第9話 思い出話

 翌日、早速叔父さんの葬儀が村で営まれた。思いのほか大勢が、葬儀に参加してくれた。ひょっとしたら家族だけで内々に処分してお仕舞いになるかも知れない、と思っていただけに、意外だった。村の成年の男が普通に死んだときと何も変わらない、きちんと手順に則った儀礼が行われた。


 昨日叔父さんの遺体を見た時、呪術師のおばさんは苦い顔をしていた。炎は人間に呑み込まれたぐらいでは死んだりしないから、腹の中に入っても消えず、暴れ続ける。何とか抜け出そうとして、人を内側から焼き始める。叔父さんはたぶん幾つも幾つも呑んだから、体内では想像も出来ないほど激しく燃え上がったことだろう。痛み苦しみは、生きている人間には想像もつかない。「なぜこんなことをしたのか、全く理解できない」と呪術師は吐き捨てるように言った。私も理解できなかったし、もしかしたら叔父さん自身も、自分のやっていることを理解していなかったかも知れない。


 葬儀は、昼から夜に掛けて続いた。普通なら、大人の男たちが集い集って、生前の記憶を語らって時間を過ごす。しかし叔父さんの場合は珍しく、誰も語るべき思い出を持っていなかった。もちろん忘れてしまったわけではないのだが、大人の男として語るべきこと、それは例えば、勇猛果敢な出来事とか、他人を護った出来事だとか、そういった叔父さんに関わる立派な類のことが、男たちには思い出せなかったのだ。仕方なく男たちは、ただ集まって乾杯を繰り返すばかりだった。


 一方、宴の裏では女たちがぼそぼそと、叔父さんについての思い出話を幾つも幾つも繰り広げていた。話の種は尽きることがなかった。表で話すほどではない下らない記憶なら、幾夜を費やしても終わらないぐらいあったのだ。


 十に満たない頃から女に手を出していた話、その後で男にも手を出していた話、影で喜んで女装をしていた話、そのくせ妙に腕っ節は強かった話、婆さま方の語る伝説や昔話を一言一句語り口に至るまで片端から憶えてしまった話、酒を一口でも呑むとベロベロに酔って倒れてしまう話、風邪を引いただけで死に怯えて泣きじゃくった話、笑い話の名手だったという話。


 とにかく、そんな話は際限なく出てきた。そしてそのどれもが、面白かった。私の知らない話もたくさんあった。女たちは嬉々として語り、笑い、たまに涙した。死んで初めて、叔父さんは村で愛されていたのだ、と私は知った。


 葬儀は、夜が更ける前に終わった。葬儀の最後には、叔父さんの遺体が火を灯され、焼かれた。例の櫓のそばで、叔父さんの身体の周りによく燃える葉が敷き詰められ、そこへ生きている炎がゆるゆると近付いていった。たちまち空一杯を白色に染め上げるほどの煙が、もうもうと上がった。恐ろしく煙い。でも、この葉が焼ける匂いのおかげで、叔父さんの遺体の焼ける匂いは掻き消されてしまう。そればかりか、燃えているのかどうかも目で確かめることが出来なかった。私は目をしばたたかせながら、叔父さんがこの世から去る様を眺めていた。



 人は炎と共に生まれ、炎と共に没する。新しく生まれた子供は儀礼の中で生きている炎に近づけられ、ほんの少しだけ髪の毛を焼かれて、村の子としての生を与えられるのだ。なぜ頭に火を近づける、と以前婆さまに訊いたら、「赤子は頭を先に、女の炎のような場所からるじゃないか」と大笑いされた。


 そして、死ぬときにはこうして炎に巻かれ、この世からあっさりと消えるのだ。跡形もなく。



 人を焼くとき、炎は色合いを変える。赤や橙だけでなく、黄、そして青、緑と変化していく。その様は美しかった。炎の考えていることなど人間には永遠に分からないが、少なくとも今、生き物が死に、弔われていることだけは理解しているのかも知れない。


 炎は天高く舞い、その光で私たちに影が出来た。影は伸び縮みし、歪み、化け物の姿になって、地面に映し出されていた。ぱちぱちと火花が爆ぜ散った。その幾つかが、私の顔に掛かった。針で刺されているようだった。


 こうして、男たちに謗られ、女たちに愛され、誰からも理解されることなく、ただ炎と戯れるために一生を費やしたオンディラ叔父は、その生涯を閉じた。

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