第21話

 スタジオ代は割り勘だったので、ファーストフードは玲の奢りである。呼び出されたとはいえ、拓海も鬼ではない。ドリンクとフライドポテトで妥協しておく。

 そんな男同士のやり取りには目もくれず、めぐみは我が道を突き進む。


「アタシ、奏美ちゃんとバンド組みたい! 玲もほら!」

「え? 俺?」

 突然の提案に容赦なく巻き込まれて、キョトンとしてしまう玲。

「そうよ。こんなヴォーカル、他に居ないよ? どうせ叩くなら、納得いくフロントの後ろがいい。アンタだってそうでしょ?」

「いや、そうだけどさ……。―― 拓海はどうなの?」

 曖昧な関係だというのに、もう尻に敷かれかけて、目の前の友人に助けを求める。


「俺は……って、なんでそんな話になってんだよ! お前らくっつくのか、どうすんのかって話じゃなかったっけ?」

「バンド組むなら、付き合うし」

「何だよそれ……今のバンドはどうすんだよ」


 確かめぐみは複数バンドを掛け持ちしていたはずなのだ。


「全部解散した」


「解散したって、お前……。それに―― バンド組むなら―― ってなんだよ」

「だって一緒にやんのに、付き合わなきゃ気まずいじゃんよ」

 どんな理由で解散したのか、非常に気になるところである。


「そんな理由で付き合うのかよ!」

「悪い?」

「別れたらどうすんだよ。解散すんのか?」

「そん時考えりゃいいじゃん」

「ふざけんな! お前らの付き合い次第でフラフラするようなバンドに、カナちゃん巻き込めるかよ!」

「バンドなんてそんなもんでしょ! 男と女が混ざりゃ、どこだって同じじゃんかよ!」

 確かに、どこのバンドでもよくある話ではある。

「いい加減にし――」


「―― 良いよ」


「へ?」

「良いよ。タッ君が一緒なら、バンド組んでも良いよ」


「いよっしゃあ!」


 状況が女性陣に支配されるのは、十代の常だ。

 色々とゴネてみる拓海であったが、奏美とバンドをやりたい気持ちはあるわけで、既に押し倒されてしまったいる玲が戦力になるはずもなく、結局押し切られるかたちで、バンド結成に至ったのだった。

 店を出て引きずられるように連れて行かれる玲に、且つてのイケメン女誑しのオーラは見る影もない。すっかり捕食される側である。


「カナちゃん、本当に良いの?」

 腕を組んで雑踏に消えて行く迷惑カップルの背中を見送りながら、奏美は肩を竦めた。無論、拓海の腕に掴まっている。

「うーん……、アタシで良いなら」

「それは良いに決まってるけどさ……」


「出来るかなあ?」


 めぐみがその場のノリと勢いで言い出したのは、疑いようもない。玲を押し倒したのと一緒だ。だけど……と、拓海は思う。

「ま、まあ……俺もいるし?」

 どんなかたちであれ、拓海も望んでいたことなのだ。自分から言い出す前に、周りが動いただけのこと。


「うん、ありがと」


 すっかり遅くなってしまったが、混み合っているであろう東横線に、奏美を乗せるわけにもいかない。中目黒まで普通に歩いて三十分、ゆっくりでも一時間あれば送って行けるだろうと、SNSを開いて奏一にメッセージを打つ。

 待ってましたと言わんばかりの反応で、返事が届いた。

『言い訳は帰ってから聞く。覚悟はいいな?』


 繁華街を避け、文化村通りを抜けて、旧山手通りに向かって上る。

「あのね」

「うん?」

「バンド……やってみたかったから……」

「うん」

「誘ってもらえて、嬉しかった」

「うん」

「みんなでバンド名とか、考えなくちゃね?」

「うん」


 緩やかな坂道を登りながら、奏一に何と報告したものかと考える拓海だった。

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