第8話 買い物

「魁斗に和也さん、風呂入ってきたよー。」


「お、帰ってきたか。」


 リビングには勉強をしている魁斗がいた。

 魁斗は昔から自分の部屋じゃなく、リビングで勉強をしている。


 一年ほど経った今日もその習慣は変わってないらしい。


「あれ?和也さんは?」


 そして、親子似たりと言うべきか、和也さんもリビングで仕事をしていることが多い。


 ノートアイパッドとにらめっこしていたらそれは仕事中だ。



 尚、こういう仕事を選んだ理由はわからない。


 元魔王だったのなら魔法を活用できる仕事にでも就けばいいのに。


 それはともかく。

 和也さんはどこだ?


「お父さんなら車を出しに行ったぜ。月極駐車場から。」


『車ですか!?』


 シアルが魁斗の車という言葉に大きく反応した。


「そういえばシアル、僕・・・じゃなくて私があの世界で車の話ししていた時、目を輝かせて聞いていたからね。」


『はい!

 すごい乗りたいです!』


 シアルの声が少し楽しそうだ。

 ----それほど車が楽しみか?


 まあ、あの世界では物を動かすには魔力を使うのが主流である。

 だが、水素自動車は『水素』を燃料にして走る。

 魔力も使わずに1トンの鋼鉄が動くのだ。

 そんなこと、あの世界の住人であるシアルには想像もつかないだろう。


 僕も、魔法を初めて見たときはすごい興奮したからね。

 それと同じような感覚なのだろうか。


「・・・そういえば車を出しに行ってるってことはどこかに行くのかな?」


 そう言った時、ふと思い出した。

 そういえば服と日用品を買うとかいう話をしていたな。


 そして、僕に姉から声がかかった。


「紫苑ー。

 買い物行くから、玄関来てー。」


 案の定、買い物だった。

 ----この可愛い服で外を歩くとか死刑宣告だろ。


 だが、躊躇ってもいつか姉さんがやってくる。

 しょうがない。


「はーい、今行くー。」


 渋々ながら玄関に向かった。

 そして玄関には僕用と思われる靴が置いてあった。

 これを履いていけ、という意味なのだろう。


 外に出ると車に乗った姉と和也さんがいた。


『これが車ですか。

 魔力のかけらも感じません。

 なのに、こんな大きい鉄の塊がどうして動くんですか?』


 シアルが興奮気味に言った。


『ああ。原理はよくわからないが。』


「紫苑。」


「はい。姉さんごめんなさい、女の子口調で話します。」


「よろしい。」


 シアルとの念話の会話とはいえ、また男の子口調に戻ってしまった。

 ボロが出ないように頑張らないとな。


 シアルみたいな美少女が男の子口調だったら悪い意味で注目を集めるだろう。


 ただでさえ金髪翠眼の容姿から注目を集めているのに。


『ところで紫苑様、この車の後ろのあのパイプはなんで濡れてるんですか?』


 シアルは車のマフラーのことを言ってるのだろう。


『水素自動車は走ると水ができるらしいからね。

 その水があのパイプから出るんだよ。』


 これも原理はわからないけど。


『へぇ、そうなんですか。』


 まあ、それはいいとして、僕は車に乗り込む。

 前が見えるように助手席だ。


 シートベルトをつける感覚が違ってちょっとだけ戸惑った。

 シアルの身長は140センチぐらいで、元の体より15センチも低い。


 そして、和也さんが目的地を指定して車を発進させる。


 ちなみにこの車は全自動なので運転する必要がない。


『わあ、すごいです、本当に動きました。

 しかも、あとは待つだけで目的地に着いちゃうんですよね。

 凄いです!』


「ああ。生まれて初めて全自動車に乗った時はビックリした。」


「うん、魔界にもこんなに便利なものはなかった。」


 姉と和也さんがシアルの言葉に頷く。


「そういえば、日用品とか服とかを買うんだよね?」


「うん、そうだね。

 女子人生を歩むために必要なものを一式揃えに行くよ。

 ブラとかの下着もね。」


「え?」


 な、なんだと!?


「当然じゃない。」


 いや、そうだけど。

 ----しまった。

 風呂よりも精神をすり減らしそうだ。


「で、別に私が直接下着とかそういうもの買いに行かなくてもいいよね?」


 だが、その提案は即座に却下される。


「ダメ。

 だって紫苑はもう女の子でしょ。

 それにこれから友達と買い物に行ったりすることもあるでしょう?

 それがなくても、一人で買いに行かなくちゃいけないこともあるでしょ?」


 姉の正論がまた並べられる。


「あと、スカートの履き方とかスカートを履いた時の座り方とかも指導しないとね。

 やることはいっぱいあるねー。」


 ああ、もはや僕のハートは消えかけている。


「帰りたい・・・。」


「だめ。」


 帰りたいって言えばすぐ姉がダメって言う。

 しかし、僕の尊厳がやはり許さない。

 その時、名案が思いついた。


「そうだ!自分に精神魔法をかければいいんだ!」


 自分が完全に開き直る魔法。

 それをかければいい。


 そうすれば、恥ずかしさもない。





 気づいた時には夜だった。


 そして、僕は超巨大ショッピングモールで両手に大量の荷物を抱えていた。


『あ、紫苑様、洗脳魔法が解けたようですね。』


『シ、シアル、これまで何が起こっていた?』


 しかも、服を見ればスカートだった。

 それなりにロングだったが、下がスースーして誰かからパンツを見られているような気がする。

 それに、めちゃくちゃ恥ずかしい。

 上着もそれなりにオシャレなやつだ。


『すっごい楽しそうに買い物をしていましたよ。

 それと、待つことのできない和也さんは途中で本屋行っちゃいましたね。』


 僕が、すっごい楽しそうに買い物をしていた、だと!?・・・誰か、通り魔でもテロリストでもいいから殺してくれ。

 恥ずかしすぎる。


「まあ、頑張ってくれたから16式スマウォ買ってあげてもいいけど?」


 だが、そんな愚かな考えはすぐに丸めてゴミ箱に捨てた。

 17式の・・・スマウォだと?


 スマウォ。

 スマウォ自体は昔からあった。

 だが、僕が持っていたのは9式。

 10年ほど昔に発売が始まった旧式モデルである。


 それに対し、最新型の17式。

 僕が異世界召喚される前は開発中だった最新型だ。


 16式までの機能である、インターネット接続やテレビ接続、何十万ものアプリは勿論のこと。


 所持者の声を登録すれば喋るだけでいろんなことをしてくれる。

 しかも、友達のように会話もできるらしい。


 それも、聞き間違いはほぼ皆無で、ほぼどんな会話であろうと、ちゃんとした会話が成立するのだとか。


「嬉しいけど・・・高くない?」


 最新式のスマウォである。当然高いだろう。


「いやいや、崇人が他人の姿になってでも帰ってきてくれたことに比べちゃ、こんなの安い!」


 その姉の言葉は、僕が家に帰ってきたのだと実感させる。


「ま、これからまた面倒事が降りかかってくるんだけどね。」


 姉が言った。


「面倒事って?」


 これ以上、面倒な事は御免だ。


「警察に紫苑のこと届けないといけない。

 あと、戸籍も獲得しないと。」


 そうだった。

 ----確か、家庭裁判所だっけ。

 裁判所に行くのか。


 ああ、面倒だ。

 ま、戸籍を獲得するにはしょうがないか。

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