第8話

 その夜、奏一は奏美に相談するべく、スクールが終わると、紗季を連れて急ぎ帰宅した。

 地下スタジオに降りると、奏美は案の定、テレキャスを弾きながら唄っていた。

「あ、二人ともおかえりー」

 テーブルの上には、見慣れない可愛いピックが数種類転がっている。

「あれ? 楽器屋行ったのか?」

「うん、お父さんのピックじゃ大きいし、お兄ちゃんのじゃ硬いし、どっちも可愛くないから」

 貰ったギターが刺激になったのか、行動範囲が広がるのは良い傾向だ。

 この調子なら大丈夫かも知れない。

 そう思った奏一は、覚悟を決めて切り出した。

「なあ、ちょっと相談があるんだけど?」

「なあに?」

 奏美は次のピックを試すべく、テーブルを漁っている。

「ここにレモンサーカスのメンバー呼んでもいいかな?」

「別にいいよー。四人だけなら」

 軽い調子の応えに、奏一は肩透かしを食らった気分だ。

「いいのか?」

「何しに来るの? 仕事でしょ?」

「ああ、うん。どういう風に曲を作ってるのか、見学したいんだって」

「ふーん。アタシ居ないほうがいいよね?」

「いや、俺以外にもスタジオ使ってるって言ってあるから、別に居ても平気だよ」

「そうなんだ。会ってみたいけど、アタシ邪魔だよね」

 その言葉キーワードは奏一にとってトラウマだ。「どうせ」、「なんか」、を否定すれば、奏美は深みに嵌っていく。そうやって、奏美を傷つけてしまう。こんな時は、話の流れを変えることしかできない。

「あ、そういえばアタシも会ったことないわ。レッスンしなきゃいけないのよね? じゃあアタシもついでに顔合わせしちゃうわ」

「そうだな」

 奏美の気が変わらない内にと、その場でスマホを取り出した奏一は、真下とレモンサーカスのマネージャーに連絡を取った。

「明日の昼過ぎに来るって……」

 クヨクヨと悩んでいたことほど、行動を起こした瞬間、転がるように動き出す。

「よくスケジュール空いてたわね?」

「マネージャーには、メンバー降ろしたら、どっかで時間潰してくれって言っておいた」

 段取りはつけたものの、やはり奏美のことは心配だった。事前に奏美のことを伝えておかなければならない。

「メンバーには、奏美は人と目を合わせるのが嫌いだからって言っておくな」

「うん。本当は失礼だもんね。ごめんね……邪魔しないようにするね」

 奏一からすれば、奏美が知らない人と「会ってみたい」と言ってくれただけで感激なのだ。

「いいんだよ。来たいって言ったのは向こうなんだから」

「そうよ。曲作りしてる間アタシも暇だから、一緒になんかして遊んでよ?」

 最悪、奏美には自室という逃げ場もある。

それに、相手は大人ではなく、同年代の女の子達だ。多少の失礼があったとしても、何とかなる。奏一がフォローすればいいだけの話だ。

―― クソッ……腫れ物扱いじゃないか……。

 グッと握りしめる奏一の拳に、そっと紗季の手が触れた。


 翌日の昼過ぎ、フルスモークのアルファードからレモンサーカスの面々が降り立った。三人は制服姿、YUNAだけは長ティーにサルエルパンツと、ラフな格好で、それぞれ楽器を背負っている。

 そして、恵美によって出迎えられた。

 朝、奏一が「奏美と同年代の女子高生バンドが来る」と告げるやいなや、「あらあらあら」と仕事を投げ出して、歓待の準備に取り掛かったのだ。

「親父、何とかしろ!」

「こうしちゃいられねえ、俺も準備しなくっちゃな。 ギター見してやんねえと。おう、邪魔だ」

「うわ、マジかっ!」

「諦めなさい、奏ちゃん。多分、奏美ちゃんが心配なんだと思うわよ?」

 こうして、恵美に案内されてスタジオへ降りてきた四人の前には、秀一のギターコレクションが並んでいた。

「あ、先生、お早うございます! これ全部本物?」

 MARINAは居並ぶギターに興奮状態だ。

「おう、本物ってえ表現が正しいかどうか微妙だが、古いってえ事あ確かだ」

「あ、秀一さんですね。恵美さんが教えてくれましたあ。ボクのことはって呼んでください」

「マリちゃんな。弾いてみるかい?」

「えええ! 良いんですか! いえ下手糞なんで触るだけでいや弾いてみたいけどあーでも畏れ多い……」

「こらマリ!」

 バシッと暴走状態のMARINAの頭を叩くと、

「お早うございます。マリが失礼しました。ユナです。あと、アミとカレンです。今日はお邪魔します」

と、秀一に向かって頭を下げた。

「おう、まあ、ゆっくりしていきな」

 と、そのまま居座る体制だ。

 今日の地下スタジオには、いったいどこから持ってきたんだというほど、椅子が並んでいる。

「まあ、楽器置いて、そこのソファにでも座ってよ。妹の奏美と、紹介するまでもないと思うけど、紗季だ」

 お互いにペコリと挨拶をする。

「それで、奏美のことなん……」

「あ、恵美さんから聞きました。ボクも精神的に弱いとこあって引き篭ってたっていうか、そういうの何となくわかっるっていうか、だから下さい」

「え? マリさんが?」

 奏美が顔をあげた。

「うん、そうだよ。今も初対面の人は苦手かなあ」

 先ほどのやり取りからは、とてもそうは思えないが、ハイテンションで乗り切ってしまうのがMARIAのやり方らしい。

「奏美ちゃんって十七歳でしょ?」

「まだ十六歳。今度の二月で十七歳」

「おーボクも二月で十七歳! 同い年だよ、ね、何日?」

「うんと、二十七日」

「ボク二十六日! 一日違い! うお座だね!」

「あーカレンもうお座だよ! 年下だけど」

「アミも同い年ー」

「あーもう、ホッントこいつらすいません」

 盛り上がる女子トークに、YUNAが頭を下げる。

「フフッ、元気でいいじゃない。ユナちゃん苦労してるわね」

「いや、紗季さん、とんでもないです……」

 そろそろ仕事に取り掛からなければならない。

「時間もそんなにあるわけじゃないし、早速やってみようかな」

 奏一の一言で席替えが始まる。いくらスタジオが広いといっても限界がある。ギターまで並んでいるものだから、大変である。

 奏一の仕事スペースは、デスク上にモニター、PCのキーボートと鍵盤、その脇にエレキギター、アコースティックギター、ベースが立掛けられている。

 四人は奏一の横にスツールを移動して、腰かけた。YUNAは憧れの紗季が気になって仕方ないらしく、チラチラと振り返っている。

 家族はソファで見学である。

「さて、やりにくいことこの上ないが、やってみるか」

 授業参観のような雰囲気に、奏一が苦笑いする。

「預かった詩は全部目を通しちゃったから、何か新しいのないかな? 折角だから一から曲を作るところ見せたいしね」

「ありますけど、真下さんのオーケーとかもらってないですよ」

 四人はそれぞれノートを取り出した。どうやら作詞ノートらしい。

「俺の場合だけど、大体初見で曲の雰囲気というか、景色というかイメージしちゃうんだよ。だから、今日初めて見る詩でやってみせた方がいいでしょ?」

 そう言って四冊のノートを受け取った奏一は、パラパラと詩をめくっていく。

「お、これなんかいいね。サビのメロが直ぐに聴こえる」

 奏一が開いているのは、AMIのノートだ。アコギを構えて口ずさむ。

「恋する気持ちの……『ジャラン』Where is love……『ジャラン』Fall in love……『ジャラン』Makin love……うん、GFCGだね。ドンツクドンツクジャッジャッジャーララー」

 奏一はDTMソフトを立ち上げて、リズムパターンを選ぼうとして手を止めると、KARENをドラムに座らせて、自分はエレキに持ち替える。

「うんと、これくらいのテンポで頭から、ドンツクドンツクドッタッタッタッタッタッタッタ。その後はエイトで。それじゃ1・2・3・4」

 そのままサビ部分を何回も歌いながら、少しずつ修正していく。

「Aメロはそうだな……Cの後にこう……うんDを挟んで……、でBメロでAmに展開して、GCD、DDDDでサビと……カレンちゃんストップ」

 ここでKARENのドラムを一回止める。

「紗季、奏美も。ちょっと来て」

 奏一に呼ばれて歌詞を覗き込む二人。

「Aはフーフフフンみたいな感じで、Bはフーフーでコーラスがフーフー」

「うん」

「いいんじゃない?」

「唄える?」

「え、唄うの?」

「まあ、何とかなるけど?」

「アミ、ノートにコード書いていいか?」

「え? いいですけど……あれで唄えるの?」

「あー、こいつら変態だから」

 手早くコードが記入されたノートは譜面台へ。そして奏美と紗季もマイクの前へ。

「じゃあ奏美ちゃんがメインで、アタシがコーラスね」

「はーい」

「奏美はギターも。俺、ベース弾くから」

「それなら俺が弾く」とまさかの秀一も乱入。

 何が始まるのかと、目を白黒させるYUNA達三人は置いてきぼりだ。

「それじゃ、いってみようか」と録音ボタンを押して、KARENにキューが飛ぶ。

「1・2・3・4!」


『♪G/F/C/G G/F/C/G

 ※Gする気持ちのWFhere is love?

 FCall in love, Makin love/G

 Gする乙女のWFhere is truth?

 CCan’t stop love, What is love?/G


  G動的な恋Fいつも暴走ぎみ

  C徳の試練をDり越えたら

  ようこそGンダーランド

  この胸の高Fりは明日への希望

  Cの先になにがDるの?


  Amに堕ちて(それは罪なの?)

  Gに溺れて(それは罰なの?)

  Cい出に浸って(それは悔いなの?)

  Dれが恋? それは愛?(救いはあるの?)


  ※繰り返し』


「と、こんな感じで、普段はこれを独りでやるんだけど……?」

 ふと、三人の様子がおかしいことに気づいた奏一は、言葉を切った。

「ど、どうした?」

 唖然としたYUNAは「まだ三十分経ってない……」と呟いている。

 MARINAも「かっけー……」と茫然自失の状態だ。

 AMIに至っては「アタシが書いたんよ! 今の曲、アタシが詩ぃ書いたんよ!」と、泣きながら叫んでいる。

「曲って、こんなにあっという間にできるもんなんですか?」

「できる。今のは詩が良かったし、人数揃ってたから。それに、違和感あったとこ修正するし。どうせなら、一緒にアレンジやっちゃおう。ユナも唄ってみて、こうしたい、ああしたいって教えて。アミ、2コーラス目のBメロ、ちょっと歌詞に変化つけないか?」

 選手交代である。

 レモンサーカスの面々が各々の楽器を構え、準備完了。

 そこから其々の楽器のパートにアレンジというか、演奏アドバイスが入り、何となく形になったのは、夕方であった。

「最終調整したら、アレンジのところに『レモンサーカス』もクレジットして、真下さんに送っておくから。どうだった?」

「ィヤッター! 初アレンジ!」

「アミ、それ感想だけど、感想じゃない! なんか感動しました。アタシ達も早く曲が作れるようになりたいって思いました」

「大変やった……体力つけなあかんと思いました……」

「ああ、カレンはぶっ通しで叩いてたからなぁ。マリは? あれ、マリは?」

 MARINAは秀一と奏美と一緒に、ギターと戯れていた。

「奏美ちゃん、歌上手いねー、声きれー。ボク、最初の演奏でファンになっちゃった」

「ファンって……アタシもマリちゃんがギター弾いてるの見て、格好いいって思ったよ」

「下手糞だけどねー、アハハハ」

「弾いてりゃそのうち上手くならあ。格好は大事だぜ」

 奏美は保護者同伴とはいえ、MARINAと普通に話している。

 いつの間にか恵美も降りてきていて、ソファで紗季と何やら相談している。

「みんな、そういえば時間大丈夫なのか? マネージャーさんからも連絡ないみたいだけど?」

「今日はです」

「あちゃー。そりゃ悪いことしたな」

「いえいえ、最高でした」

 スッと寄ってきた恵美がYUNAの肩に手を置いて、ニッコリ微笑んだ。

「それならうちでご飯食べていきましょうね?」

「は、はい……ご馳走になります……」

 強制的に夕食会への参加が決まり、恵美はキャッキャクルクルしながら地上へ消えていった。

「ユナちゃん、ご飯までの間、ちょっといらっしゃい」

「は、はひ……」

 紗季はYUNAをマイクの前まで連れてくると、ヴォイストレーニングを始めた。

「ライブバンドでその唄い方してたら、喉持たないわよ。まったく誰が教えたの? はい、足開いて、胸開く。顎を上げない。声質がハスキーなんだから、もっと身体鳴らさないと駄目。ライブ後半なんて声出ないでしょ?」

「はい……最近、リハで喉おわっちゃいます……」

 先ほどの唄い方がよっぽど気になったのか、紗季の声は厳しめだ。

 だが、それを聞いているYUNAはというと、紗季に身体をベタベタ触られながら、興奮しながら落ち込むという、器用なことをしている。

「ほら、喉で出さない。音を胸に落として。肩の力抜いて。喉はただのエフェクターよ。身体がアンプなんだから、しっかり振動させる」

 やっていることは奏美の時と同じなのだが、如何せん声質が違う。

「奏ちゃん、ちょっとドア閉めて。あとアンプ落として」

 何をするのか察した奏一は、恵美が出て行く時に開けっ放しにしたドアを閉める。

「アタシもハスキーな声質だけど、ここに手をあてて、そう、ちょっと全開でいくから吃驚びっくりしないでね?」

 スーッと息を吸い込んだ紗季から、囁きが漏れる。それは段々と芯を帯びる。

「マリちゃん、ホント凄いから聞い……」

 奏美の言葉は最後までMARINAには届かず、かき消された。

 音だ。紗季を中心に音の塊が膨れ上がっていく。それはスタジオを飲み込み、全ての物を震わせた。

 オンッ……

 一瞬で収束した音の後に、並んだギターの弦が微かに唸っていた。

「ふー……大分戻ってきたわね。どう? 胸が震えてるのわかった?」

 YUNAは涙目でコクコクと頷いている。以前の奏美とまったく同じ反応だ。恐らく耳鳴りがしているのではないだろうか。

「奏美から聞いてはいたが、こいつぁ凄えな。戻ってきたってこたあ、まだ本調子じゃねえってことかい?」

「全盛期の六割くらいですね」

「奏一もえれえ嫁貰ったもんだ。あ、俺あメグちゃんの手伝いに行ってくっからよ。紗季ちゃんはレッスン続けてくれ」

 言っちゃ微妙だったかなあ、と目を泳がせながら秀一は逃亡した。

「お、親父……」

「あー、やっぱそうやねんな。アタシも恵美さん手伝ってくるわ」

「渋谷でスーツ姿の二人が目撃されたりしてたけど、やっぱり」

「あ、でも紗季さんは今現役で活動されてないから、公式発表はなしですか?」

「じゃー、ボク達も黙ってたほうがいいみたいだね」

 別にバレても構わないのだが、バレるタイミングは謀りたいところではある。

「出来れば暫くは内緒の方向で頼む……」

「アタシは紗季さんがそう仰るなら、誰にも言いません」

「ボクは奏美ちゃんがそうして欲しいなら、黙ってるかな」

「共犯者ー、イエーイ」

 そもそも、今日の様子でバレてないわけないのだ。

 その後、夕食会を終えたレモンサーカスは、迎えにきたマネージャーと帰っていった。

 帰り際、「じゃ、明日ね」と奏美とMARINAは、何やら約束をしていたようだ。奏美に家族以外で話せる相手ができたのが、今日一番の収穫だった。

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