ぬくぬくが好きだから

ねぎしそ

ぬくぬくが好きだから

 気がついたらボクは、寒い寒い雪の中にいた。見渡す限り銀色の世界。ぴゅるると吹雪けば、ボクは自分の身体を抱え込んで、ぶるると縮こまる。

「うぅ……」

 ボクはどうしてここに居るんだろう。当てもなく歩いていた。独りぼっちのボクのことを笑うかのように、雪風が頬を舐める。背筋がゾクゾクした。うう、もうダメ、ぬくぬくしたいよ、ぬくぬくできるところはどこ……? 歩いても歩いても、変わらない景色。本当に歩いているのかすらわからなくなる。次第にボクの足は動かなくなり、そのまま溜息を押し出し座り込む。ああ、動くのめんどくさい……。ボクはぼふっと雪のお布団に寝転がる。冷たいけれど、歩くのもめんどくさい。それなら、こうして寝ていた方が……。


 ——ざっ、ざっ、ざっ。


 ……どれくらいたったのかな。遠くから足音が聞こえてきた。


 ——ざっざっざっ!


 あれ、だんだん速く、大きくなってきている。なんだかボクの方に近づいて……。

「ちょっと、あなた大丈夫!?」

 身体を強く揺さぶられ、さらさらと身体に積もった雪が落ちた。相変わらず降りしきる雪はいつのまにかボクの身体を真っ白に包んでいて、顔だけがぽっこりと出ていた。そんなボクの顔をきゅっとツリ目の女の子が覗き込んでくる。

「い、生きてはいるのね!?」

「うん」

「意識もはっきりしてる……良かった、とりあえずは安心ね」

 女の子は、黒い耳をピクピクさせて周りを見渡した。

「辺りに誰もいないし……こんなところで寝ていたらダメじゃない!死ぬかもしれないのよ!?」

 眉をキリリとさせて、その女の子はボクの身体の上の雪を払ってくれる。そのまま頭の雪を払うと、ぴょこんとボクの耳が飛び出し、女の子はツンとした目を丸くして驚いた。

「あっ、貴方キツネじゃない!」

「……キツネ?」

「えぇ、そうよ、私もキツネなの! ああ、キツネと言っても私はギンギツネのフレンズで……貴方はきっとキタキツネのフレンズね」

「ギンギツネ? キタキツネ?」

 首を傾げるボクに、あっと口を開けるギンギツネ。それから柔らかい笑顔を浮かべ、彼女はそっと手を差し伸べてくれた。

「まだフレンズになりたてなのね。いいわ、色々教えてあげる。とりあえず私の家に来てみない?」

「お家、ぬくぬくしてる?」

「ぬくぬく……? えぇ、少なくともここよりは暖かいわ」

「じゃあ行く!」

 ギンギツネの手を取り飛び起きたボクを見て、彼女はクスクスと笑った。


 ギンギツネに連れられたのは、温泉宿だった。玄関に入ると、彼女が言っていた通り、家の中はとてもぬくぬくしていた。ここでだらだらしたいなと思いながらも、ギンギツネに奥まで連れて行かれる。

「ねぇ、どこいくの」

「どこって、お風呂に決まってるでしょ」

「え、お風呂……やだ、ボク熱いのイヤだ! ぬくぬくがいい!」

「もう、何言ってるのよ、そんなこと言ってたら風邪を引くわよ!」

 うう、騙された!ぬくぬくって言ったのに、熱いお風呂に入るなんて!そうか、キツネだからボクを騙すのが上手いんだ——ボクが喚くのを全く気にせずに、ギンギツネはボクを湯船の前まで引っ張って来て、無理やりボクを温泉に入れる。思ったよりは熱くなかったけれども、やっぱりぬくぬくと言うには熱すぎる。

「……もう出ちゃダメ?」

「だぁめ。ちゃんと30数えないと」

 意地悪。ボクは仕方なく30までの数字を一緒に数えた。


 お風呂から上がり、だらだらできる場所を探そうと家の中を歩き回っていると、不思議な機械がたくさん置いてある空間に出た。何だろ、これ。ひとつの機械におそるおそる近づいて、台の上のボタンを押してみる。突然派手な音がして、真っ黒な画面が光り始めた。

「わっ!?」

 思わず後ずさるボクを気にすることなく機械は奇妙な音楽を流し、画面いっぱいに変な記号を並べ始める。そのうち画面の中がすっきりして、小さなキャラクターが出てきた。矢印ボタンを押すと、中のキャラクターもそれに合わせて軽快に動いてくれる。

「おぉ……!」

 ボタンを押せばキャラクターからビームが出て、敵のようなものが爆発した。

 ビリリリ!ドゴォン!バゴォン!

 キュイーーン!ズドォォォン!

 ——なにこれ、楽しい!

「キタキツネ〜……あら、ここにいたのね」

 背後からギンギツネの声が聞こえたけれど、画面から目を離せない。

「ね、これって何!?」

「ああ、それはげーむよ。昔、博士に教えて貰ったんだけれど、私はあんまり……」

「げーむ、げーむ楽しい!」

「うぅ、目がチカチカする……キタキツネ、貴方こんなのが好きなの?」

「うん! ボク、ここに住む!」

「えっ——」

「ここじゃなきゃヤダ! ここがいいの!」


  ◇


 今までずっと、ひとりでここを切り盛りしてきた。別に、ここに私が居なければならない訳ではない。けれども私が立ち去れば、温泉宿を管理する人が居なくなってしまう。特にしたいことのない私に、これくらいの仕事はちょうど良かった。

 訪れてくれる人は沢山いた。団体のフレンズが来た時には会話に混ぜてもらい、ひとりきりのフレンズにはさりげなく話しかける。そうして、ひとときの触れ合いの愉しさを知る。けれどもみんな、ひと晩すれば立ち去っていく。ここに宿があって助かったよ、その言葉だけを頼りに、私はここに居続けてきた。


「ねぇ、本当にここに住むの?」

「うん」

 折角用意したお客様用のお布団を抜け出してきたキタキツネは、もぞもぞと私の布団に潜り込んできて、今では私の胸に顔をぐりぐりと埋めてくる。

「ゲームがあるから?」

「うん」

「はぁ……まぁ、そうよね」

 私は目の前でふりふり動く、金色の頭を優しく撫でる。

「あ、もうひとつ」

「なに?」

「えっとね、ギンギツネがいるから」

「へ……?」

 私は思わず、言葉に詰まってしまった。だってそんなの、今まで言われたことがなくて——。

「ボク、ぬくぬくが好き。ギンギツネとこうしているのが、いちばんぬくぬくする」

 キタキツネは、くいっと顔を上げ、ふわりと笑った。

「ボクだけじゃ、こんなにぬくぬくできないから。だから、ボクはここにいるよ」

「……っ」

「ギンギツネ、泣いてるの?」

「い、いえ、違うの、嬉しくて……」

 涙を拭い、キタキツネをぎゅっと抱きしめる。苦しいよぉと腕の中でもぞもぞ動くキタキツネに、私は慌てて腕の力を緩めた。



「うぅ、どうしてこんなに寒いの……ぬくぬくしたいよ……」

「だから今日は無茶だって言ったのよ……」

 吹雪の中、2人きりでひっそりと雪を踏み踏み先を目指す。いつも通り、温泉の湯を入れ替えようとしたところ、温泉が出なくなっていたのが今朝のこと。雪山の天候が荒れていたので機械の様子を見るのは明日でもいいかと思っていたけれど、げーむが出来なくなったと泣き喚くキタキツネがそれを許してくれなかった。

「ん……」

 突然、キタキツネがぴたりと止まった。

「どうしたの、キタキツネ」

「……磁場を感じる」

「また変なことを……」

「こっち!」

「え、ちょ、ちょっと……!」

 何かいるかもしれない、そう言う彼女に手を引かれながら、私は深い溜息を吐き、空を見上げた。

 そう言えばキタキツネと出逢ったのも、こんな吹雪の日だったっけ。

 まだ見ぬその何かにほんの少しの期待を寄せて、私はキタキツネの手をぎゅっと握りしめた。

 

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ぬくぬくが好きだから ねぎしそ @kinudohu

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