第3話 炎の戯れ唄

 村には昔から、炎にまつわる昔話がたくさん伝わっている。大体が、この世界の成り立ちに関わるものだ。昔話に依れば、原始、私たちは炎から生まれ出たらしい。大きく燃え上がった炎が口を開いて、最初に男を産み、次に男が、炎の中から女を取りだした。だから私たちは、死ぬときには炎の中へ没するべきである、とか。さらにさかのぼると、炎自身は大地がぱっくりと割れ、その裂け目から噴き出し生まれてきたのだ、とか。このように神話も伝説も、みんな炎と何かしら関係している。


 だからなのかは分からないが、私たちの生活も、炎たちと強い繋がりを持っている。先にも話したように、料理の時や暖を取る時などは当然だが、一番分かりやすいのは、狩りの時だろう。


 村の男たちは、よく慣らした炎を連れて、動物を狩りに出かけるのである。飼い慣らすといっても、もちろん炎は犬や鷹のように従順ではないから、人間の側が上に立てるとは限らない。いかにして炎に従ってもらうかが、狩人の腕の見せ所になる。


 炎を連れた狩人は、野牛や猪といった動物を見つけると、自分の連れている炎を巧みに誘導して、動物の周りを取り囲むのだ。炎が転がり駆け抜けた場所には炎が燃え移るので、次第に広い範囲が焼け始める。それを利用して、動物たちを追い詰めていくのである。もちろん、一歩間違えば自分が炎に囲まれて仕舞いかねない。細心の注意が必要な仕事だ。これまでにも幾人もの狩人たちが、命を落としている。私の父もその一人だった。


 父は、私が幼い頃、猟場で焼け死んだ。自分のつかっていた炎に巻かれてのことだったらしい。父の最期を見た父の友人は、「まるで父は踊っているかのようだった」と話していた。日も暮れかけ、空も紫色に染まりだした頃、父は草原の中で炎に取り巻かれ、炎に包まれながら、一人踊っていたらしい。熱さで苦しんでなのかそれとも自分の意思で踊っていたのかは、今となっては分からない。誰も助けることなど出来なかった、と聞く。それはもう、そういうものなのだと考えるよりほかないだろうと思う。村に生まれたからには、遅かれ早かれ、いずれ炎と共に死ぬのだ。


 私の同い年の連中も、そろそろ炎を連れて狩りに出かける年頃である。時々背中に大火傷を負って、泣きながら帰ってくる男の子がいる。そのくせ、数日経って傷が癒えると、自分がいかに大冒険してきたかを誇らしげに語り出すのだ。大きな動物(決まって名前がはっきりしない)にふかを負わせ、相打ちで自分も火傷やけどを負ったのだ、とか何とか。嘘をけ、と思う。なお、念のため言えば、イリイロはそもそも怖がってまだ狩りに出たこともないので、そんな話はおくびにも出さない。そんなところも嫌いだ。


 一方、女の子は男とまるで違う炎との関わり方を選ぶ。家事や灯り取りといった日々の生活の中で、巧みに炎を操っていくのだ。生きている炎たちは、いつも村の中や周囲をふわりふわりと跳びはね、転がっている。たまにふっ、と風に乗って、短い距離だが宙を飛んでいるときもある。必要なときに、女はそれらを連れてこなければならない。


 呼べば来る炎もいれば、無理矢理連れてこようとしたところで絶対に言うことを聞かない炎もいる。当然炎なのだから、掴んだり引っ張ったりして連れてくることは出来ない。人間から強引に触れて働きかけることは不可能なので、上手に馴らして、必要なときに協力してくれるよう普段から気を遣っていなければならないのだ。その分、私たち女の方が男たちより深く、炎と関わっていると私は思う。


 幸い、生きている炎を操るための数え歌が、村の女の間には伝わっている。誰でも小さな頃に教えられて、生きている炎と戯れ遊びながら憶えるものである。



 一つ 火の仔を迎えてやりたきゃ

 二つ 不思議と愛想もよくなる

 三つ 見る見る夫婦みようとも寄り添い

 四つ よしみは堅く厚くなる

 五つ 意地張り嘘吐き腹立ちゃ

 六つ 婿嫁むこよめ逃げるも無理はない

 七つ 泣く子も撫でれば笑おう

 八つ 焼かれる日を待つ間

 九つ この世を踊って暮らせ

 十で とうとう虚ろへ還る



 こんな歌だった。


 意味はそのまま、簡単である。要は、人として柔らかで暖かく、付き合いも上手に情に厚く生きていれば、自ずと炎も従ってくれる、というだけのことなのだ。事実、柔和な優しいおかみさんほど巧みに炎を操り、家事全般をあっという間にこなしてしまう。草むしりなんか全くしなくても、彼女の家の周りは綺麗なものだった。炎が意識してなのか偶然なのか、雑草を程よく焼いてくれるからだ。一方、ぎゃあぎゃあがみがみと性格の悪いおばさんになると、湯を沸かすのにもいちいち苦労している。癇癪を起こして手に火傷を負っている姿を、何度も見かけた。


 炎は、放っておいても仕事など一つもしない。普段は遊んでいるだけの存在である。世界を明るく照らし出すとか、愚かな人を罰するとか、神話の中ではずいぶんと立派なものとして描かれているけれど、そんなご大層なものではないのだ。ただ地面を転がり、思い出したように宙を飛び、満足しているように私には見える。


 そんなものが本当に、この世界を生みだしたのだろうか。婆さまも母さんもそう信じているので、何も言わないことにしているけれど。

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