料を持って帰ってくれ。ギターに関しては断ってあるから」
エンドースメント契約とは、メーカーとの専属契約のことだ。契約内容にもよるが、基本的には公の場で、そのメーカー製品以外を使うことができなくなる。メリットとしては、製品を支給してもらえることだ。只で貰えるのである。
ミュージシャンで多いのは楽器メーカーとの契約だが、アパレルブランドや香水、車など、相手は様々だ。
広告塔として優秀であれば、オリジナルモデルを作ってもらえたりもする。
有名なのはナイキのエア・ジョーダン。マイケル・ジョーダンというバスケットボール選手のオリジナルモデルだ。
ギターメーカーからのオファーを断ったのは、秀一の出資先に気を使ったのだろう。それに、秀一のコレクションを使えるかも知れないのに、メーカーを縛ってしまうのは勿体ない。
「あと、レモンサーカスなんだけど、引き続きお願いしたいんだよね。どうだろ?」
「今更おっぽり出す気はありませんよ。うちでも、もう半分家族みたいな扱いですしね」
「すまないが、よろしく頼むよ」
奏美や恵美と仲が良いこともあって、どうせ入り浸るのだ。断ったところで、結果は同じである。仕事があるに越したことはない。
「で、活動はどれくらいから始めるつもりだい?」
「そこなんですけどね。少なくても十曲、できれば十五曲は揃えてから臨みたいと思ってます」
「昔の曲は封印ってわけ?」
「封印までいかなくても、頼りたくはないって感じです」
ライブをやろうと思えば、それなりに楽曲が必要になってくる。昔の曲もまったく演らないわけにはいかないだろうが、そればかりになっては意味がない。
「手ぶらでライブってわけにもいかないでしょ?」
ライブやコンサートは、それほど儲かるものではない。ツアーを組めば尚更で、人件費や機材の運搬費など、馬鹿にならないコストが掛かる。レーベルの立場からすれば、ライブツアーとはアルバムを売るための広報活動に他ならない。紗季はそれを分かって言っているのだ。
「そうなると、いつ頃を予定しておけばいいのかな?」
「九月か十月リリースが良い線だと思います」
「それならメディア露出は七月、八月からだね。そのタイミングで先行シングルってどう?」
「それこそ、手ぶらじゃ嫌よ。先行にするかは別にして、シングルを出して貰えるなら、お願いしたいわ」
新しい楽曲が無ければ、過去のヒット曲を唄わされるし、メディアもそれを望むところがある。タレント売りだ。それは分かっている。一時の復活で終わらないためには、新曲が必要なのだ。過去の栄光を利用するにしても、それだけで終わるわけにはいかない。
レーベルの後押しが大きいということは、リスナーからの期待度も上がるということだ。
大々的なキャンペーンを組めば、それなりには売れるだろう。紗季のカリスマ性を考えれば、トントンまで持っていけるかも知れない。そう、単発で終わったなら、良くてトントン。真下は、そこまでのことをやってくれようとしているのだ。
それに対して紗季も、そして奏一も自信を持って応えようとしている。
「その予定で進めよう。来週のデモを楽しみにしてるよ」
大枠は決まった。後は楽曲待ちだ。
「最後に一ついいかしら?」
打合せを締めようとした真下に、待ったをかけて紗季が立ち上がった。
「また唄いたいという私の我が儘に、こんなにお集まり頂いて、ありがとうございます。どうか、皆さんの力を貸してください。ステージで唄わせてください」
居並んだ部門長たち一人ひとりの顔を見まわして、紗季が頭を下げると、その横に奏一と秀一もそれに倣った。
「頭を上げなよ、紗季ちゃん。奏一も社長さんも」
「お父さんの前でなんだけど、娘と息子が面白いことやろうってのに、仲間はずれにされてたまるかってえの」
「俺達がもう一度、紗季ちゃんの歌を聴きたいだけだよ」
「こっちも昔より力つけてっからさ、まあ任しておきなよ」
こうして、紗季の復活プロジェクトは動き始めた。
そして、それなりに力を持ってしまった大人達の暴走も始まったのだった。
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