元勇者VS羞恥心

第6話 プライドの敗北

 トイレ。

 それは人間生活を送っていく中で避けては通れない道である。

 尿意を感じるのはただの生理現象。そして尿意を感じた者は近々トイレに行く。



 そのような光景、普通の人にとっては日常の一断片でしかないだろう。



 だが、いきなり性別を変えられた人物T(僕)にとってはまさに非日常の世界である。


 そしてその非日常のうち90パーセントは羞恥心である。


 ・・・なぜなら女子としてトイレに行くということは男としての尊厳を捨てるに等しい。



 そして僕にはそんな覚悟などない。


 数時間前までは死ぬ覚悟ができていた。


 しかし、僕には男のプライドを捨てる覚悟はない。


 だが。

 下腹部はさらなる悲鳴をあげる。


 もはや我慢ができない。


「ごめん、トイレ行ってきていい?」


 ふとそんな言葉がもれた。


「ああ、もちろんいいが場所覚えてるか?」


「場所は覚えてるんだけど・・・。」


 女子としてのトイレなんてやったことない。


『女性のトイレの仕方は私が教えてあげますから大丈夫ですよ。』


 そのシアルの言葉と同時になぜか笑っているシアルの姿が浮かんだ。


「ああ、麗奈がいないからそうしてもらえると助かるよ。」


 和也さんが頷いた。


 ・・・開き直るしかないな、これは。

 そうだ、気にしなければいいのだ。

 別に恥ずかしくなどない。


 そうなんだ、僕は(元)勇者だ。


 この程度のことで勇気を振り絞れなくてどうするんだ。


 いつのまにか無意識のうちにトイレにいた。


 パンツを下げて、スカートを上げる。

 そして座って、排尿をする。

 最後にトイレットペーパーで拭く。


 なんだ、こんなもん。

 魔王討伐に比べれば簡単じゃないか。

(元勇者タカトは超特殊スキル『開き直り』を獲得した。)


『おー、よくできましたね、タカト様!』


『赤ちゃんに話しかけてるみたいに話しかけるのはやめてくれ。』


 まあ、トイレよりも問題なものがあるんだけどね。


 何倍も開き直る必要があるもの。

 それは


 ----風呂である。


「魔王を討伐する旅でほとんど風呂入ってないだろ?」


 ああ、和也さんの言う通りだ。

 風呂のことを思い出したのはトイレが終わった時のことだ。


 最後に風呂に入ったのは討伐の旅に出る前日である。

 何日間入ってないかわからない。

 それ故に、忘れていた。


「というか元々和也さんが魔王だったせいなんだけどね!」


 まあ、そのおかげで僕は航空事故から助かったんだけどね。

 そういえば僕と一緒に飛行機に乗っていた両親と妹の真弓はどうなったんだろう?

 ・・・後で尋ねよう。


「俺にも魔王にならなければいけなかった理由があったんだよ。」


『それはどんな理由ですか?』


「・・・忘れた。」


「おい。」

『また忘れたんですか・・・。』


「いや、ちょっと待て。

 ・・・なんだか、思い出せそうなんだけど思い出せない。

 めちゃくちゃ重要な理由があったような気がするんだが・・・。」


「重要ってどのぐらい?」


「この世界がの存続に関わるぐらい。」


 何?

 この世界の存続----!?地球が滅びるのか?


「冗談だ。」


 和也さんが真面目な顔で言った。


 冗談はやめてくれよ、本気にしちゃったじゃないか。


「それよりも、崇人の両親や妹がどうなっているか知りたくないか?」


 和也さんが話題を変える。


「もちろん知りたい。」


「そうだろうな。」


 と言って説明を受ける。


 昨年の4月2日、僕の乗っていた飛行機は日本海に墜落したらしい。

 そして乗客乗員は全員死亡したのだとか。

 それと、僕の両親の遺体は発見され、葬儀も終わってるようだ。

 ただ、妹の真弓と僕の遺体は発見されていない。今も行方不明扱いのようである。


「家族が死んだって聞いても泣かないんだな。」


「最初っから予想してたからね。航空事故にあって生きるなんてほぼほぼありえないでしょ。

 まあ、両親が死んだっていう実感がちょっと湧いたぐらいかな。

 それに、あの世界だと家族みたいな人が死ぬことなんて何回もあったし。」


 勇者パーティだって最初はベルトシアルではなかった。


 一人は僕の剣の師匠だった剣聖。

 もう一人は王国の誇る極大魔導士。


 両者とも呆気なく死んでしまったのだ。


 それ以外にも周りの人が死ぬことなんて日常茶飯事だった。


 と言っても、両親は唯一無ニの存在であることには変わりはない。

 悲しいことには悲しい。


 それに、真弓は行方不明か・・・。

 今頃日本海のどこかで眠っているのだろう。南無。


「それに、僕には新しい家族がいるしね。」


「そうだな。崇人くんにシアルを入れて5人家族だな。」


「そう、五人。」


 五人?

 僕にシアルに和也さんに姉に・・・そうだ!


「魁斗だ!」


 和也さんと姉の子供の魁斗を忘れてた。

 そういえば今年で中学生になるんだよな。


 その時だった。

 噂をすればなんとやら、インターホンが鳴った。


「ただいまーー。」

「ただいま帰りましたー。」


 そんな声が玄関から聞こえた。

 間違いない、魁斗と姉だ。

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