聖エルザ Anniversary〈記念日〉― GradeUp Version ―

松枝蔵人

  聖エルザ Anniversary〈記念日〉

まえがき

1 Long and Winding Road to "Anniversary" 〈記念日までの道のり〉

 ※ この場では、この作品がどのような経緯で発想され、どのような思考回路を経て全体像が構築されるに至ったかを語ろうと思います。


 この作品は十分単独で成立する体裁と内容を備えていますが、30年前に発表された4巻の『聖エルザクルセイダーズ』シリーズから長い時間を経た〝現在〟を描くという特異な〝続編〟に当たる性格のものでもあります。

 したがって、作品内ではまったく新しい読者が未知の物語として体験していくのになんの支障もないように配慮してありますが、この「まえがき」をつづるにあたっては前提としてすでにある先行作の内容をどうしても踏まえないわけにはいかず、その部分を含めて〝ネタバレ〟と取られかねないところが存在します。


 それが興味や期待をさらにかきたてることはあっても、小説を読む快楽をスポイルすることにはならないだろう、むしろより楽しむための予告編の役目をするかもしれないとも思うのですが、人の気持ちはまたそれぞれです。

 前知識など不要でまっさらな状態から読み始めたいという方は、「まえがき」をそっくりスルーして本編に進んでください。

 また、これを読み始めてから「あ、ヤバそう」と感じられた方はその時点でためらわずストップし、「まえがき2」の空手部キャラ紹介か本編のほうにお進みくださることをお勧めします。


 ※ 覚悟を決めていただくthinking timeのため、ここから10行ほどブランクを入れておきます(笑)。











☆ 30年後に〝新作〟へと突き動かしたもの


 その頃、カセットブックやCDで姫の役を務めてくださった鶴ひろみさんが前年に思いがけない形で亡くなられ、その一周忌が近づきつつあった。

 いつのまにか私の中には「聖エルザ学園も姫という大黒柱を喪ってしまったのだな……」という思いが否定しようもなく根づいているのを感じた。


 今でも「聖エルザクルセイダーズ」を愛し、熱い思いを語ってくれる人たちが尽きないことは知っている。この機会に姫=鶴さんへのはなむけとなり、ファンへの贈り物ともなるようなことができないだろうか――

 そう思い立つと、〝姫を失ってもなお健在な聖エルザの姿を描く〟というテーマがたちまち私の心を強くとらえた。


 2018年は「聖エルザ」が文庫化されてちょうど30年目にも当たっていたことから、すぐに『聖エルザAnniversary〈記念日〉』というタイトルも浮かんできた。

 それに、30年といえば、あのキャラクターたちがちょうど聖エルザの生徒くらいの子どもを持つ年代になっているはず。すると彼らは今……?


 私は猛然と構想に取りかかったのだった。



☆ あるべき〝新作〟の姿とはどのようなものか?


 30年という、ちょっと気の遠くなるような年月をはさんで、中年になったキャラたちがただ単に仲良く懐古にふけったり、その後のいきさつをかわりばんこに報告するというようなお話では書く意味がない。

 彼らは彼らなりのリアルな現在を生きているはずである。それを象徴するのが〝姫の死〟という衝撃的な出来事だとすれば、それぞれの立場で姫の死と向き合う視線にこそ彼らが現在に抱えるリアルがあるだろう。


 30年を経ても……いや、30年という時空間があったからこそ豊かに醸成された物語があるはずだという思いが湧いた。それをぜひとも見つけ出したいと思った。

 また一方で、下手なものを提出すれば読者の心にきれいな記憶として残る作品のイメージを壊すことにもなりかねず、タイトルやキャラを使い回しただけの〝昔の名前で出ています〟に過ぎない余計なお話になってしまうのではないか、という怖れも感じた。

 書き下ろしで4巻目を書いているときにも、まさにこれと同じ悩み、迷いに取りつかれたものだった。

 そして、すくなくとも自己満足にだけはしたくない、と。



☆ 〝新作〟を主導するキャラ像をつらつら考えると……


 30年後の現在にあってもちゃんと新しい読者をひきつける力のある有効な作品となり、かつ、30年前の読者にとっても望ましい続編として歓迎されるものであること。

 そういうかなり高いハードルをクリアしなければならないことを痛感したが、それがやりがいにつながるにちがいないという確信がめばえてきたのも事実だった。

 

 30年前と現在をつなぐには、鮮烈なインパクトのある新登場キャラの存在が不可欠に思えた。

 以前からの読者にとっては愛着のあるおなじみのキャラが多数おり、彼らの存在を抜きにした「聖エルザ」はありえない。となると、彼らをすべて向こうに回して対抗できるほどの、そうとう強力で魅力のある個性的なキャラが必要となる。


 最初に考えたのは、クルセイダーズのだれかの子で、例えばボディガードのつもりの三バカが逆にまとめて振り回されるような、ブッ飛んだ性格の女子大生というものだった。

 気まぐれで、思い立つとためらいもなく行動に移す。危険などモノともしない――いや、危険だという認識がちゃんとあるのかどうかと周囲がハラハラするような大胆な娘。初々しい色っぽさを武器にするしたたかさもある。そんな〝今どき〟の娘が、姫の死に隠された秘密を探ろうと積極果敢に突き進んでいく――。

 当初の構想はそういう線に沿って進められた。今でも「それもアリだったな」と思うし、もしそうなったらまったく別の物語がつむがれることになったことだろう。



☆ では、〝あの〟キャラクターたちはどう描かれるべきかを考えてみる


 古くからの読者が抱く期待の大きな部分は、愛着のあるキャラたちがどのような運命をたどってどのような姿となり、どのような関係になっているかにあるだろう、とは容易に推察された。

「聖エルザ」となれば主要キャラがつぎつぎ語り手をリレーしていくおなじみの叙述形式も望まれているにちがいない。


 しかし、ミホをはじめとするメインキャラは、いい年齢になってそれなりの常識をそなえ、責任ある立場にもなっているはず。彼らの語りは当然30年間の歴史の重みを帯びるだろうし、複雑な思いもにじむことだろう。そうすると行動も制約され、軽快なテンポにブレーキをかけかねない危惧もあった。

 彼らにはむしろ、要所で実感のこもったコメントをはさむのと、それぞれが抱えた想いや重大な秘密をほのめかす役をになってもらうのが妥当なのではないかと思えた。


 目指すところは、聖エルザをめぐって新たに浮かび上がってくる謎の解明というミステリーと、クルセイダーズの血を引く娘が突き進んでいくロードムービーっぽい波乱とサスペンスに富んだストーリーである。

 クルセイダーズのメンバーは、聖エルザという舞台を取り囲み、重要な手がかりをあたえ、ことの成り行きを冷静な視線で見守る、いわばギリシャ神話の神々のような立ち位置となることこそふさわしいだろう。彼らには、物語の枠組みをきっちりと整ったものにする役目を果たすことを期待することにした。



☆ 新ヒロインを取り巻くキャラたちのイメージが浮かび上がってくる


 ヒロインを身近で支えるのがクルセイダーズのメンバーでないのなら、今回のその役は必然的に彼らをサポートしてきた空手部の面々ということになる。

 空手部のキャラたちには私の想像をかきたてるところが大いにあった。前4巻でさほど彼らの人物像を掘り下げる機会がなかった分、それと30年という時間の経過を加味すると、彼らには新たに補強された個性的なイメージを持たせる余地がたっぷりある。

 5人のクルセイダーズにはうかつな改変やイメチェンは許されないだろうが、空手部に対してならむしろ大いに歓迎されるメリットとなるにちがいない。


 それに、クルセイダーズのようにストーリーを主導するほどの役割を負っていないから、ヒロインとの関わり方も臨機応変で身軽なものになり、いいテンポで物語を進行させる絶好の同伴者となってくれるだろう、と。

 そう、それに水谷という、ある意味でクルセイダーズ5人に匹敵する重みと頼りがいのあるキャラクターもいるのだ。


 そして、サポートキャラ以上に重要な要素が、30年前と現在を有機的につなぐ役割を果たすキャラクターの設定だった。

 謎めいた、敵か味方かも判然としない新たなキャラクターが、ぜひとも欲しかった。単純な敵・味方の対立関係ではなく、滝沢・水谷が果たしたようなジョーカー的な第三勢力に当たる存在である。

 しかも、クルセイダーズや空手部が経験した30年前の出来事を含め、聖エルザの歴史に深く関わり、彼らとはまったく別のアングルから目撃してきたような人物であることが望ましい。


 カクヨムの私のワークスペースには、数年前からタイトルと数ページ分の走り書きのようなメモしかない作品のタマゴのようなものがひとつ残っている。

 いつか手をつけることがあるかもしれないと消さずにおいたものなのだが、メモには一匹狼の貧乏探偵としてオトシマエの名前がある。たぶん、「聖エルザ」を再始動するならそういう形にしようかと考えたことがあったのだろう。

 そして、彼女が巻き込まれていく事件に関わってくるキャラとして、謎の人物が設定してあった。メモの終わりのほうまでくると、その人物はある特殊能力の持ち主であるというふうにさらに発想がふくらんでいた。


 新しい「聖エルザ」の構想を進めていくうちに、その人物のことが思い浮かんだ。新しい物語が単に新キャラによる新しい事件との遭遇に終わるのではなく、それをきっかけに過去に秘められた別な側面を照らし出す形に持っていけるような人物――思い出深い30年前の事件以来、クルセイダーズを含む学園全体を見守りつづけ、現在もまだ学園のどこかに隠れひそんでいるような人物がいるとしたら、彼こそその役にふさわしいのではないか――。

 そこで一挙に作品の形、全体像が見えてきたのだった。



☆ するとヒロイン像にも画期的な転換が――


「聖エルザ」をはじめとする私の諸作を編集者のような視点から誠実に評価してくださっている方がいて、ちょうど私がこのあたりまでの構想にそって試し書きのようなものに取りかかった頃、新作の企画書を読んでいくつかの貴重なアドバイスをいただいた。


 アドバイザーご本人とすれば「たとえば……」というような気軽な提案に過ぎなかったのかもしれないが、私にとって大きなヒントとなったのはヒロインについての助言だった。

 ひとつは「ヒロインには複数の母親がいて、彼女たちがワイワイ言いながら育てたことにしたら」というような内容だったと思う。日本のような徹底した管理社会においてそんな荒唐無稽なことはまず不可能であり、私も苦笑しながらその部分を読んだ記憶がある。

 もうひとつの提案は「ヒロインの年齢をぐっと下げ、中三の受験生として聖エルザにやって来ることにしては」というものだった。

 この二つのアイディアが、私の中に激烈な化学反応を引き起こしたのだった。


 当初の女子大生ヒロインは、姫の死の謎を解けと言われてむしろイヤイヤ聖エルザに来て、しだいに調査に夢中になって事件に巻き込まれていき、最後に大きな謎を解明して親たちの真意を知る――というのが大まかな構想だった。

 いわば受け身のキャラだったのだが、アドバイザー氏の言うように純真な中学生という設定なら、本当の親を知りたいという切実な思いから積極的かつ無謀な探索に突き進んでいけるのではないか?

 また、クルセイダーズのメンバーの何人もが母親となれば、ヒロインに対してそれぞれが無条件の愛情を持っているはずだし、〝娘〟の気持ちを察しつつも真実を知られたくないという複雑な心理状態で、秘密を胸に秘めながらヒロインの行動を見守ることになるはず……!


 ここに至ってほぼ作品の形が明確になった。私がこれを書きたいと思い立った動機に見合うだけの十分な材料を得たという手応えも感じた。

 作家にはよくあることだと思うが、これはしかるべき時が来たらかならず書かれるべき作品として自分の中に時限装置付きで胚胎していたものではないか、という錯覚さえ覚えたものだった。

 内部から湧き起こってくる熱かパワーのようなものがジワリと全身を包む。「よし、書ける。書きたい」と思ったのはこのときだったのである。


 書きかけていたヒロインの聖エルザ学園への最初の訪問場面。すでに書いてあった部分を生かしつつも、新たなキャラのカラーで塗り直すように書き直してみると、見ちがえるような出来栄えになっていた。

 そこから1、2章あたりまでの展開は、するすると流れ出すように書き進むことができた。私にはもうためらいのかけらすらなくなっていた――。

 


☆ 書き終えて振り返ってみると……


 書き終えてみて、この作品ほどサクサクと順調に書き進めることができたものは記憶にない。

 私の中にそれなりに構築された「聖エルザ」という世界がすでにあり、例えばあるキャラならここでこう言いこういう反応をするはずというような手慣れた部分があったのは事実だ。

 しかし、相当の部数を誇る人気雑誌の連載モノとして求められているところをクリアすることにかなり神経を使い、さまざまに趣向を凝らした作品だった「聖エルザ」は、よく言う〝自分が書きたいもの〟とはある意味で距離のあるものだった。


 だが、私自身にとっては大切なオリジナルのデビュー作だったわけで、全編をつらぬく太いコンセプトとしてやはり私が意地を通した痕跡がくっきりと残っている。

 30年前に「聖エルザ」を取り巻いていた他の若い世代向けの作品群との〝ちがい〟があったとすれば、おそらくそのこだわりだったのだろうと思う。今も支持してくださっている方々のコメントの端々に、私はどうしてもそのことを感じてしまうのだ。

 今回、私はそのコンセプトをのびのびと駆使することができた気がする。遅滞することなく、迷いもさほどなく書き進められたのは、そのことが最大の理由だったと確信する。


 『聖エルザAnniversary』はまちがいなく前4巻に連なる作品に仕上がったと思う。30年後でも有効な、ではなく、30年間を新たな光で照らし出す、30年後だからこそ成立させることのできた新作として。


 これから初めて『聖エルザ』世界に触れる方から、全巻を繰り返し読んだうえで『Anniversary』にもまた再チャレンジしようという方まで、新旧の読者どちらからも率直なご感想をお待ちしております。 ――松枝蔵人

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