第13話 施設

 門をくぐり抜けて建物に入ると待合室へ行き、受付の看護師さんに、ヤモト・ユウくんに面会に来たのですが、と話しかけた。


 すると、真っ白な顔をした彼女は、ああ、と遠い目をして応じた。

「ユウくんは先日、最終段階に入りました。彼が翼人症候群なのは知ってますね。最終段階というのは……」

「知っています。あの、彼自身に聞きました。もう面会することは出来ないんですか?」


「無理ですね。あの段階に入ってしまったら、後は完治するまで外部とは一切接触できません。というより……したところで何もコミュニケーションは取れないんです。本当に完全に、空へ飛び立つことしか考えられない状態になっていますから。思考も身体も全て、翼に乗っ取られているような感じとでもいうのかな。他の物事が頭にない。ですから、諦めてもらうしかないです」


 看護師はそう淡々と語った。


 素直に彼女に感謝してから、それならお昼ご飯だけでも食べて帰りたいんですけど食堂へ行ってもいいですか、と尋ねた。すると彼女はどこかほっとした様子で、いいですよ、と簡単に頷いた。頭を下げて感謝し、彼女を残したまま、廊下の先へと向かった。


 こうして平然と施設の中へ入り込むと、しばらく食堂の方へまっすぐ歩き、頃合いを見計らって、あっさりと違う角を曲がった。そのまま、施設の奥へと進んでいく。周りにはお見舞いに来たよその家族がちらほらといるので、患者ではない人間がいてもそれほど妙な目で見られることはなかった。以前と変わらず、施設の中はどこか天国的で、でも何となく、沈鬱な空気で充ちていた。


 ユウくんに案内してもらった道筋を歩いて、久しぶりに病室棟へ入る。以前彼が使っていた部屋のドアは、すでに開け放たれていた。通りすがりにちらりと中を覗くと、綺麗に片付けられて空っぽになっている。入り口のネームプレートももうない。そんな様子を横目で見てから、何事もなかったかのように歩き続ける。


 そんな病室棟の二階をあてもなく進んでいると、途中に渡り廊下へ通じているらしい、大きな扉があった。扉には、「医師の許可なく入棟することを禁じます」とわざわざプレートが付けられていた。


 そばの窓から、その渡り廊下を渡った先を覗いてみる。向こうには嵌め殺しらしい厚い窓が並んだ、二階建てのこぢんまりとした箱のような建物があった。たぶん、ここがユウくんの言っていた、最終段階の患者を放り込むための棟なのだろう。ユウくんは今、あそこにいるのだ。重く動きそうもない金属の扉のそばで、しばらく立ちつくしていた。


 時折廊下を通り過ぎていく看護師たちが、こちらを不審そうな目つきで見てくる。でもあまり気にせず、扉の具合をあちらこちらから探っていた。といっても、カードキーのリーダーが取り付けられていて、厳重に施錠されている。素人が少々何かしたところで、突破できそうな余地はなかった。


 無理に通るとすれば、誰か医者か看護師がここを抜けるときに一緒になって通過するぐらいしかないだろう。けれどおそらく、そうして無理に通ったところで、この先にも同じような扉がいくつかあるに違いない。そのどこかで捕まえられれば、こっぴどく叱られるか、下手をすれば警察沙汰になるのが落ちだ。


 おまけに、少しの間待ってみても、向こうの棟へ向かおうとする人が誰もいなかった。そうなるともう、一人では手出しのしようがない。


 何も出来ないまま、十五分ほどが過ぎた。


「……あれ、ひょっとして、コータくんのお姉さんじゃないですか?」


 不意に聞き覚えのある声に話しかけられたので、振り向いた。


 そこにいたのは、確かコータの担当だった何とかというお医者さんだった。四十代半ばぐらいの人の良さそうな顔をしていて、弟の執刀も彼だったらしい。痩せ型で、割とひ弱そうだった。


「どうかしたんですか? コータくんに何か? 親御さん方は、今日は来られてないんですか?」


 そう愛想よく親切そうに話しかけてくる彼の首からは、ペンや鍵と一緒に数枚のカードが下がっていた。あまり真面目に管理する気がないらしい。顔がやや疲れてやつれているところからすると、ひょっとしたら手術後とかなのかも知れない。


 そこで少し考えて、いくつかの手段を頭の中で検討してから、一か八かに賭けてみることにした。


「はい、先生。ちょっと言いにくい話というか、実はコータに、最近問題が出始めていて……」


 そんなことを話しながら、それとなく彼を、手近で空いている病室へと連れ込んだ。コータに問題と聞いて急に心配そうになった彼は、特に疑う様子もなく、後に続いて病室へ入ってきた。たぶん、彼も他人に聞かれないようにしたかったのだろう。


 病室のドアを閉めた。

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