休憩室
「先輩? ……あの……先輩? 起きてくださーい」
「むむ。今何時だ?」
「おはようございます。ってもう昼過ぎですけど」
真奈美は無事に会議が終わった事を伝えて礼を言う。
髭の言った通り、始めからどう吊るし上げようか、という算段しかしていなかったプロジェクトメンバーは「シナリオはあります」の一言で完全に目的を見失った。
そのシナリオが面白いのか否かどころか、使えるのかどうかすら会議の場では検証できない。
シナリオがある、という以上彼等にできる事は何もなかった。
結局昨日までのは何だったんだという話は出たが、それは自分がまだ不慣れな為、状況を正確に伝える事ができなかったとして、その事については申し訳ありませんと詫びておいた。
一番の古株であるプロデューサーだけは、これが元々アニメ企画のシナリオだと知っていたが、それは始めからそういう話だったと伝えた。
時間がかかったのは、オリジナルを書き下ろす事も視野に入れて色々検討し、決まってからは手直ししていたから。
全てディレクターの手配で、自分はそれに従っているだけだ。
スケジュールが押している事についてはクオリティアップの為で、それはディレクター判断だ。
裏を取ろうにもディレクターとは連絡がつかない。
プロデューサーもどこが手直しされているのかまでは分からない。押した分だけ本当にクオリティが上がっているのかを知る術はない。
代理である真奈美がそう主張する以上、ご苦労と言って会議を進める以外になかった。
「でもいいんですか? 勝手にこんな事して。ディレクターさん帰ってきたら……」
「何ができるんだ? そんな事は言ってないってか? じゃあ正しいシナリオは何なんだ?」
「それは……」
「帰ってくる頃にはプロジェクトはもう進んでるんだ。奴にそれを止める力なんてない。むしろ、うまく行った時に手柄を横取りしてくるぞ」
「そんな人本当にいるんですか?」
「いるんだなこれが。作家にしてみれば、どんなイヤな奴に会っても『こういうキャラはネタに使える』とか思ったりするんだが、中にはあまりにリアリティが無さ過ぎて使えない奴もいる」
そのままネタにしても「こんな奴いるわけない」「こんなアホな事する奴いない」と一蹴されるようなキャラにしかならない。
文字通り煮ても焼いても使えない奴だと言う。
「リアリティを求めてそのまま描写しても『このキャラの行動原理が分からない』とか『なぜこいつがこんな事をしているのか理由が分からない』とか批評される。でも実際周りにいるのはそんな奴らなんだから仕方ない」
現実には彼らにもちゃんと行動原理は存在する。
だがそれは単に自分のメンツを守る為であり、単に間違いを認めたくない為であり、単に少数をフォローして上に睨まれるのがイヤだったりと非常に小さい理由でしかない。
その真意を裏に描写した所で読んでる者は面白くもなんともない。
「だから使う時は若干脚色してもう少し深い理由を作ったりする。事実は小説より奇なりって言うけどな。その『奇』ってのはより滑稽だったりより陳腐だったりする『奇』だ」
中には本当に使える『奇』もあるが、結局その元ネタから面白さを引き出すのは作家の力量だ。
大抵の場合、面白くなった結果は、元ネタとは似ても似つかない別の物になっている。
「そのディレクターも、どうにも料理のしようもないカスみたいな人間だからな。面白みのカケラもない。接して分析するだけ時間の無駄だ。前にそれを直接本人に言って以来仲が悪くてな」
「それはそうでしょう。すごい事しますね」
「どちらにせよ、もう大丈夫なんだろ? 今日はオレは待機なんだ。問題が起きなきゃ帰っていいんだよ」
「それが……、まだ困ってまして。夕方までに仕様書を作れって言われてるんです」
「なら作ればいいだろ。……この時間まで何も言って来ないって事は無事終わったんだな。んじゃ帰るか」
「そんな~。わたし一人じゃ作れませんよぅ」
仕様書とは何か? と他の先輩に聞いた所、ゲームの設計図を事細かに書き記した物だと言う。
シナリオはゲームのストーリーを記した物。それがどんなゲームで、どんな遊び方をするものなのかまでは含まれない。
2Dなのか、3Dなのか。アクションなのか、RPGなのか。どのくらいの絵を使うのか。声は出るのか。
仕様書に従って作業分担をする為に、それがなければ何も始まらない。
「夕方までにそんなモン作れるわけないだろ。連中が言ってるのは概要書だ」
「ガイヨーショ?」
きょとんと首を傾げる真奈美に、髭の男はめんどくさそうに話す。
要するに「どんなゲームなのか」を皆が分かるようにする為のもの。もっと分かりやすく言うなら雑誌に載ってる広告みたいな内容だ。
このゲームはどんな客層に向けて、どんなジャンルで、どんな所が面白いゲームなのかを説明する。
昨今、仕様書と概要書の区別もつけない輩が多いと髭の男は頭を振る。
「だいたいオレはこの会社で仕様書なんかもらった事ないぞ」
どんな物を作ったって必ず文句を言うんだから適当でいい、と手を振って帰る準備を始める。
「それでもムリですよぅ~」
また真奈美は泣きそうな顔になり、髭はこれ見よがしに耳を塞いでみせる。
真奈美はしゅんと下を向いた。
「そうですよね……。先輩でも、これをゲームにするなんて、やっぱりムリですよね」
髭の男は立ち去ろうとした動きをピタリと止める。
「ムリってどういう事だ?」
「それが、プロデューサーさんはこのシナリオの事を覚えていて、当時のライターさんが『絶対にゲーム化できない脚本を書いてやった』と豪語していたのを覚えていたんです」
それをどうゲームに落とし込むつもりなのか算段はついてるのかと突っ込んできたらしい。
「そう言えば、そんな事言ってたな。しっかしあのプロデューサー。肝心な事は忘れるクセに、くだらない事を覚えてるな」
髭の男は頭を掻きながら言う。
「なんか色々してもらったのにすみません……。わたしはこれからビルの屋上に行ってきます。止めないでくださいね」
「別に止めはしないが、洗濯物干すんなら定時過ぎてからにしろ」
「干されるのはわたしなんです。あ、別に先輩のお力が足りなかったわけではないので、気に病まないでください」
「気に病んだりはしないな。オレにゲームに出来ない題材は無い」
「出来るんですか?」
「オレはディレクター経験もあるからな。その脚本家が『ゲーム化出来ないシナリオ』と言うならオレは『どんなネタでもゲームにしてみせる』」
もちろん全く別の物にすればどうとでもなる。
そうではなくて、題材のキモとなる部分を抜き出し、うまくゲームに取り入れる事が出来るという意味だと、熱弁を始める男に真奈美はおずおずと口を挟む。
「『バトルがある』っていうのは前提らしいんです。でも、シナリオをざっと読んでみたんですけど、バトル要素を見つけられなくて……」
男は印刷されたシナリオを手に取る。
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