第14話

 久々に家族だけのレッスン……セッションで唄い終えた奏美は、楽しさの中にどこか物足りなさを感じていた。

 レモンサーカスはシングルのプロモーションビデオPVの撮影があるといって、朝食を食べてから出掛けていった。態々立ち寄らなければ、もう少しゆっくり寝ていられるだろうに、早起きしてまでなぜ顔出すのかは謎だ。

 MARINA達が居ないことが寂しいのか?

 ここのところ忙しい彼女達が、レッスンの時に居ないのは、今日に限ったことではない。

 寧ろ、毎日一緒に居たあの期間が普通ではないのだ。

 では、何が足りないのか?


 オォォォオオォォォ……


 またあの音が胸の中で鳴る。

 あのライブの時以来、胸の中で鳴るAの音に、小さな頃を思い出すような切なさを感じている。なぜか思い浮かぶのは拓海だ。

 ふと目に入った奏一のストラトキャスターは白い年代物で、所々塗装が剥げている。奏一は「最高」というが、見た目だけなら拓海の黒いストラトの方が格好いいと、奏美は思う。

 ボォォォ……ンンン……

五弦を弾く。違う。この音じゃない。もう一つ上の音。

 トォォォ……ンン……

そう、この音だ。違う。ズレてる。いや、もう一つ……。

 コォォォ……ン……

ああ、こっちの方が近い。

「どうしたの? チューニング合わない?」

「え? あ、ちょっと……」

 紗季の声で現実に引き戻された奏美は、まだマイクの前に立っていた。

「親父、奏美に渡す前、調整出したのか?」

「引っ張り出してそのままだな。ちょっと弾いてみて、大丈夫だと思ったんだがなあ。一度出しとくか」

 周囲の会話が、上の空で流れていく。

「どうした? ボーっとして?」

「ん? ううん……ねえお兄ちゃん?」

「おう、なんだ?」

―― 胸の中で鳴るAの音ってなに?

「ライブってさ……楽しそうだね……」

―― あれ?

「ライブかあ。俺は好きだな。あの音が届く感じがこう、やっぱダイレクトに跳ね返って来るっていうか……」

「奏ちゃん、分かり辛い」

―― 拓海君はAの音なの?

「ここでセッションするのと、ライブと何が違うのかなあ?」

「うーん…… 聴いてくれる人がいること…… かな?」

―― 拓海君は……あれ?

「マリ達も拓海君も、お客さんとセッションしてるみたいだったよ。アタシも楽器持ってなかったけど、一緒に演奏してるみたいだった」


 オォォォォオオオオォォォ……


「おお、そりゃ良いライブに行っじゃねえか」

―― 拓海君…… 音が……

「レモンサーカスの人気は伊達じゃないからなあ。あのグルーヴで観客を巻き込んでいく感じは、アイツらがライブバンドだって証明だな」

―― どうしたらいい?

「ねえ、お兄ちゃん…… このコード何?」

 奏美はダイアグラム(コードを鳴らす時に押さえる場所が示された図表)に載っていない押さえ方で和音を鳴らした。コードの名前がわからない。

「A、D、A、C♯、E、A……構成音としちゃ、Asus4サスフォー? だな。C♯が面白いな……小指で二弦七フレット押さえりゃDM7メジャーセブン。このコードがどうした?」

 ギターでいうところのsus4は三和音なので、。鍵盤では四和音の場合もあるので、C♯ドシャープが乗る。ギターのコードブックを見ても載っていないわけだ。

「今、鳴らしたい響き……」

「へえ…… こっからどこ行く?」

―― どこ?

「うんと…… ここ?」

「半音上がって、A♯7か」

―― どこにも行けないよ……

「FM7、E7……」

 奏美が弾くコードに合わせて、奏一が裏拍子のカッティングで刻む。

 ツッチャッツッチャッツッチャッ……

「お、夜っぽいな。深夜…… 夜明け近く…… 遠くに喧噪が聞こえて…… そこから抜け出して来たんだ…… でも気になるのかな…… 胸がざわつく……奏美も曲作れるな」

「奏美ちゃんの歳にしては、大人っぽい感じの展開ね」

―― アタシ、何が気になるんだろう? 何にざわついてるの?

「ところで奏美? 録り溜めてるセッションのビデオあるだろ?」

「うん」

―― どうしたんだろう、アタシ…… これも病気なのかな?

「あれをな、動画投稿サイトに載せてもいいか?」

「ん? 別にいいけど……どうして?」

「目的は色々だな。奏美の唄をいろんな人に聴いて欲しいし、紗季の唄も。それからレモンサーカスの普段の姿も」

―― 拓海君も聴く?

「よく分かんないけど……お義姉ちゃんとマリ達の役に立つんだったら、いいんじゃないかな?」

―― なんで? 拓海君は関係ないのに……

「おい、公開するなら著作権とか面倒なことないようにな」

「分かってるよ。明日、真下に相談してくる」

―― 音が鳴って苦しいよ…… 拓海君……



 レモンサーカスは、プロモーション撮影が終わると、次はラジオの収録に向った。

 音楽業界にとってラジオは、テレビを超える重要なメディアだ。音楽番組の少ないテレビに比べ、ラジオではヘヴィ―ローテーション(繰り返し曲を掛けること)も可能なのだ。

 AM曲は勿論のこと、小さな町のFM曲まで、出来るだけ多くの電波に乗せて貰うべく、走り回ることになる。

『こんばんはー、レモンサーカスのユナと』

『マリナだよ』

『アミだー』

『カレンやで!』

『ということで、この四人でお送りしたいと思います。早速ですが、明日発売のニューシングルを聴いて貰いたいと思います。では聴いてください、キュート……』

――

『いかがでしたでしょうか? 今回のこのキュートは女の子への応援ソングとなっておりますが、作詞したマリナ、どうですか?』

『うーん、そうですね……前作ラブドライブに続いて斉藤先生にね、曲を書いて貰ったんですけど』

『そうだね、こないだもライブ観に来てくださってね』

『そうねんですよ。今回ですね、作曲の勉強をさせて貰おうとですね、なんと先生のプライベートスタジオにお邪魔させて頂きまして』

『凄かったな? あそこのスタジオ最高やで』

『いろいろねー』

『で、実際曲が出来ていくところに立ち会わせて頂いて』

『デモも一緒に作らせてくれてな』

『そう。アレンジもね、今回から参加させてもらって』

『アタシ達のアイディアも沢山取り入れて貰ってます。カップリングも先生が作って下さったんですけど……アミ、凄かったね?』

『凄かったよー。アミの歌詞見せたら、五秒で曲ができたー』

『早かったなー。いきなりドラムに座らされてな、ツタツタツタタタタやでえ言われてな、ほんでもう唄いはったもんな』

『ホント、勉強になったよね。さて、お時間もやって来ましたので、最後にカップリングのね、恋の行方もね、聴いてもらってお別れしたいと思います。シングル二曲ともピーブイのほうもね、公式サイトで公開されておりますので、そちらもぜひご覧下さい。それでは、恋の行方です。レモンサーカスでした。バイバイ』

『ほななー』

『バイバーイ』

『バイバイー』



「凄いよ、動画の再生数」

 今回発売したシングル関係の各種数字を眺めながら、真下はご機嫌だ。その向かいには奏一が座っている。

「金掛けて撮ったタイトル曲よりも、カップリングのほうが再生数伸びてるってのが、ちょっと悲しいけどね」

 「恋の行方」のPVは、奏一のスタジオで撮ったビデオを、メイキング風に編集したもので、演奏シーンもそのまま使用した。勿論、紗季や奏美が映っている部分はカットされている。まだ十代の彼女達が、奏一とやり取りするところや、デモ演奏のシーンが話題を呼んでいる、

「彼女達が成長してるってことじゃないですか? 次のアルバムから、本人達に演奏させたらどうかって、村さんなんかとも話してたとこです」

「うん、次からならいいんじゃないかな。そうだな……来年の今頃リリースで。それにしても、あの映像はいいね。ミュージシャンがセッションしてるって感じがして」

「実際そうでしたからね。アレンジは彼女達とセッションして出来上がったものですから」

 奏一の応えに、真下は満足そうに頷いた。

「テレビではアイドルっぽいイメージが先行してるからね。これで玄人層にも認知されるといいね。ところで、紗季のほうだけど……」

 奏一はレモンサーカスの映像を持ち込む際に、紗季と奏美の映像も真下に観せていた。

「公開するなら、権利関係はこちらで面倒をみるよ。楽曲使用料もレーベル持つ。公開自体は個人のアカウントでやるんだろ?」

 秀一との接触後、問題の洗い出しと整理を終え、奏一からの連絡を待っていた。相談が来た頃には、どんな形で動画を公開しても対応できるだけの体制が整っていた。

「助かります。そのつもりです」

「スケジュール的にはどう考えてるんだい?」

「まず、個人アカウントで、紗季がまた唄っているということを認知してもらいます。楽曲を作りながら、その映像を溜めていくので、溜まった段階でレーベルからプロモーション。その後にアルバムをリリースというイメージです」

「復活ドキュメンタリーが作れるな。自宅スタジオはいいとして、他で必要なら手配するよ」

 アルバム、と来ればツアーである。

「年末に掛けてツアーかな?」

「できれば……ですね。動画の反響次第でしょうか」



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