悩める少年

「やっと着いた」


「この辺りに妖精の居城があるはずだけどな」


「タナトスの瞳で探すんだろ?」


「どうやって使うんだろう」


「とりあえず、かざしてみたら?」


「わあ、なんか見えてきた」


「城だ。やったぞ。これが妖精の居城だ」


「…………」


 ダメだ……。誰が何を喋っているのか自分でも分からなくなってきた……、と少年は力なく椅子に崩れ落ちる。


「うまくいかないな……」

 自分ではかなりイメージを動かせるようになったつもりだったが、先程から何度やってもうまくいかず、九条の存在による所が大きかったのだという事を実感する。

 キャラクターが動き出すどころかイメージもままならない。目の前に、何も浮かんでこない。


 これでは全く進まない。もちろん通常業務もこなさなくてはならないため、イメージばかり追っているわけにもいかない。

 やはり九条が戻ってくるまでは仕事に専念するべきなのだろうか。

 いや、それはするなと言っていた。

 九条が戻った時、何も進めてなければ怒られるだろう。それならまだいい。何も言わず見放されるかもしれない。

「……一体、どうすれば」

 九条の座っていた椅子を見る。

 こんな時、あの髭面なら何と言うだろう。


「大いに悩め少年」


「悩んでますよ」

 九条の席に座り、彼がやっていたようにキーボードに手を置く。九条はとにかく身振り手振りをよく使っていたな。


 振り返り、その席の主がやっていたように人差指を立てる。

「なあ少年。お前さんはいつまでも俺に頼るつもりだったのか? いつかは一人で出来るようにならなきゃ意味ないだろ」


 体を戻し、自分の言葉でいう。

「そうですけど、まだ早いっていうか。もう少し、手伝って欲しかったですよ」


 また振り返り、同じように指を立てる。

「それだ。そういう時が独り立ちするのに一番いいタイミングなんだ」


「ホントかな。なんかいつものようにはぐらかされてるような気がしますけど」

「そうだな。アドバイス出来る事があるとするなら、俺をイメージしてみろ。こんな時、九条さんならどう言うかな、って想像するんだ」

「なるほど……ってそれはもうやってますよ。大したアドバイスしてくれてないじゃないですか」

 って結局自分が考えてるんだから当たり前か、と呟く。

 だがイメージの中の九条は言葉を続けた。

「無理してイメージしようと力むな。ますばどんな話だったか思い出せ」


「えっと。パーティはついに妖精の居城を見つけ出すんです。なぜそんなものを人目から隠していたのかと言うと、人間を絶滅させるための最終兵器を作っていたからなんです」


 髭面の男は何もない空間を見上げながら言う。

「おおー、でっかい城だなぁ。どんな形してるんだ?」

「作ってるって言っても、正しくは異界から魔物を呼び出すんです。だから禍々しい形の城」

「禍々しいなあ。それを見たパーティは何て言うんだ?」


「なんて禍々しい……」

 呟くホーリーにフォックスが続く。

「妖精の城なんじゃなかったのか? 妖精ってのはこんな趣味なのか?」

「私は人間の環境で育ってるので分かりませんよ」

「……俺も今までに色々な異界の神を崇める神殿を見たが、こんなのは初めてだな」

「形だけではありません。結界のような。時空の歪みを感じます」


 激しく風が吹き荒ぶ中、地面の奥深くから聞こえるような笑い声が辺り一面に響き渡る。

「ついにここを見つけたか。だがもう遅い。我等の計画を人間に知られたとしても、この異界の魔物を呼び出せば、全て終わる」

「そんな事させるか」

 フォックスは見えない声の主に向かって言い放った。

 もう既に各国の王や神殿には動いてくれている者もいる。自分達だけではない。だが、止めるなら異界の魔物が動き出していない今しかない。

 全世界の人間が戦えば戦争になりもっと多く人が死ぬだろう。

 シグマが印を結び、結界に穴を開ける。一行はその穴に飛び込んだ。リックスが先陣を切り、巨大な剣で重厚な扉を力任せに叩き割る。

 嵐のような風が荒れ狂う外とは一変して城の中は静かだった。大理石の様に滑らかな壁と地面で作られた部屋は古代のドラゴンが収まるほどの広い空間になっている。

 正面にはすぐ祭壇があり、人影が一つ。妖精族の長と思われる人物だ。

 城といっても異界の魔物を呼び出す儀式をするためだけの、いわば神殿なので他に部屋はないようだ。


「妖精の神官長が一人だけ?」

「あの優男を斬れば終わるのか?」

 ホーリーとリックスの疑問はもっともだ。そんなに簡単とは思えない。相手は妖精の神官長。この世で一番優れた魔法使いなのだ。

「伏兵も、魔法による仕掛けもないようです。あの神官長も何かを隠している様子はない。異界の魔物を呼び出す儀式のために、もう全ての魔法力を使っています」

 シグマが冷静に分析する。そうなると考えられるのは、もう魔物の復活が済んで全て終わっていると言う事だ。

「異界の王は呼び出されているようだが、完全じゃないな。実体化するにはまだ時間がかかるぜ」

 太古の時代を生き、異界の魔物とも幾度か対峙した事のあるリックスが言う。

「ならそれまでにあいつを倒し、異界の穴を塞げばいいんだろう?」

「それしかありませんね。塞ぐ方法は、彼を倒してから考えましょう。彼の知識が必要かもしれません。殺さないようにお願いしますよ」

 さっと一斉に神官長に詰め寄るが、

「バカめ、そう易々と倒されると思うか」

 神官長の背後で蠢いていた異界の妖気が、神殿内に流れ込み、神官長を包み込んだ。

「なんだ? 何をしている?」

「ふはは、実体化にはまだ時間がかかるが、私の体を使ってこの世に呼び出す事は出来るのだよ」

 妖気を纏った体は膨れ上がり、次第に異形のモノへと変化する。

「こうなったら私自身が魔王となり、この世を変えてみせよう」

 あらゆる生物を融合させたような異形のモノはもはや生物とも呼べない。おぞましく、見る者を恐怖と不安に陥れる。

「私は全てを……、? が、ご、そんな……、私は、私の……やめ、ぐぉっ」

 と言うと魔物の中央にあった神官長の顔は、苦痛に歪み、そのままおぞましい造形の一部となった。

「なんて事。神官長は魔物に取り込まれてしまったわよ」

「どうなるんだ?」

「人間も、妖精も、みんな殺されてしまうわよ」

「そんな」

「この世の終わりよ」

「まだ不完全体だ。今倒す事ならできるかもしれない。いや、今倒さないと!」



 異界から出て来た異形のモノは、黒い大きな球体を棘が覆い尽くしたような形をしている。

 しかし、その重厚な金属の光沢を持つ棘は鋭利な物ではなく、取り込まれたあらゆる生物が助けを求めて手を伸ばしている様に歪んでいた。横を通るだけで衣服がズタズタに裂けそうだ。

 その球体を虫の様に細いが強い三本の足が支え、同じように細長い腕が三本伸びている。


 一行は攻撃を加えるが、傷を付けるどころか棘のように生えた毛の一本も斬り落とす事が出来ない。傷ついているのはこちらの武器だ。

 しかも背後にある異界の穴から妖気が流れ込み、傷つくどころかどんどんと固く、強くなっているようだった。

 異形のモノの腕が横に払われ、そこにいたリックスの体が消える。

 ガキンッ! と固い音を立てて、巨大な剣の刀身が大理石の壁に突き刺さる。

 地面に叩きつけられたリックスの持つ剣には刃が無くなっていた。

「つ、強い。強すぎる」

「こんなの! 私達だけで何とかできるモノじゃないよ!」


 離れた所にある石像の陰から少年は顔だけ出して様子を窺う。

「やっぱ無理あるよなー。調子に乗って敵を強くしすぎた」

 苦戦するパーティを尻目に見えないペンが手の中にあるように動かす。

「よし、張っていた伏線を使うか。各国は既に魔王討伐用の部隊を編成している事になっているし。ちょっと早いがそれが間に合った事にしよう」

「いいのか? 本当にそれで」

 と髭面の男が現れて言う。

「ここまで場を盛り上げておいて、手に負えなくなったら『助けが来ました』っていう展開で、本当にいいのか?」

「うっ……」

「いや別にいいんだぞ。監督はお前なんだから。世界の命運には代えられないからな。ここにきてやっと思いが通じて、人間も妖精も、全世界の人達の気持ちが一つになりましたとさ……っていう展開もアリさ。ある意味美しい。ハッピーエンドだ」

「うう……」

「しかし、それはお前さんが納得できる展開なのか? お前のやりたかった事って言うのは、そういう事なのか?」

「ううう……」

「小説は書こうとするな。読むんだ。自分自身にこの作品の続きを読ませてくれと頼むんだ」

「ぐぐ……」

「困ったら、登場人物に好きにやらせろ。登場人物に考えてもらえ。お前さんは監督なんだ。好きにやらせて、何度でもNGを出せ」

「……」

「自分はこの作品の一番のファンで。一番最初の読者である事を忘れるな」

 少年は、持っていた見えないペンをしまう。



 助けは来ない。来ないのだ。とフォックスは絶望に打ちひしがれる。

「くそぉっ、一体どこから間違っていたんだ」

 出来る事ならもう一度やり直したい。

「やり直す事が出来れば……、せめて魔物の復活を止めている事が出来ていれば」

 分かっていれば、神官長が憑依される前に、一撃当てる事でかなり有利になっていたかもしれない。

「やり直す事は……、出来ないのか!?」

 剣を握りしめ、神にも祈る気持ちで願う。

「やり直す事が……」

「人生にやり直しはないんだよバカヤロー」

 場を盛り上げる豪快なBGMと共に、背後から腕を組んだ少年が現れ無情に言う。

 くぅっ、とフォックスは目を閉じて悔しがる。

「心配するな。ここでお前達が倒れたら一作目は『悲惨な結末』で終わるだけだ。二作目で滅んだかに見えた世界に、新たな主人公が現れてこいつを倒してくれるさ」

 そんな事を言われても、自分達だって死にたくないし、という面持ちの一同。

「それが嫌なら自分で何とかしろバカヤロー」


「くぅっ、…………くっそぉおおっ!」

 とフォックスが剣を繰り出した先には、起き上ったリックスがいる。剣先はずぶりと腹に突き刺さり、そのまま横に払われる。

 血と肉の破片が飛び散る中に、白く光る珠があった。

 どくん! という鼓動の音と共に、リックスの体にビシッと血管が浮き上がる。腹の傷が塞がり、全身から棘のような毛が伸びた。

 カッと真っ赤な目を見開いた獣魔は、大きな犬のような、狼のような体を震わせて雄叫びを上げる。


 フォックスは甲虫を象ったような首飾りに手を伸ばし、引き千切ると、手に力を込めた。

 固い音を立てて甲虫は分解し、黒い影となり、大きくなってフォックスの体を包み込む。

 黒い影が腕、足、胴、頭と順々に定着するとそれは全身を覆う重厚な鎧となった。手には鉈の様な、短いが分厚く、重い剣が握られている。


 シルフィが風の精霊を召喚すると風が巻き起こり、大気が歪んで形を取り、透明な美しい女性の姿となった。

 精霊は鎧を纏ったフォックスを包み込むように優しく抱きしめると重なるように消える。その瞬間、鎧の周りに激しい気流が巻き起こる。

 金属的な軋みを上げると鎧はフワリと宙に浮いた。


 シグマは印を結ぶと念を込める。パーティ全員の意識を繋ぐ念話の力を発動させたのだ。

 だが発動させるのが精一杯で、ずっと集中を続けなくてはならない。

 それを察したホーリーは戦局を見定め、指示を出す。

 シルフィが精霊を動かし、フォックスの体を異形に向かって突進させ、それにリックスが合わせた。

 二人は同時に異形に体当たりのような一撃を食らわせ、その巨体を大きく傾かせた。


 異形の体はそのまま背後にある異空間の出入り口を押し潰し、祭壇を破壊した。

 時空間が歪むような地震と異形の虫のような悲鳴と共に異空間は閉じた。

 異形はこの世に残されたがその背後が大きく削げ落ちている。


 祭壇が壊れ、空間ごと爆発するような衝撃を異形自身が押さえてくれた上に弱点まで作ってくれたようだ。

 この勝機を逃すまいとパーティは攻撃を続ける。

 異形も背に開いた穴を庇うように立ち回るが、完全に息を合わせて飛び交う二つの攻撃を防ぐ事はできず、その動きを弱めていった。

 球体は倒れると表面に亀裂が走る。

 やがてバラバラと崩れ落ちた。


 その中には脈動する繭があった。透けた細胞で包まれるのは白く長い耳に細い目した胎児だった。

 胎児は白目のない眼をうっすらと開け、パーティを睨みつける。


「あれは卵だったのかよ」


 胎児の姿とはいえ異界の魔物。力を取り戻す前に倒さなくてはならない。


 俊敏なリックスを飛び込ませると、爪が一閃する。

 繭が弾け、羊水が飛び散るがその中に肉片はなかった。

 少し離れた場所に少年ほどに成長した魔王はいた。

 燃えるような髪に、それと同じようなオーラを全身に纏っている。


「ぐはっ」

 シグマが力尽きたようだ。

「まだ戦える?」

「当たり前です」

 ホーリーの問い掛けにシグマが答える。


 フォックスも鎧を解いた。念話で連携が取れなくてはシルフィの風の力も半減だ。


 魔王はパーティ全員を視野に入れながら両手に燃え盛る炎の玉を作り出す。


 パーティは思い思いの戦闘体制を取る。


 しばし睨み合った後、魔王の手が動いた。


「いくぞぅ!」

 フォックスの号令と共にパーティは一斉に飛び出した。

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