第3回活動報告:実技の訓練場所
活動報告者:宇野空響 覚得之高校二年生 自然散策部 部長
確か、昨日行われた筆記試験に合格して、次の段階に進んだはず。
なのに、なんで、僕は川原を走っているんだろう。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
「知識だけでは、調査員は務まりません。ほら走りなさい!!」
そんなことを言って僕の後ろにいるのは里中先生だ。
ジャージを着て、いかにも、体育教師といった感じだが、僕たちは自然散策部、いや異世界調査部のはずなんだけどな。
いや、危険なところに行くんだから、訓練があるとは思っていたんだけど、こんな古典的な……。
「せ、先生。も、っとこう、異世界ならではの訓練方法が、ない、の、ですか?」
「ありますが、まずはこうやって基礎体力をつけないと、特殊能力をつかってもすぐ倒れるという羽目になりかねません。それに宇野空さんは元々が体が弱かったみたいですし、流石にあの2人程度には鍛えておかないとダメです」
それを言われるとつらい。
僕は元々虚弱で、運動なんて点でダメだった。
が、それは過去の話し。
こうして異世界調査員に選ばれたことで、その技術を惜しみなく使ってもらって、私の虚弱体質は治ったらしい。
らしいというのは、魔術とかいうので、パーッと光が降り注いで終わりだったから。
正直あまり実感はない。
だって、こうして走っているとすぐに息が切れるし、とてもキツイ。
まあ、こんな長時間走れているっていうのが、虚弱体質が治っている証拠なのかもしれないが。
普通ならもうぶっ倒れているだろうからね。
それはそれで、勇也君が介抱してくれるだろうからいいのかもしれないが。
ああ、それだと結局異世界調査員にはなれないことを意味するから、駄目だね。
私も私で、未知なる世界への関心はあるんだ。
夢が広がるじゃないか。
剣と魔法などという空想は本だけの世界ではなかった。
いや、それ以上の世界が僕たちが生きている世界には存在しているらしい。
里中さんは、この異世界調査員は強制ではないという。
実際、危険なことも多いらしい。
そりゃ、そうだろう。
僕たちが向かう先は、地球の先進国に比べれば、遥かに文明レベルが低く、貴族、奴隷などが普通の横行している中世ヨーロッパ並みの文化らしいからね。
ついでに、魔物とかい怪物が存在しているのだから、人の命なんて軽いだろう。
軽いという表現は適切ではないか。
誰だって死にたくないけど、命を守るルールや技術、知恵などがまだ発展していないのだ。
だから総じて文明レベルが低いということになる。
これは、別に頭が悪いなどという侮蔑の意味ではなく、仕方のないことだと里中先生はいう。
その世界はこれから発展していくのだ。
地球がそうだったように、いろいろな困難を乗り越えて。
その発展を助けるためや、被害を少なくするための異世界調査員でもあるということ。
だからこそ、その世界を生き抜く力と知恵を調査員に求められるのは当然だ。
まあ、前提に地球の日本の利益のためというのがつくが。
「はぁ、はぁ、はぁ……ふうっ……」
なんて、それらしい奮起する理由を思い浮かべてみるが、やはり体はキツイ。
いや、本当に。
「ほら、歩いてはダメですよ。速度が歩く速度と変わらなくても、それでも走る体勢で、戦場では足を止めることは死を意味すると思ってください」
「そ、れは……、銃、撃戦で、は……」
「無駄に喋ると息がさらに上がりますよ。あと、どの戦場でも一緒です。体力が尽きれば止めを刺されるだけです。相手との力量さで負けるならともかく、自分の体力がなくなって動けなくなりましたって終わりは情けないですからね。ともかく、今は走って基礎体力を上げることが大事です。さ、目的の公園まではしっかり走りますよ」
「……は……い……」
やばっ、本当に息が上がってきた。
喋って、呼吸のペースが乱れたから?
き、きっつい!?
そのあとは喋る余裕もなく、倒れないように、必死に足を前に運ぶことしか考えられなかった。
「さて、公園につきましたが、ちょっと休憩しましょう」
「ぜー……、ぜー……」
やった。
公園についたとたん、さらに実技訓練だったら私は今日死ねる気がするね。
里中先生の言葉に返事をする余裕がないどころか、公園のベンチまで向かうこともできずに、その場にペタンと座り込む。
やばい。
体が疲労するっていうのはこういう事か、病弱で体がキツイとはまた違う感覚。
病弱だと対応方法が存在しているけど、完全な疲労によるだと、動かそうとしても言う事を聞いてくれない。
純粋に体の疲労がなくなって回復するまで待たなくてはいけない。
いや、話によれば無理をすれば死ぬまで体を動かすことはできるらしいけど、そこまでの境地には私は行けていない。
マラソン選手がゴールと同時に崩れ落ちるのはたぶんこれ以上の疲労によるものだと、なんとなく理解できた。
そして、私にはそんな自分を自ら苦しい中に置くとは思えない。
病弱な私にとっての、つらいときの手段はすぐに休憩だから。
「やー先輩。きつそうだねー」
私がそんなことを考えていると、私より先に着いていた越郁君が笑いながらこっちに来ていた。
あ、すでに越郁君とは勇也君とのことで和解で済んでいるので、気安い呼び方になっている。
「ふっー……。そうだね。自ら体を鍛えるというのがどれだけつらいか、初めて実感したよ。運動部の連中は頭がおかしいね。きっとドMなんだと思うよ」
「ぷっ。それを運動部の連中に言ったら怒りそうだね。まあ、自分の体を鍛えるってことをドMって言うのは、私も軽く賛成かな」
「そういえば、なんで僕と同じ距離を走った越郁君は息が切れていないのかな? 今の話しから別に体を鍛えていたわけではないんだよね?」
僕がそう尋ねると、越郁君からではなく、別の方向から答えが返ってくる。
「簡単ですよ。よく遊び回っているからです。はい、先輩。お水です」
「ああ、勇也君。ありがとう」
いや、流石私の勇也君だ。
よく気が利く。
蓋を開けて、一気に水を喉に流し込む。
冷たくて気持ちがいい、体に水がなじむ。
これが生き返るという感覚かな。
「ふう。で、遊び回っているというのは? 僕が言う遊びで本を読むことを遊び回るとは言わないよね?」
「外で遊びまわるって意味ですよ。外を駆け回っていますから、何かを見つけて」
「何かを?」
「小さい頃は、冒険だーっていって、近所を走り回っていましたね。最近は、こうパワースポットとか言って、山頂にある岩とか、海の社とか、まあ色々行ってますね」
「なるほど、自然と鍛えられたわけだ。野生児というのかな?」
「失礼な。私は、ゆーやとデートをしていただけだよ。まあ、こう面白いものがないかと思って、いろいろな場所を探していたけど、こんな近くに面白いことが転がっているとは思わなかったよ」
「それは僕も同意だね。まさか、近所にこんなところがあるとはね……」
そう。
この公園は、異世界への扉がある場所だ。
「で、里中先生。偶然ここまで走ってきたわけじゃないですよねー?」
越郁君が私の代わりに、里中先生に質問をしてくれる。
「もちろんです。これからが本番です。この公園にある異世界への扉を使って、向こう側でしっかり実技訓練をします」
やっぱりか。
でも、大丈夫なのだろうか?
私がそう思っていると、今度は勇也君が質問をしてくれる。
「安全なんですか?」
「どういった意味で安全なのかと聞きたいですね」
「えーっと、他の人が紛れ込まないとか」
「そういったトラブルがないように、ちゃんと、鍵をかけています。魔術と科学の合わせ技ですね。まあ、見てわかるようなものでもないですし、一般人が紛れ込むことはほぼありえないでしょう。世の中、絶対ということはないですからね」
「なるほど。じゃ、向こう側で訓練するにしても、この前のドラゴンなんかがいたら……」
「そういう意味では安全を確保していません」
「え?」
「だって、向こうで活動してもらうわけですから、あの程度の現地生物。まあ、十中八九魔物でしょうが、倒せないと話なりませんから」
「いや、流石に僕たちじゃ、あのドラゴンは倒せそうにないですけど」
「それができるように鍛えるのです。もちろん、今は無理なのはわかっていますので、そういう脅威が来れば、私がフォローをします」
「フォロー……ですか?」
「はい。フォローです。まあ、細かいことは向こうで話ましょう。宇野空さんも動けるように回復したようですし、こちらにいては時間がもったいないですからね」
そういうことで、私たちは、あの時と同じ場所へと足を運ぶ。
公園の林の奥にあるちょっとした広場と呼ぶには狭い場所。
子供の秘密基地程度がやっとというレベル。
そこには、あの時と同じように光る穴?が空中に存在していた。
「では、入ってください」
「「「え?」」」
流石にその言葉はないと思う。
これをくぐった後は、大変極まりなかったのだから。
「ためらいがあるのはわかりますが、今回は私もいますし、この扉はちゃんと固定化していますので、明後日なところに飛ばされる心配もありませんので、手早くしてくださいね。それとも蹴られる方がいいですか? ああ、調査員になるのはあきらめますか?」
有無を言わさない笑顔で里中先生がいうモノだから、拒否も何もなく、素直に扉をくぐると……。
「一軒家?」
「ゆーやもそう見える? 先輩は?」
「僕も普通の一軒家に見えるね」
なぜか、目の前には、日本によくある一般的な住宅が建ってた。
二階建てで、新築という感じ。
森の中にポツンと存在している。
「はい。こちらが私たち、異世界管理局が用意した、異世界での拠点です。ここでしばらく、鍛えてもらいます」
「毎日ここに通うんですか?」
「毎日というのはちょっと違うのですが、まずは中に入ってからゆっくり話しましょう。と、ここが公園との入り口ですからね」
そういわれて、ようやく振り返る。
里中先生がいる場所には、僕たちが通ってきた光る穴が存在していた。
「で、この指輪がカギになっていまして、閉じろ。といえば……」
光る穴は消えてしまった。
「逆に、開けといえば……」
光る穴がまた出現する。
なるほど、自由に開閉は可能なのか。
これなら安心だ。
「このようになっています。開け閉めはちゃんとしてください。まあ、一定時間指輪が近くになければ勝手に閉じますし、認証されていない人は認識することすらもできませんので、そうそう心配いりませんけどね。ですが、危機管理の為にしっかり注意してくださいね。さて、家に入りましょう」
そういうと、里中先生は普通に鍵を取り出して、玄関を開けて中に入っていき、僕たちもそれに続く。
特に家の中も外観と特に変わりなく、普通の住宅だ。
あえて言うのなら、生活感がないという感じかな。
モノがただおいてあるだけで、殺風景だ。
間取りは複雑なものではなく、一応、里中先生は説明してくれるが、迷うような部屋数もない。
案内が終わるとリビングに4人とも座り、本格的なこちらでの訓練の説明が始まる。
「さて、これからここで訓練してもらうわけですが、その前にあれを見てください」
そういって、里中先生は壁に掛けてある何も変哲もない2つの時計を指さす。
「2つ?」
「あれ? 全部時間が違うよね」
「いや、よく見れば1つは動いていないようだ。里中先生あの時計はなんの為に?」
「簡単に言いますと、右が日本の時刻です。左がこちらの現地時間ですね。まあ、勝手に観測した感じですが。幸い一日、二十四時間なのは変わりがないようです」
なるほど、それはありがたい。
こっちの世界が一日10時間とかだと面倒そうだからね。
「さて、なぜ二つ時計があるのかというと、あれは、この世界に来て何日たっているのかを確認するためです」
「はい?」
「どういうことかな?」
勇也君と僕は首を傾げる。
里中先生が言っていることがよくわからない。
「日本の時刻を示す時計は動ているようにま見えませんがっ実は動いています。そして、こちらの世界の時計は普通に動いているということは……」
「なるほど!! これはすごいね!!」
ここまで説明してもらって、僕や勇也君はよくわからなかったが、越郁君は何か分かったらしく声を上げている。
「つまり、この異世界は時間の進み方が早いんですね!!」
「はい。その通りです。まあ、意図的に時間の流れを速くするように繋げたわけですが」
はい?
それって、時間を操っているってこと?
そんな馬鹿な。
「どれぐらい、速くしているんですか!!」
「時計でわかりやすいように、一時間で一日です」
「つまり、ぐるっと一周で12時間で、12日過ごしたことになるんですね!!」
「はい。その通りです。これが毎日というのはちょっと違うという理由です。ここで住み込み、生活してもらいながら訓練してもらいます。そうでもしないと、勉学と、異世界への探検の両立など不可能ですからね。異世界の先にある国との交渉もしかりです」
「リアル精神と時の〇屋!! 修行には持ってこいだね!!」
すごいすごいと喜ぶ越郁君を横に僕は流石についていけないかったが、あることに気が付く。
「里中先生。それだと、私たちが日本に戻っている場合は、こっちの世界は1時間で1日進む事になるんですよね? それって何かトラブルがあったとき、駆け付けられられないのでは? 例えば、授業中だったり、寝ているときだったり……」
それだけで、数時間はかかるから、数日こちらでは経ってしまうことになる。
「そこは大丈夫ですよ。この時間差は空間を繋げる時に生まれているもので、1時間を1日と出来ているということは、その調整も調整もできるわけです。私たちが不在の時は、同じ時間が流れるようにしています。有事の際には、流れを限りなく遅くすることもできます。まあ、この家や異世界の扉に向かってどこかの国が攻めてきたときのためですけどね。日本で万端に準備を整えて迎撃するためです」
ああ、そういうことか。
確かに、都合よく1時間が1日なわけがないから、こういう研究はすでに扱えるほど習得しているわけか。
「というわけで、あの時計は私たちがこの異世界で生活するうえで重要なものですから、しっかり覚えてくださいね。まあ、この拠点から離れて活動するために、ちゃんと別で時計を確認できる端末も用意していますが、あれが基本なので、よく覚えておいてください」
「「「はい」」」
とりあえず、本当か嘘かは、時間がたてばわかるから、これ以上の追及はやめる。
どうせ、魔術とかオーバーテクノロジーとか説明されて僕にはさっぱり理解できないからね。
「では、これで時間にあまり気にせず頑張れることが分かったと思います。具体的に言うのであれば、部活動終了時間である日本時間で午後6時まで、現在の日本時間は午後4時34分。つまり、1時間26分の間訓練できるわけです。こちらの時間で言うと、約、1日と11時間12、3分程度ということになります」
つまり、あれだ。
僕たちはこれから……。
「ここで泊まり込んで実技訓練をします。無論、こちらのスキルなどの説明もしますので、戦闘訓練だけではありませんので安心してください」
そういって、里中先生はこちらに向かって微笑んでくれる。
いや、助かったというべきか、全然助かってないというべきなのか、今の僕には判断できなかった。
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