ツチノコ旅の記憶だよお!!

あっぷるぜりー

ツチノコ旅の記憶だよお!!



「…………」



 ツチノコは動けずにいた。さながら寝室で横になっている時にふと何かの気配を感じ、怖くて振り向けない子供のように。

 とはいえずっとそうしている訳にもいかないと理解しているツチノコは恐る恐る振り返る。



「ジーーーっ……」

「ンアァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛!!」



 ——と、そこにはしゃがみ込んでこちらを凝視ぎょうししているハシビロコウが。

 あまりの距離の近さと目力めじからに驚いたツチノコは慌てて、すぐ近くにあったもう一つの木のみきに身を隠す。

 しかし、いたのはフレンズであって危険なセルリアンではない。ではなぜツチノコはこうも退くように隠れるのか?

 ——そう、何を隠そう彼女は恥ずかしがり屋さんであった!


「んな、なな、何だおまえは!」



 木の幹から頭と尻尾だけをのぞかせるツチノコのその問いに、ハシビロコウはゆっくりと立ち上がり、ツチノコの態度にたじろぎながらも自己紹介を始める。



「あ、えと……ハシビロコウって言うの。ごめんねっ、おどろかせちゃった……?」

「おどろくよお!!」

「うぅ、そんなつもりじゃ……」



 幹に隠れて尻尾をむちのようにペチペチと地面に叩きつけるツチノコの剣幕けんまくに圧倒され、ハシビロコウはしゅんとなってしまった。




 ■




「はぁ……で、俺に何か用なのか?」



 少しの間、キシャー! と威嚇いかくしていたツチノコであったがこのままではらちがあかないと判断し、大きなため息をつきながら仕方なくといった様子で幹から体を出した。



「用っていうか……ほら、見たことない顔だったから挨拶あいさつでもしようかなーって……」

「ふんっ、なんだそんなことだったのか。俺はツチノコ、よろしくな」

「よ、よろしく……!」



 少しきつめなツチノコの態度に にハシビロコウは緊張しながらも返事をした。



「——にしてもお前、ジーーーって言いながらこっちを凝視する挨拶……なのか? あれ気をつけた方が良いぞ。あんまり可愛くないしだな……」

「えっ、うそ!? わたし、それ声に出ちゃってたの……?」

「出てたよお! 自覚なかったのかよ!?」



 おずおずと尋ねるハシビロコウにツチノコは容赦ようしゃのない鋭いツッコミを入れる。

 そんなツチノコも、意識せずか、声を大きくするときだけは相手を見ることができているのだった。

 衝撃の新事実に驚きを隠せないハシビロコウであったが、気を取り直してさっきの行いについて説明を開始した。



「えへへ……でね、さっきのは別に挨拶をしてたわけじゃあないんだ。わたし、なんていうかこう……ついジーっと見て機をうかがっちゃうんだよね……」

「そうか、あれは機を窺ってたのか……。ハシビロコウは気を窺うってことは知ってたんだがまさかこれまでとは……」



 ツチノコはボソボソと独り言のようにつぶやく。



「あれ、私について知ってるの? うれしーな」

「ま、まあ多少はな」



 そのつぶやきを聞き逃さなかったハシビロコウはツチノコの顔を見ながら嬉しいと言い、自身の喜びを伝える。

 ツチノコはその言葉を聞くや否や恥ずかしくなったのか、ふいっと顔をそらしてしまう。



「ねえ、ところでどうしてここのちほーに来たの?」

「どうしてって聞かれてもなあ……」



 ツチノコはどう答えるか思案する様子を見せる。



「俺は『人工物』に興味があってだな、それはあちこちにあるはずなんだよ。それを見つけるために色々旅をしているんであって、別にここのちほーに用があって来てるわけじゃあないんだよ」

「『じんこうぶつ』……って?」

「——!! 『人工物』と呼ばれる物はだな! 『人』という存在が作り出した、そーれはもう面白いもので!」



 なんの話かさっぱりという風で小首を傾げているハシビロコウをよそにツチノコは、その質問、待ってました! と言わんばかりの勢いで解説を始めるのであった。



「ちなみに! 『人』っていうのだが——はっ……!」



 だがしかし、ツチノコがハシビロコウに注目されていることに気付いてしまう。

 そのことにより恥ずかしがり屋さんのツチノコは自身のマシンガン解説に急ブレーキをかけたのだ。



「あれ、どうしたの?」



 ハシビロコウは続きを聞きたそうにしてツチノコを見つめている。



「お、お前が気を窺うからだろ!」

「ええっ、別にそんなつもりじゃなかったんだけど……。面白そうな話だったからつい集中しちゃって……ごめんね」



 さっきまではツチノコを見つめていたハシビロコウだったが、ツチノコの一言に思わずうつむいてしまう。

 ハシビロコウはあまり感情を顔に出さない。実際、この時の顔も普段と変わらなかったのかもしれない。

 が、何故かその時ツチノコにはハシビロコウが心底落ち込んでいるように見えた。



「あー……ゴホン」



 ツチノコは仕切り直しと言わんばかりに咳払いを一つする。



「——それで『人』っていうのは……って聞いてるのか? き、聞かないならやめるぞ!」



 再度語り始めたことに若干キョトンとしているハシビロコウをチラッと見たツチノコは少しだけ迫ってみる。

 あまりに凄みのないその脅しに、ハシビロコウは優しい口調でツチノコに向けて言葉を返す。



「……ううん、ちゃんと聞いてるよ」

「そ、そうか。なら別にいい……」



 ツチノコの顔がほんのり赤くなる。



「俺もどんな姿をしてるかは知らないんだが、『人』は頭が良いからたくさん不思議なことをひらめいて、その……いろんなものを作ったり使ったりできる器用なやつらしい。他にも——」




 ■




 様々な話を二人でしているうちにそれなりの時間が経っていた。

 ツチノコは旅の話、ハシビロコウはこのちほーでの話。



「——そろそろ行ってくる」



 ツチノコはおもむろに立ち上がり、ポケットに手を突っ込んだまま数歩歩いて言う。

 ツチノコは旅の話、ハシビロコウはこのちほーでの話。様々な話を二人でしているうちに日は沈みかけ、辺りはすっかりオレンジ色に染まっていた。



「もう行っちゃうの? ……残念だけど、仕方ないね」



 そう言うとハシビロコウも、すっと立ち上がる。



「今日はその……なかなか良かったぞ、話。えと……ま、またいつかな」



 ツチノコはハシビロコウに背を向けたまま喋る。

 ハシビロコウはその後ろ姿に向かって



「……うん。気を付けてね、ツチノコ」



 そう言いながらわずかに微笑んだ。



「じゃあな」



 すでに歩き始めていたツチノコだったが数メートル先で足を止めて一言返す。直後、手を振ろうとポケットから右手を出して振り向く——。



 そこでツチノコの目に飛び込んできたのは、静かに美しいお辞儀おじぎを見せるハシビロコウの姿。



 ハシビロコウの生態について、多少はと言っていたツチノコであったがハシビロコウのお辞儀に込められた意味、その真意は果たして彼女に伝わったのだろうか。ハシビロコウにもそれはわからない。

 が、その姿を見たツチノコは思わず顔をほころばせながら次のちほーへとを進めていったとさ。


                –おしまい–

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