第4話 オンディラ叔父

 たちまち、半月が過ぎた。夜になると、満月が空に昇っている。次の新月の日が、結婚の日になる。そのことを思い出す度、身体が足指の先から腐り始めているような、じわりじわりとした嫌な感覚があった。


「お前の花嫁冠を作らにゃ」

 暗い家の中で、婆さまがぽつりとそう呟いた。私は何も応えなかった。


 花嫁冠というのは、結婚の儀礼で私が被ることになる、草木で作った冠である。あまり綺麗なものではなくて、ある種類の樹を切り出して削るだけの無骨な作りだ。普通は、花嫁の父親がその木を切って小刀で削って形を整え、それを母親が草花で飾り付けして作る。けれど私の場合、肝心の父親がいない。


「どうするかねぇ。お義母かあさん」

 母さんはこういうとき、なぜだかいつも私に向かってすごく申し訳なさそうな表情をする。別に母さんの所為で父さんが死んだわけではないのに。


「……オンディラが取ってくるのが、筋だ」

 婆さまは一言、そう答えた。


 オンディラとは母さんの弟で、私の叔父にあたる人である。ただ、その解決策にも問題があった。母さんは溜息を吐く。


「あの子には任せられないでしょう、何も」

「何を言う。父親の代わりは、母親の兄弟がこなすもんだ」


 婆さまに言われると、母さんは沈黙してしまった。私も助け船を出すことは出来ない。婆さまに強く言われたら、もう誰も言い返すことなど出来ない。

 オンディラ叔父さんは、もう何年も前に村から追放されているのだ。


 翌朝、私は炎を一つだけ連れて、叔父さんを訪ねに村を出て行った。村のみんなから不審がられないよう、なるべく早朝に出発した。どうせ儀式の時には叔父さんに作ってもらったと知られるとはいえ、それまでは出来る限り、ことを穏便に済ませたかった。


 オンディラ叔父さんは、変わり者として知られた人だ。村のおさに言わせれば、要するに「頭がよすぎた」。小さい頃から暇さえあれば、他人に悪戯いたずらを仕掛け、面倒を起こしては叱られていた。


 例えば、祭り用の楽器の見た目はそのままに、音だけを他の楽器と入れ替えておいたり、近所のおじさんがくしゃみするのと同時に穀物倉を潰したり、四十年掛けて伸ばしていた村長むらおさの髭を焼いたり。端から見て笑えるものもあれば、笑えないものもあった。そして結局人々の記憶に残るのは、たちの悪いものばかりである。叔父さんは年を追うごとに酷い悪戯を重ね、村での立場を失っていった。


 そして、村から追い出されるきっかけとなったのが、炎を使った悪戯だった。私がまだ、三歳の時のことである。


 叔父さんは不思議と、生きている炎を手なずけるのが得意だった。別に狩りに行く回数が多いわけでもなく、特別に訓練が上手いわけでもないのに、不思議と炎が、叔父さんに従うのだ。必死になって炎を付き従わせようとしているよその人からすれば、これもまた面白くないことだった。ただ遊び歩いているだけに見える叔父さんが、炎を見事に自在に操るのだから。この所為で、叔父さんは余計に嫌われていった。でも、叔父さん自身はそんなことを全く気にしている様子はなかった。


 ある時のこと、叔父さんは突然、村中の炎を自分の支配下に置いた。どうやったのか、何のためにやったのかは、未だに誰にも分かっていない。とにかく、村の全てのかまど囲炉裏いろり、狩りのための炎も含め、村内にある炎の一つ残らずを日の沈みきった夜中、当時叔父さんが一人で暮らしていた村の家に呼び寄せたのだ。


 炎はひょいひょいと飛び跳ねて、一列に行儀よく並ぶと、暗い村の道をまっすぐ叔父さんの家へと向かっていった。誰がどんなに怒鳴りつけても、炎は言うことを聞かなかった。そうして家にたどり着いた炎に向かって、叔父さんは小声で何かを指示したという。


 途端に、炎は叔父さんの家へ飛蝗ばつたのように飛び付いて、勢いよく燃やし始めた。集まった村人たちは、ただただ茫然とするよりほかなかった。何しろ叔父さんは、まだ家の中にいるのだ。窓から、炎に包まれながらも椅子に腰掛けて静かに俯いている叔父さんの姿が、赤々と見えた、と聞く。集まった生きている炎たちは、一つの巨大な炎となって、叔父さんの家を囂々ごうごうと焼き続けた。火の手は天まで届くかと思われたらしい。しかし誰も、止めることなど出来なかった。叔父さんは逃げだそうとせず、燃え盛る家は今にも崩れ落ちそうになった。


 そのとき、うちの母さんが、炎の中に飛び込んだという。誰の助けも借りずにだ。もちろん、その頃私の父さんはとっくに亡くなっていたので、頼れる相手など誰もいなかったのだが。母さんは、居間にいた叔父さんの元へ行き、力ずくで叔父さんを引っ張って、家から連れ出してきた。不思議と、叔父さんは抵抗しなかったという。叔父さんが出て数分後に、家はあっけなく崩壊した。


 そんなことをしたのが原因で、叔父さんは村から追放されることになった。反対意見は母も含め、誰からも出なかったという。叔父さん自身も不平一つ言わず、数少ない荷物を背に負って、火事の翌日には一人、村を旅立ったらしい。しばらくは叔父さんがどこへ行ったかも分からず、ほとんどの村人は死んだのだと考え、縁は完全に途切れたままだった。


 叔父さんがトーリョー山のふもとに小さな家を造って暮らしている、と分かったのは、今から三年前、私が十一歳の時だ。

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