僕の作品はどうですか?

「どうですか?」

「ん? え? あ、ああ。ヒップってとこがな……、いや、他にも突っ込み所はいっぱいあるんだけど。あまりに凄すぎて一ページくらい思考停止したように読み進めてしまったぞ」

「変わった褒め言葉ですね」

「まあ、後でじっくり読ませてもらうよ」

「どっかで聞いた気がするなぁ」


「しかしいきなり『ここはファンタジー世界』ってのはなぁ」

「ダメなんですか?」

「いやダメってこたぁないが、ファンタジー描(えが)くのって意外と難しいんだぞ。その世界の常識やルールを自分で作っていい。なんでもアリで好きにやっていい分、返って難しいんだ」

「そうなんですか? 好きにやっていいから簡単かと」


「これは何かの神話をベースにしているのか?」

「いや、神話って言われても……、よく分かんないですね」

「ファンタジーってのは現実世界とは常識が違うが、その世界ではそれが当たり前なんだ。それを自然に描写しなくちゃなんないからな。下手をすると冒頭が説明文ばっかりになっちまう。だから一般的に知られているケルト神話やオンラインゲームの設定なんかをベースにするのが有効な方法だが、そんな作品はごまんとある。そんな中で突出しようと思ったら大変な事だぞ」

「確かに、そうですね」

「それにまずそれを伝えないといけないしな。いっそ『ここはファンタジー世界』って言っちまうのも思い切りはいいが……、これはその皆がよく知るファンタジーか? それともオリジナルか?」

「うーん、でも一般的なファンタジーっていうのも、実はよく分からないですよ。オリジナルかな?」


「オリジナルのファンタジーを描くのに確実な方法の一つは、現実世界の人間を迷い込ませて『なんだこの世界は?』と言わせる事なんだ。主人公は読者と同じ視点で、同じようにその世界を知る所から始められるからな」

「ははあ、なるほど」

 九条がパチンと指を鳴らすと世界が一変した。


 古い蛍光灯が頼りない光りを放っていた天井は青空になり、周りは見渡す限りの平地。

 草原というほどの大自然でもなく、荒野というほど荒れ果ててもいない。

 そんな疎らに草の生えた地面には道が延びている。

 整備された道路でなく、人や馬車が行き来するうちに自然にできたような、そんな道にのんびりと馬車が走っていた。

 都内にこんな場所はなかったはずだ。それどころかさっきまで室内にいたはず。

 九条は鳴らした指を茫然と見つめ、意味もなく人差し指と親指をつけたり放したりする。

 自分にこんな力が?

 というより、ここはどこだ?

 甲高い獣の声に反応して頭上を見ると大きな鳥が飛んでいる。

 いや、あんな鳥は見た事がないな。あのシルエットはまるで、ゲームの世界に出て来るドラゴンのようだ。


 はっとしたように周りを警戒する。

 平地とは言え視界が開けているわけではない。起伏や岩、茂みなど、猛獣が潜める場所ならいくらでもある。

 あんな翼竜が飛んでいるのだ。自分に何が起こったのかは分からないが、まずは身の安全が先決だ。

 目の前に続く街道の先には木造の建物が見え、先程の馬車が停まっている。

 宿屋か酒場か。とにかく人が大勢いるだろう。

 考えるよりも先に身体が動いていた。

 建物のドアを開け、乱れた息を整える。

 外に比べて中は薄暗い。だがガヤガヤと人の声が聞こえる。

 目が慣れると、目の前に裸同然の上半身に急所だけを金属パーツで守ったようなレザー製の鎧を着たムキムキのスキンヘッドがいた。

 もちろん、男である。

 突然荒くれる大人の中に迷い込んだ子供のように、目の前のテーブル席に目立たないようにかしこまって着く。

 何も考えず入ってしまったが、もしかしたら猛獣の檻に自ら入ってしまったのではないだろうか。

 目だけで店内を見渡すとみんな似たような風貌だ。

 女性も何人かいるようだがパンク顔負けの極彩色の鳥のようなヘアースタイルに毛皮を纏い、手には鉤爪を付けている。

 ゲームなんかではこういう場所で情報を得るものだが、そもそも日本語が通じるのだろうか。

 突然ドカァッ! とテーブルに斧が突き刺さり、ひぃっと大袈裟に驚く。


「なんだあんちゃん。珍しい格好してるな」

 良かった、言葉は通じるようだ、と安心できる展開でもない。


 そっと自分の服装を確認するように指で摘まむ。

 僕の世界ではこれが普通なんですが……と彼の世界の住人は軒並み否定しそうな事を考えていると、

「なんでそこに座ってんだぁ?」

 と顔を近づけて言う。

 な、な、なんだと言うんだ。この世界特有の店に入る時のルールでもあるのだろうか。それとも「そこはいつもジョニーの奴が座っていた席なんだよぉ。今朝ドラゴンに喰われて死んだ奴のなぁ」とか言われるのだろうか。

 動けずにただ汗をかいているとリーンゴーンとその場に似つかわしくない音が鳴り響く。

「おっと、昼休み終わりか。……彼は鐘の音で現実世界に引き戻された、とまあこんな感じで、説明だけでも結構間が持つ」


「パントマイムうまいですね」

「なんだ。お前さんには今の情景が見えなかったのか? シナリオは想像力だ! イメージしろ、イメージ」

「いやあ、そこまでは」

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