第24話
アリサは、目覚めた。
ベッドから身体を起こすと、そこは自分の部屋だった。二段ベッドの下だ。横を向くと、そこには自分用の勉強机があり、昨日学校から帰ってきてバッグを放り出したままになっている。窓のカーテンは開けられていて、外から目映い日光が差し込んでいた。
ベッドから下りて上の段を見上げたが、双子の妹のイライザはすでにそこにはいなかった。あの娘は何だってアリサより優秀で、上手に、早くやってのけるのだ。当然寝坊することなんて一度だってなかった。
「アリサ! お母さん車で送っていくんだから、早く起きてきて!」
階下から母の声が聞こえ、アリサは慌てて着替え始めた。
鞄を持って階段を下り、キッチンに入ると、もうイライザは朝食を食べ終わるところだった。本当に性格の悪い妹だとアリサは思いながら、シリアルにミルクを掛ける。姉のために待ってやろうという優しさがない。いつだって、自分が出来ていればいい、と思っているのだ。アリサがこっそり舌を出すと、イライザは眼を細めた。
「ママ、パパは?」
アリサが聞くと、母はこちらに背を向け、鞄の中をのぞき込んだまま答えた。何かを探しているらしい。
「だから、昨日から学会で帰ってきてない。お願いだからアリサ、ママに手を掛けさせないで。ママも今週は特別忙しいんだから」
表情も見せずに、母はそう言った。いつだってそうだ。大事な時ほど、ママは顔を見せてくれない。どんな顔だったか忘れてしまいそうだ。アリサは口を尖らせるが、イライザが肩を揺らして笑っていることに気づくと、即座にやめた。
中学校まで母が車で送ってくれた。グレーの何の特徴もないセダンの後部座席に、イライザと二人して並んで座る。カーステレオからはママの好きなカーペンタースの音楽が流れている。飽きるほど聞かされたおかげで、アリサはこのグループの曲が嫌いだった。
「来年から高校でしょう? アリサ」
母は信号で車が止まった途端、そう話し出した。またお説教の時間だ。
「もう十五歳なのに……私はその頃もう、恋人がいたわよ?」
あなたにはいないの、と訊かれる。アリサはため息をついた。イライザには週末デートに行くボーイフレンドがいることをママは知っている。アリサは納得いかなかった。どう考えても性格が悪いのはイライザなのだ。男の子たちは私に話しかけてくるけれど、からかうばかりで何のアプローチもしてこない。
「アリサ。あなた、男の子たちになんて呼ばれてるか知ってる?」
車が走り出した瞬間を見計らって、イライザが呟いた。アリサが首を振ると、イライザは口角を上げた。
「トイ・カー」
言われてアリサは、そこに込められた悪意をすぐには読み取れず、結局黙り込んでしまった。おそらく馬鹿にされているのであろうことはわかった。勝手に走り回ってるとか、実用には向かないとか、そんな意味だろうか。
学校に着き、母が走り去っていくのを見送ると、そこへミランダもやってきた。彼女は読書好きの変わり者で、男子にはまるで興味が無い。十五にもなってメイクにもファッションにも関心が無かったが、アリサは彼女のそんな素っ気ないくらいの性格が好きだった。アリサはイライザを後に残してミランダに駆け寄る。ミランダはアリサに気づくと微笑んだ。
「あなたのお勧めのあのドラマだけど」
前置きなくミランダは話し始めた。アリサは、彼女と手を繋いだ。ミランダは少し驚いた表情を見せたが、すぐに気にせず話を続けた。
「話がご都合主義過ぎない? 三人の女の子にちょうど三人のイケメンが現れて、誰がどうくっつくかとかって……シナリオライターの生活費計算が裏に透けて見えるようだわ。男女一人ずつだと三ヵ月しか保たない、五人ずつだと制作が面倒でスタジオが買い取ってくれない、とりあえず三対三で始めてセカンドシーズンくらいまでは食いっぱぐれないようにしようか、ってね……」
ミランダは相変わらずの饒舌で皮肉っぽく語った。アリサは握った彼女の手の感触をしっかりと確かめながら、彼女の言葉に笑った。そうかも知れないけどそんなことよりドラマの中身の話をしましょうよ、と言うと、ミランダは舌を出す。
二人は大勢の生徒たちに飲み込まれるようにして、校舎の中へと入っていった。イライザはそんな二人の姿を、後ろから微笑みを浮かべて、見守っていた。
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