帰宅 須藤家
初出勤を終えて、須藤少年は自宅に帰ってきた。
「いやー、疲れた疲れた」
と本来なら少年が発するはずの台詞を二つ違いの姉、綾乃が言う。
リビングの食卓の椅子に浅く腰かけ、全身を伸ばすように体を反らせる。
それでも胸の膨らみが失われないのでかなりスタイルが良い。
やや赤く染めた軽いソバージュの髪に白い肌が映え、伸びをしたためにシャツの下からくびれた腰が見えた。
大学ではモテるのではないかと予想されるが、あまり浮ついた話を少年は聞いた事はない。もっとも弟の前でする話でもないので少年が知らないだけかもしれないが。
「あんたはいいよね。浪人で」
「今日からバイトなんだぞ」
「ああ、そうだっけ。どうだった?」
興味ありげに体を起こす。
「いやあ、今日はまだ仕事らしい仕事はなかったけど、近くにいる先輩が面白い人だった」
「カッコイイ?」
「ん……、んんー。多分四十歳くらいだぞ。髭だし」
なあんだ、と興味をなくしたように元の姿勢に戻る。
「バイトもいいけどちゃんと勉強もしなさいよ。来年また受験するんでしょう?」
母親が夕食の皿を持ってリビングと続きになっているキッチンから姿を現す。
ロングヘアーに端正な顔立ち、細身の青いタンクトップをタイトに着こなしたかなりの美人だ。
離婚して父親はいない。
母親、玲子は音響関係のプロデューサーをやっていて、ライブハウスも所有している。
そこいらの男よりも収入も地位もあるため養育費などは貰わず、父親とは早々に縁が切れた。
だから少年は父親の事は覚えていない。
「半端に勉強するより、社会に出た方が学ぶ事は多いんだぞ」
「誰の受け売りよ」
「綾乃、運ぶの手伝ってくれる?」
「はーい」
玲子は腰まで届く長い髪を揺らしながら台所へ戻る。
もうすぐ四十歳に届こうという年齢だが磨きのかかった容姿は見た目三十歳くらいである。だが再婚話などは持ち上がった事もない。
少年自身は今の家庭環境に不満はなく、父親がほしいと思った事もない。
いつもの脳天気な調子で食卓に着いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます