第14話 病室

 上がった息を整えながらドアを開けると、廊下の左右に誰もいないことを確認して、そっと病室から出た。右手には、あの医師のカードキーの束が握られている。髪を引っ張られてごっそり抜かれたとき、かなり痛くて涙が出たけれど、やってみると案外すんなり手に入れることが出来た。病室のドアを静かに閉めてから、まっすぐ渡り廊下の扉へ向かった。


 四枚のキーを適当にカードリーダーに合わせていると、やがて電子音と共に、ロックの外れる小さな音がした。物音を立てないように気を付けながら、大きな金属の扉を開いた。


 扉の向こうの渡り廊下は、静寂が保たれていた。空気清浄機でも働いているのか、あまりに何の匂いもしなくて、逆に鼻がむずむずする。窓からは、柔らかな冬の日光が射し込んでいた。想像通り、廊下の突き当たりにはさっきとほぼ同じ二枚目の扉があった。


 ふと気づいて見上げてみると、廊下の天井の隅には監視カメラらしい黒い球が取り付けられていた。中で微かに、レンズが動いているのが分かる。どうだろう、今までの出来事も見られていたのだろうか。だとするともう、あまり時間はないのかも知れない。少しだけ足を速めて廊下を渡ると、またさっきのカードをリーダーに押しつけた、LEDが赤から緑に変わって、ロックの外れる軽い音が聞こえた。


 二枚目の扉を開くと、その先は薄暗い最終段階用の病棟だった。中に人の気配はない。どことなく、放課後の校舎のように感じた。天井の蛍光灯は、一つもけられていなかった。


 薄暗いのは、窓の一つ一つに鉄格子が取り付けられているせいでもある。陽の光が入ってこない。おまけにそれらの窓ガラスも全部強化ガラスらしく、中に黒い針金が通されていた。


 異様なのは窓だけではない。並んでいる病室もだった。普通なら病院は、各病室に窓が出来るよう部屋を配置するはずだ。それこそちょうど、学校の教室のように。でもここは、廊下が建物を一周するように作ってあって、その内側に、いくつも狭い病室が並んでいた。その様子は何となく、ペットショップを思い起こさせた。


 一つ一つの病室には、錠前がいくつも付けられた、さっき以上に厚い金属扉がある。それぞれにちっぽけな窓が付いていて、中をのぞき込めるようになっていた。

 足早に廊下を歩きながら、扉の中を見て回る。最初の三部屋には誰もいなかった。最近は、長期療養の患者も減っているのかも知れない。しかし、部屋の様子、扉の具合を見れば見るほど、こんなところに入れられた人が事故で外に出てしまうことなんて絶対にあり得ない、と確信した。確実に誰かが、この扉を意図して開けたのだ。


 そしてマコトくんは逃げだし、屋上から飛び立っていった。


 まといついてくるような暗がりの中で、一部屋一部屋を、目をこらして調べていった。

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