第14話
翌朝目覚め、服を着替え、アリサは生活スペースから応接スペースへ、今度はドアをきちんと開けて出る。応接スペースから外を見ると、すでにいつも通り、看護師たちが忙しそうに仕事をしていた。アリサが出てきていることに気づいて、手を振ってくる者もいた。アリサは小さく振り返した。
この中の誰に訊いても、外の世界の真実は教えてくれないのだろう。外部はとっくに崩壊して溶岩に呑まれているのでしょう、と言っても、怪訝な顔をするだけなのだろう。容易に想像がついた。変な夢を見たんだね、そう言われるだろう。ルジンスキ先生だって同じだ。みんながみんな、アリサに嘘をついている――のかも知れない。わからない。アリサには、何もわからない。
生活スペースに戻り、コンピュータを起動する。インターネットを経由して、世界中の情報がアリサの元へ届く。スペインではテロが起きたらしい。スリランカでは祭りが行われているそうだ。ニュースサイトはそんなことを言っている。SNSを開くと、何十人もの人が今日の食事の写真をアップロードし、最近観た映画の感想を書き、サーフィンだのサイクリングらのに勤しんでいる日常について記録している。
この全てが嘘なのかも知れない。よく出来たプログラムによって自動生成されているでたらめのニュースと、でたらめの近況報告で、アリサが働きかけたところで返信も自動生成されるだけなのかも知れない。それが本当の人間によって記されているか、アリサに確かめる術はない。恐らく技術的には、そんなに難しくはないだろう。
騙されているのかも知れない。その真偽を確かめる術は、アリサには将来にわたって、ない。
今は朝の八時だ。それはたぶん、間違いなく真実だった(嘘をつく意味がない、という消極的な理由しかなかったが)。アリサはコンピュータに背を向けると、考え始めた。
普段なら退屈しのぎに学習プログラムを起動させているところだったが、アリサはひたすら、椅子に腰掛けたまま考え続けた。そしていくつかの「方向性」をまとめた。方向性とはつまり、自分が進みうる人生上の道筋のことだった。それは完全な現状維持から自殺まで、様々なものがあった。アリサはその中のいくつかから、さらにピックアップして検討した。
考えたことは、あえてコンピュータ上に何もメモを残さなかった。先生たちがチェックしているかも知れないからだ。全てを自分の頭の中で考えた。頭の中ではいつだって、アリサは自由だった。
そしてその間、アリサはひたすらに冷静だった。アリサは至って、醒めた性格をしていた。こんなちっぽけな部屋の中で自分を諦めたまま十四年も生きてきたのだから、そうなるのも当然かも知れない。
おめでたい夢や希望を持ったティーンエイジャーなんて、映画や児童小説の中にしかいないと思っていた。そしてアリサを激高させられるのは、今も昔もイライザだけだった。アリサは楽天的なプランから絶望的悲観的なプランまで、自分の人生にあり得る可能性を極めて客観的に、同等に扱った。
ある程度「計画」がまとまったのは、十二時を少し過ぎた頃だった。ちょうど昼食の時間だ。いつもの屈強な看護師の一人が、何重にも隔てられた防護壁を越えて昼食を持ってきてくれる。
農薬を使わずに注意深く育てられた野菜、骨を一つ残らず取り除かれた魚、筋を一つも残さず取り除かれた肉、丹念に漉したスープ。後は少量の炭水化物。味付けもごくあっさりしている。もっとも、あっさりしていない食事をアリサは摂ったことがないが。アリサの元に届く頃には、どれもすっかり冷めている。
「あの」
アリサはすでに背を向けていた看護師に話しかけた。彼が来るようになって三年ほどで、初めてのことだからか、彼はかなり動じていた。
「……はい、お嬢様」
彼が自分を「お嬢様」と呼ぶ、ということをアリサは初めて知った。言葉に悩んでから、アリサは言った。
「あなたの、お名前は?」
「……レザーマンです。ブライアン・レザーマン。ほら」
少し間を置いて彼は応じると、自分の胸元をちらりと見た。そして顔を顰めた。
「そうか、防護服があるからネームプレートは見えないのか」
レザーマンは肩を竦め、それから笑みを見せた。盛り上がった筋肉から受ける印象と対照的な、子どもっぽい表情だった。アリサは話を続ける。
「少しお話しできる? ブライアンと呼んでいい?」
「え? あ、はあ」
困った顔で、レザーマンは部屋の隅を見た。カメラがセットしてある場所だ。ルジンスキ先生がどう思うか、不安になったのだろう。しかし、「お嬢様」に話しかけられて無視するわけにも行かない。アリサは彼の反応を気にも留めず、笑いかけた。彼女にしては珍しいことだった。
「そちらに座って。ブライアンは何歳なの?」
「二十四になります」
「結婚してる?」
「いいえ! まさか。母親と二人暮らしです」
「恋人はいるの?」
「え? その、どうされたんですか、お嬢様」
アリサがあまりにまっすぐに顔をのぞき込むせいか、彼はひどく赤面していた。
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