第12話 遠出

 翌日、八時過ぎに家を出たのに、電車に長時間揺られて向こうに着いたのは、昼の一時頃だった。適当に駅前の定食屋で昼ご飯を食べてから、わたしは歩いて施設へと向かった。お金は母さんの財布からくすねてきた。後でまた面倒なことになるだろう。


 施設は郊外の寂れた町を抜けて、奥の山道へ入り、木々の茂った坂を延々上った先にある。いつも通りのジーパン姿で歩きやすいとはいえ、二十分も経つと少し疲れてきた。立ち止まり、息を吐く。


 もちろんわたしが行ったところで、出来ることなど大してないだろう。けれど、いいのだ。わたしの行動なんか、所詮どれも自己満足でしかないのだから。意味など、ないのだから。


 休憩ついでに、道の脇のガードレールの向こうを覗き込んだ。すると、木の枝の影になった深い緑色の草葉と苔が生えていて、そのさらに奥には、澄んだ川が細々ほそぼそと流れていた。車でここまで来たときには外の光景なんか見もしなかったので、少し面白かった。頭上では、風に揺れる葉の音がずっと鳴っている。辺りには何もない。


 わたしは再び、先へ進み始めた。そんな暗い道を一人黙々と歩いていると、中学生の頃クラスにいた、いじめられっ子のことをわたしは不思議と思い出した。


 本当にかわいげのない子だった。クラス中ばかりか先生までも、あの娘をいじめることだけは許されるのだと思いこんでいた様子だった。何が最初のきっかけだったのかはもう憶えていないけれど、とにかく彼女は、女子全員から無視、というより嫌悪されていたのだ。そして、男子から声をかけられるようなタイプではなかったので、結局誰からも無視されていた。その結果なのか、それとも元々なのか、彼女は性格もひどくねじ曲がっていた。


 とにかく中学校の三年間、何をやっても嘲笑され、そしてそれに彼女が腹を立てれば、みんなから詰られていたのだ。要するに彼女が何をやろうと、非難の的になる。そしてそれを先生に相談すると、先生はうんざりした表情で溜息を吐き、「集団生活ではみんなに合わせることが大切なのよ。自分勝手ではいけないの」と話していた。まさしく八方ふさがりだった。そしてその状況に、誰一人として同情していなかった。


 わたしも平然と、そんないじめに参加していた。思い返すとずいぶんひどいこともしていた(ガムテープで全身をいもむしのように縛り上げたり、ガラスに頭を打ち付けたり)けれど、どうしてか当時、クラスは毎日明るい雰囲気で充たされていたような気がする。笑顔が絶えなかった。まるで校内の暗い空気の全てを、彼女一人が一身に吸い取って、その代わりにみんなが脳天気に過ごせていたかのようだった。そしてわたしも、その一員だったのだ。


 あの子は最後には、学校に来なくなった。その後、しばらくはクラスの空気が悪くなり、一連のいじめが問題視され、担任が替わったりもしたけれど、でも結果的にはそれほど深刻な事態にはならなかったように思う。少なくとも罪悪感は、大して残らなかった。


 今の今まで、わたしはあの子がいたということすら忘れていたのだ。彼女は一体、あのときどんな気持ちだっただろうか。そして今となっては、わたしの方が学校へ行かなくなっている。彼女はそんなわたしを見たら、どう思うだろうか。何と言うだろうか。


 やっぱり、嘲笑するだろうか。


 わたしは施設にたどり着いた。相変わらず、威圧的な門だった。

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