第5話閑話~運命の歯車が狂った日~
クレアシオンが精一杯の勇気を振り絞り盛大なフラグを建設していたころ、女神フローラは絶望を感じていた。世界の崩壊の音が、自分の死の足音がすぐそこまで来ている気がしていた。
神界の創造神の神殿より劣るが、それでも立派な神殿に一人だけいた。神殿があるのは神域の中だ。神域は敵に見つからないように認識阻害がかけられている。
神殿の食堂の大きな大理石の円卓……そこにある椅子は八つ。フローラの座っている椅子以外どれも空席だった。
一緒に世界を管理していた神はもういない。先日まで笑いあっていた友人達はもういない。
神界との連絡用水晶の淡い光がフローラの顔を照らす。
「俺達が時間を稼ぐ」
「お前は隠れていろ‼」
「絶対にここを離れるな‼」
「邪神なんて倒してやるからよ」
「もうそろそろ、神界が異変に気がつくはずです。あなたは神界に情報を伝えるために、生き延びてください」
「大丈夫よ、邪神と戦うのも世界を管理する神の仕事だから」
そういい、自分を守ってくれた者は誰も戻って来なかった。
皆優しかった。彼女が管理者として、この世界に来て数百年、ずっとこの先も変わらないと思っていた日常。
だが、突然終わってしまった。
二百年以上前に倒されたはずの悪神が邪神と魔族を率いて別の世界から攻めてきたのだ。
一つの大陸を瞬く間に占拠され、その大陸は地獄と化した。魔族の欲望のままに人々が殺されてしまった。絶望させるために、徹底的に痛め付けられ、男は拷問の末殺され、女は陵辱の果てに殺された。また、生きたまま少しずつ喰われた者もいた。
さらに、その大陸を支配した魔族は別の大陸を攻め始めていた。
初めの大陸から攻めてくる魔族は少数なので、人の国でも対抗出来ていたがそれも、時間の問題だろう。
最悪なことに、邪神側は、この世界の主権を奪うため、管理者の神域にまで攻めてきたのだ。
邪神側の主戦力は魔王だった。悪神が五体もの邪神と魔王を率いてやってきた。戦力は圧倒的に向こうのほうが上。
管理者たちはフローラを残し、天使を率いて悪神と戦い、そして、負けてしまった。敵の僅かな隙をついて造った五つの
今まで人が生き残っているのは皮肉にも、悪神の残虐さ故――
フローラはたった一人、不安に飲み込まれそうにいた。
そんなとき、不意に水晶が輝いた。神界にいる彼女の可愛い妹――――アリアから連絡がきたのだ。
最後に別れの挨拶をしようとしたが、アリアの口から出た言葉に驚く。
『フローラ姉さま!もう大丈夫ですよ!!クレアが神界の剣が今そっちの世界に転生しました!もうすぐ結界がはられます!!』
「アリア!?クレアシオンさんはあなたの好きだった人じゃないの?それに、この世界はもう……」
『クレアが大丈夫って言ったから、もう大丈夫ですよ。クレアは何だかんだ言ってやり遂げますから』
「でも、……この世界にはクレアシオンさんが倒したはずの悪神ベー――」
突然の爆破音、フローラが言おうとした悪神の名前はアリアには届かなかった。だが、届いたとしても余り意味は無かっただろう。運命の歯車はもう狂っていのだから。
「見つけたぜ、最後の管理者!!」
爆破と共に表れたのは邪神と魔王たちだ。
「邪神……」
『姉さま!?どうしたのですか!?フローラ姉さま!?返事をしてください!!』
邪神は嫌らしい笑みを浮かべ、舐めるように上から下に品定めするように見る。無遠慮な視線に晒されたフローラは自分を抱き締めるのうに蹲る。恐怖からか震えが止まらない。
「最後の管理者が女神とは、残党狩りをしろと言われたときは外れだと思ったが……これはついてた」
大体――と、自分たちのリーダーの悪神の愚痴を溢す邪神。元々、神界のルールが嫌で自分勝手な悪神に成った者と悪意から生まれる自分勝手な邪神、それぞれが自分勝手に動くので組織的なことは苦手だった。
それでもここまで邪神を動かせたのは悪神が優れている証拠だろう。
「今までの女神は戦争で死んじまって、楽しめなかったがお前で今までの鬱憤晴らさせてもらおうか?女神でもなかなかお目にかかれない上物だ」
「ひっ」
『フローラ姉さま!?』
邪神の手がフローラに届こうとしたとき、神殿に……否、世界に響いた。
――……【ジャッジメント・
世界に剣を型どった大きな岩が降り注ぐ。
フローラに手を伸ばしていた邪神の体を落ちてきた岩が貫いた。それを皮切りに魔王達にも天井を突き破って降り注ぐ。
一応室内と言うことでその配慮か普通の剣のサイズだった。
それでも、岩は神殺しと聖気を纏っており、邪神と魔王を一瞬で消し去っていく。
壊れた天井から光がさす。天井の穴から地上に降り注ぐ破壊の雨が見える。その光景は荒々しくも神秘的だった。
フローラは茫然とその光景を眺めて、そして、
「……クレアシオン様」
クレアシオンの呼び方が変わった。
『――なんでクレアが?』
アリアが知らないと言うことは、神界の神々の想定していたことではない。完全にクレアシオンの独断と言うことだ。結界を張ることとクレアシオンを転生させることでクレアシオンの力は使い果たすはずだ。余剰はない。
頬を染める親友と、独断で動いたために必要なエネルギーが足りなくなったクレアシオン。確かに彼が動かなかったら親友は陵辱の果てに殺されていただろう。だが、彼が転生出来なかったら本末転倒だ。
これからのことを考えて頭痛がするアリアだった。
邪神達を貫いた岩の剣から金属が顔を出していたのに気づかずに――
◆◇◆◇◆
暗い空気の淀んだ黒い神殿の中で五人が円卓に座っていた。神殿が有るのは魔族が占拠した大陸にある。
辺りからは人の悲鳴と泣き声、そして、それを嘲笑う魔族の声が響いている。
「あと少しだ。あと少しでこの世界俺たちの手に堕ちる。手筈は整った。この世界で戦力を整えたら神界と戦争ができる。あとは時間の問題だ」
ある男が地図を広げながら言う。その地図には真っ黒に染まった大陸とそこから伸びる矢印が他の大陸や島国を指していた。
負の感情は日に日に増えていく、悪意、恐怖、絶望が悪魔を産み、魔王が産まれる。時間が味方している。
「だが、クレアシオンとか言う天使はどうする?」
「ああ、聞いたことがある。神域の魔物を引き連れて邪神狩りをする魔王だろ?」
「神界の剣だそうだ」
男が自分の策が上手くいき、神界を手に入れた後を空想していると、クレアシオンの名前が出てきた。彼の悪名は世界を超え、悪魔から邪神にまで恐れられていた。
「大した奴じゃないよ、中途半端に堕ちた偽りの魔王だ。あいつは俺の手の上でよく踊ってくれたよ」
そう言いながら、愉しそうに笑う。
「よく言うよ。そいつに殺されかけて、今まで二百年以上こそこそと隠れていたくせに」
「ただ隠れていた訳じゃないさ、俺は神界に居たときから、アイツを知っている。アイツが何を自分より大事にしているかもね、だから、アイツの壊しかたもよくわかっている。実際、あと一歩、あと一歩で神界にけしかけられた!!」
男は机に拳を叩きつけた。当時のことを思い出してか歯噛みする。と、そこで思い出したかのように
「なぁ、俺がこの世界を選んだ理由を知っているか?」
「ああ?武神が少ないからだろ?」
それ以外にあるのか?と訝しげに聞くと男は獰猛な笑みを浮かべながら、
「ここの世界の管理者のリーダーはクレアシオンが大事に大事にしているアリアと言う女神の親友だ。そうなれば、アイツは来る」
「だが、障壁を張ってるから、力の強い者は入れないはずだ」
神界から見付かるまでの時間を稼ぎ、見つかっても干渉出来ないように障壁を張ってるはずだ。
「何のために魂は入り込めるようにしたと思う?」
「まさか?」
「ああ、そのまさかだ。奴は転生してでも来るだろう。転生した奴を殺すのは簡単だ。まぁ、来なくても問題ない。俺は七人の管理者を手にかけた。神界の奴等に出来ることはもうない」
その部屋に集まっていた者――悪神と邪神――の嘲笑う声が響く、ここまで何重にも複雑に組上がった策だ。失敗するほうが難しいだろう。
そこに水を差すように声が響く。
――おうおう、魔王増えすぎだな。石を投げれば当たるんじゃないか?――
突然虚空から響く声、外からは自分たちの主を馬鹿されて、出てこい!!と、悪魔たちの怒声が聞こえてくる。
「……クレアシオン!?」
「おい?どう言うことだ?」
悪神は、聞き覚えのある声に嫌な予感がする。奴は何かやらかす、と長年、奴に復讐しようと策を練り続けた勘が叫ぶ。
だが、その声は気にすることなく続ける。
――減らすか――
悪神と邪神は息が詰まり、背中に嫌な汗を感じる。
――傲慢で強欲な魔王が綴る。傲慢な我が独断と偏見の元に裁きを与える――
「結界を張れ~!!」
「この大陸だけでいい、今すぐ全魔族に命令して結界を張らせろ!!」
悪神の指示に従い、邪神たちは近くの魔族に命じた。
「我々も結界を張ったほうがいいんじゃないか!?」
「ああ、念には念を、これはまずい!!」
「お前が喧嘩うるようなことするからじゃないのか!?」
そうしている間にも詠唱は続く
――星降る空に願うのなら、願え、生き残れることを――
――それは絶望より産まれし希望――
――万象よ、ひれ伏せ――
――破壊の波が全てを零に還す――
――我は世界の理をねじ曲げる者なり――
――我は正義を騙らない、全ては我の意志の元に――
――崩壊を促せ、破壊しろ――
――創造の前には破壊あり――
――我が望む世界を切り開くために――
――傲慢な我は鉄槌を下す。【ジャッジメント・セイクリッド・メテオライト】――
轟音と共に破壊の雨が降り注ぎ、破壊の波が世界に広がり。世界に広がり侵略していた魔族たちを蹂躙していく。
そう、狙い澄まされたように魔族のみを蹂躙していく。魔族の支配していた大陸は邪神たちが結界を張ったにも関わらず、破壊の雨が降り注いだ。
魔法と超高高度からの重力による加速、空気抵抗を極限まで抑えた形、あらゆる要素が一つの目的に集約されるそれは極限にまで昇華された芸術作品に似た美しさがある。
雨が止んだ時には約八割の魔族が死滅、邪神は力のほとんどを使い果たしていた。
さらに――タイミングを見計らったように魔族の大陸を結界が囲んでいく。その結界は死んだ魔族のエネルギーを強欲に吸収してより強固になっていく。これで強い負のエネルギーをもつ者は出られない。
「おのれ!!クレアシオン!!この結界が溶けたとき、お前の大切な者をお前の手で殺させてやる!!」
悪神の怨みがかった叫びが響く。二百年以上かけた計画がゼロどころか足枷にされたのだ。尋常じゃないほどの憎しみが産まれる。その負のエネルギーは結界によって行き場を無くし、大陸の中を漂いはじめた――
◆◇◆◇◆
彼は言っていた。
――石橋を叩き壊して鉄橋に――
――用意された物が貧相なら、納得する形に創り変えたらいい――
――押してダメなら切り開け――
――運命の扉に望むものがないなら、壁を切り開けばいい――
――敵が盤上を整えているのなら、素直にその盤上で踊る必要はない。その
と、これがクレアシオンが魔王と言われる原因かもしれない。
◆◇◆◇◆
この日、全ての人が空を見上げた。暗雲を切り裂き差し込む光を、空を切り、降り注ぐ流星群を――この世の終わりを体現した様な光景を。
そして見た。自分達を大切な者――愛する人、家族、友――を苦しめた魔族が空より落ちてきた巨大な剣を型どった岩に潰される様子を――
降り注ぐ暴力は山を砕き、地を砕き、海を荒らし、地形を大きく変えた。
だが、人への被害はほとんどなかったという。中には目の前に落ちてきたが不思議な光に包まれ怪我一つなかった者もいた。
人びとには、救いに見えた。神が私達を救ってくれたと。巨大な剣を神の慈悲だと言い、【流星の聖剣】となずけ、教国を総本山とするフロリアル教会が主導して人びとはまつりあげた。種族に関係なく平等に魔族から神がお守り下さったとして……。
◆◇◆◇◆
まだ誰も知らない。クレアシオンの独断による行動でクレアシオンが転生する時間がずれたことを。
クレアシオンが結界をより強固にした結果、魔族の大陸が蟲毒のように成ったことを。
ある偶然から、【流星の聖剣】が割れ、中から強力な武器が出現することを。その武器たちは使う者を選ぶことから、【聖剣】や【魔剣】と呼ばれ、魔族への大きな対抗戦力になることを。
そして、クレアシオンは失念していた。道具とは得てして製作者の意図しない使われ方をするものだ、と言うことを――
だが、言えることは、神々の策――人を他の多くの世界のため、神界のため切り捨てる――ではこの世界で生き残れたのはクレアシオンとフローラだけだった、と言うことを、彼の行動で遥かにましになったことを、だ。
これからの未来は誰にも想像できない。神々の想定も悪神によって曲げられた運命の歯車も彼によって、クレアシオンが転生用の魔法陣の上に乗った時点で狂わされていたのだから……。
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