第20話

 外の人々が対応を練る間、アリサはミランダに話しかけた。保護衣の中の彼女は見るからに辛そうだった。ここで使用されている保護衣は、一般的なクリーンルーム用のものよりかなり密閉性が高い。汗も籠もり、熱も内側に蓄積されていく。

 そんなミランダの姿をアリサが眺めていると、ミランダは小声で言った。

「……友達が苦しんでるのに、『大丈夫?』とか訊かないの?」

「明らかに大丈夫じゃないから、訊く必要ないと思って」

 アリサが答えると、ミランダはまたため息をついた。

「まあいいけど。あなたが落ち着いていてよかったわ」

「どういうこと?」

 自分が何を心配されているのか、アリサは今ひとつわかっていなかった。ミランダは肩を竦める。

「監禁されて、人質に取られているのよ? 誰でもパニックに陥るわ」

 確かにそうかも知れない、とアリサは思った。でも、監禁なんて今さらだ。たぶん自分は、世界で一番監禁されている実感がない人間だと思う。それに、自分のことよりミランダのほうがよほど心配だった。

 十五分ほど待ってはみたが、外にいる先生たちに動きはない。ずっと年長の男たちが、ひそひそ声で話し合っているだけだ。何をそんなに相談することがあるのかわからず、アリサは彼らを「ルーム」から見つめていた。

「あの」

 やがて、我慢しきれずアリサは口を開く。

「何をそんなに悩む必要があるんですか? 問題は簡単でしょう? お金を払うか、払わないか。払わなければ私もミランダも死ぬのですから、答えは一つしかない。私なら……私の父の遺産なら、払えない金額ではないでしょう? いくらなんですか」

 ルジンスキ先生は、ぽつりと額を言った。アリサの想像よりは一桁ほど多かったが、それでも支払えない額ではなかった。

「大丈夫じゃないですか。払ってください」

「でもねアリサ、脅迫にそのまま屈するというのはよくない」

「戦わなければいけないって? 卑怯者には立ち向かわなければならない? それは払ってからでもいいでしょう。今は緊急事態なんです。私とミランダが解放されてから、警察でも何でも相談して、捜査すればいいことじゃないですか」

 するとルジンスキ先生は、暗い表情で何も言わず、ただ眼を下に落とした。初めて見る反応だった。いつもなら言い淀みながらも、何か反論を返してくる。もしかしたらこれが、本当に困っている時の反応なのかも知れない。何か、アリサに言えないことがあるらしい。

「……何か、隠していることがあるんですか?」

 外は今や、静まりかえっていた。大勢の看護師たちもまた、ルジンスキ先生を見つめていた。先生は顔を上げた。

「隠していることなんかないよ、アリサ。簡単な問題だ。これだけの莫大な金額を、一方的に脅迫されて簡単に支払ってしまっては、今はよくても今後危険じゃないかい。犯罪者たちのターゲットになって、蜂の巣にされる。ただでさえ、君はご両親が何らかの犯罪に巻き込まれて亡くなっているんだから。今回一回だけなら支払えても十回、二十回と重なってご覧。いやそれだけじゃない、仮に金額が上昇していったら? 犯罪者どもに遠慮なんて発想はないよ。それにね……君は犯罪のターゲットとしてはある意味、格好だ。何しろ、逃げ場がないんだから。ここを掘れば金が出る、と学習したが最後、彼らは井戸が涸れるまで掘り続ける。そんなことはできる限り、避けなければならない。僕は君の将来に対して責任を持っているんだ。確かに、金さえ払えば解決する。それは結構。でもね、それは最後の手段だ。その前に、いろいろとやらねばならないことがある。いいね?」

 先生はそう語った。確かに、それはその通りだ、と思ったので、アリサは頷いた。先生は満足げに口角を上げると、再びアリサに背を向けて、ディスプレイを凝視し思案し始めた。

 そしてアリサは、先生は何かを隠しているし、何を隠しているのか話すつもりは一切ないのだな、ということを悟った。

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