第4話プロローグ4

 4人が去っていくその背中を恨めしそうに睨むルイード。


 その目は酷く濁っていた――


◆◇◆◇◆


 廊下を歩いて行くクレアシオン達、アリアとイザベラの足取りは重い。創造神とクレアシオンからは少し離れていた。


「すまないな、クレア」

 

 誰もが無言の中、口を開いた創造神。その言葉は謝罪だった。普段は好好爺然とした老人なのに今ではやつれてしまって、覇気がない。


 クレアシオンとは飲み友達なので三人の関係も知っている。それに、クレアシオンを過去、自分達のせいで苦しめてしまっていた。


 そんな中で今回の事件だ。どんな罵倒も甘受しようと考えていた。しかし、


「そんなに謝らないで下さい」

「じゃが――」

「創造神様達も対策をきちんとしてきました。今回は相手が上手だっただけですよ。それに……」


 言葉を切り、アリアを見るクレアシオン。アリアの目は赤く腫れていた。その事に苦笑いしながらも、


「それに、ちょっと、アリアの友達助けるついでですよ」


 ちょっと散歩ついでにコンビニ行ってくるみたいに言うクレアシオン。その声色はどこまでも優しかった。だが、その目は獲物を追う獣のように鋭く、赤く光っていた。

 

 創造神はその目と僅かに漏れる殺気に背に嫌な汗が流れるのを感じた。


「そうかの、すまないのう」

「いや、これは俺がやりたいからやるだけですよ」


 これは俺がやると決めた事だから、と言い張るいつもと変わらないクレアシオンに創造神は苦笑いを浮かべ、少し考えた。


 そして、後ろの二人には聞こえないような小さな声で、


「クレア、この件が終わったらお主を神にしようと思う」

「それって……!?」

「ああ、その通りじゃ、過去の功績から元々クレアを神にしようという声も多かった。今回の件も無事解決できたら反対する者も少なかろう」


 創造神の言葉に長年口にすることも出来なかった――と、クレアシオンが思っているだけで、クレアシオンがアリアとイザベラに告白したら最上級神と創造神が祝いの酒と神に昇格する儀式の道具を持って現れることは周知のことで、神々は一部を除き今か今かと待っていた――思いを告げる事が出来る、となにやら決意を決めていた。


――はあ、やっとかの、このまま放って置いたらあと何百年このままだったことかの。流石に二人が可哀想じゃ……しかし、今回の件は今までで最悪のじたいじゃ、神が七人も殺されておる。死ぬでないぞ、クレア。


◆◇◆◇◆


 創造神の神殿の地下にそれはあった。幾つもの魔法陣が集まり、複雑に絡み合い、一つの巨大な魔法陣を形ずくっていた。


 魔法陣の紅い光が怪しく地下の空間を照らしている。魔法陣のある場所は遺跡の神殿の様になっていた。


 昔は、綺麗だったのだろう。ここで季節の行事や祭りをやっていたのだろう。歴史を感じさせると同時に少し寂しげだった。

 

 時の流れは残酷だった。風化し、古びた大理石の柱が途中で折れている。かつては支えていたであろう屋根は瓦礫と化し、柱としての役割は最早果たされていない。それでも尚、威厳を失ってはいなかった。建物が朽ちても朽ちないものがあると、その神殿はものがたっていた。・・


 今では、剥き出しの岩肌や風化した神殿は紅い光に照らされ、不気味な雰囲気を醸し出していた。最早、神秘的な様相は欠片もない。神殿が守り抜いていた威厳はなくなっていた。

 

 悪魔召喚だと言われたら誰もが信じるだろう。


 神秘的な雰囲気は不気味な雰囲気に変わっていた。神殿が長年守り抜いた威厳プライドは何処にもなかった。


 アリアとイザベラは様変わりした神殿に絶句していた。


「早速ですまないがの、事態は一刻を争う。そこの魔法陣の上に乗ってくれんかの」


 そう言い、紅い光を放つ魔法陣を指差す。


「結界は一つのダンジョンをコアにして造り、クレアがそのダンジョンを制覇するとお主に力が戻るようにするからの、ただし、気を付けなければならないのは、お主に力が戻るということは結界が維持出来ないということじゃ、仲間が強くなってからダンジョンに挑むといいじゃろう」

 

 ダンジョンとは神々が試練を与えるために造られるもの、邪神が魔族の拠点にと造られたもの、魔素が自然に人為的に集まり出来たもの、強い魔物の魔力によって出来たものがある。


 ダンジョンは魔素を取り込み、自身を大きく成長させる一種の魔物の様なものだ。中では魔物や宝物が自然発生している。


 邪神が造るダンジョンは魔素の代わりに負の感情――悪意、絶望、恐怖など――を集め、魔族を産み出している。


 結界のコアになるダンジョンは恐らく、魔素を取り込み、魔素を魔力に変えて結界を維持するのだろう。


「はい、わかりました。アリア、友達にもう大丈夫だと伝えてくれ」


 力が戻ってくると聞いて、少し気が楽になったクレアシオンはアリアにこれから行く世界の女神に伝言を頼んだ。


「絶対に帰ってきて下さいね」

「無理はするなよ?これが最後ではないだろうな?」


 そんな二人にこれまで想いを伝えていなかった事を後悔し、二人を抱き締める。今ここで想いを伝えてしまったら、余計に行きずらくなってしまうと思ってしまったから……


 時間的に余裕がないので二人を放し創造神に向き合う。二人は少し名残惜しそうにしていたが、仕方ないだろう。創造神はそこまで想っているなら伝えたら良いだろうと思いながら苦笑いをし、


「では、これを、」と、創造神から渡された物をみて固まるクレアシオン。


「これを魔法陣の上で心臓にすぶりっと、これがダンジョンを開くカギとなる」


 結界のコアで、クレアシオンの力を封じたダンジョンだ。誰かに――特に邪神や魔族に――ダンジョンを制覇され、結界が解除され、クレアシオンの力が奪われてしまったら、それこそ世界のいや、神界の終わりだ。対策はするだろう。


 渡された物――造りはシンプルだが、無駄のない洗練された一種の芸術品の様な剣、これを機能美と言うのだろう――をみて「もしや!?」と、思っていたが、現実は非情かな、思ったとおりだった。もっと違うものを期待していた。


 スーッと視線をアリアとイザベラに向けると、二人は泣いてはいるが覚悟を決めたような顔をしている。


 引くに引けない。嫌な汗がクレアシオンの背中をつたう。


 こんな思いをするなら、こんな思いを二人にさせるなら、もっと早くに伝えておくべきだった。今の関係を壊したくない、二人を大事に想い過ぎていて伝えられなかった。


 だが、今回の件が終わったら二人に想いを伝えよう。断られてもいい――いや、断られたくはないけど、伝えられるだけ、思いの丈を伝えよう、と覚悟をきめた。そして――


「俺、今回の件が終わったら、告白するんだ!!」


 と、盛大にフラグを建てながら剣を構える。結婚じゃなくて告白なのがなんとも彼らしい。へたれと言うなかれ、彼の精一杯の勇気だ。


「無事に帰ってきてくださいね!いつまでも待っていますから!!」

「死んだら承知しないぞ!!」


 二人の声を聞きながら、今回の元凶をぶちのめして告白する、と決意し、クレアシオンは剣を――


「逝ってきます!!」


――心臓に突き立てた。


 クレアシオンの体を貫いた、その美しい白銀の刃は赤い血に染まっていく。

 

 傷口から血が吹き出し、口からは血の泡が溢れる。激痛が体を駆け巡り、走馬灯の様なものが見えてくる。脳がフル回転し、過去の経験から生き抜く方法を導き出そうとしているのだろう。


 しかし、心臓を突き刺したのだ。助かる術はない。それに、走馬灯はどれもアリアとイザベラと過ごした時間しか写さない。ありふれた日常、しかし、どれも彼らが掴みとったもの。


――役に立たない走馬灯だな。


 そう内心愚痴を溢しながら、その最後の一時、大切な思い出に思いを馳せた。そして、この日常を再び取り戻すと誓った。


 血が剣身を伝って徐々に流れ出る。それがアリアとイザベラにはひどくゆっくりに感じられた。クレアシオンの顔は歪められたが笑顔を作っており、それがかえって痛々しい。その姿はかつて笑いかたを忘れた彼が無理やり作った歪な笑みを彷彿させた。


 だが、意味は違う。彼の想いに二人は笑顔で応えた。その笑顔は涙で濡れてはいるが花が咲いたような綺麗な笑顔だった。


 クレアシオンの血が剣を伝い魔法陣に注がれた。

 

 魔法陣の輝きは増し、クレアシオンの体は光の粒子になって消えていく、泣き崩れる二人を包み込むように、暖かく照しながら――


 魔法陣の上には何も残されていなかった。


 






――【称号:女神の婚約者を獲得しました】――

 無機質な声が小さく誰にも聞かれることなく響いていた。











「うむ、……魔法陣書き変わっておるの?あやつは今度は何をやらかすつものなのか……?……想像するのも嫌じゃな……」


 アリアとイザベラが帰ったあと、創造神はクレアシオンの獰猛な笑みを思いだし、冷や汗をかいていた。確実に⁉

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