呼吸を整えろ:Aパート シーン1

 ズダン!


 吹き飛ばされた飛幡とびはたユウキの細い身体が、板間へと叩きつけられた。


 ユウキの倒れた板間の近くに、だらしなく座った数人の道場生から嘲笑の声が上がる。その内の一人が足をのばし、ユウキの頭を小突いた。



「なってねぇなァ、ユウちゃんよォ」



 道場の真ん中に立ってユウキを見降ろす入間アキラが、三白眼を釣り上げ、口元を歪ませる。眉間に皺をよせながらも、その顔には恍惚とした表情が浮かんでいた。



「おめぇの動きは軽いんだよ。ぴょこぴょことしやがって」


「アハハ……」



 笑いながら、起き上ったユウキは、板間を踏んでアキラの方へと進み出る。



「……もう一本」


「……フン」



 合図はないが、ユウキとアキラは同時に構えを取った。

 そのまま、お互いの呼吸をはかる様にじりじりと、足を運ぶ。



「……フッ!」



 短い気合いと共に、ユウキが仕掛けた。前脚での蹴りから、踏み込みと共に突きを仕掛ける。アキラはそれを捌き、そのまま逆に繰り出した突きがユウキの胸を捉えた。


 前の足に乗っていた体重を押しかえし、なおもアキラは追撃をしかける。ユウキはそれを防ぎ、またかわしながら後ろへと下がった。



「おらおら! 腰が入ってねぇぞ!」



 周囲からヤジが飛ぶ中、ユウキは身体を開き、掌でアキラの拳を流した。



「……おっ!?」



 アキラの身体が流れた一瞬と、ユウキが身体を入れるのが、同時。

 ユウキは裁いた身体にタメを作り、前脚をアキラの身体にしっかりと、踏み込んでいた。



「……んぐッ!」



 次の瞬間、弾かれたのはユウキの身体の方だった。


 流れた身体を引き戻しながら放ったアキラの廻し蹴りが、ユウキの脾臓を捉えたのだ。

 ユウキの身体はくの字に折れて、踏鞴を踏んだ。



「なんかイライラすんだよな、お前の組手は……」



 無理やりに立て直した体制を整えて足を踏ん張ったアキラが、ユウキを睨む。


 ――と、ユウキの身体が浮いた。

 よろめいた先から跳躍したユウキの身体が、次の瞬間、アキラの右肩口から、そのこめかみへと足刀蹴りを繰り出し――



 ブン!



 首をすぼめてその飛び蹴りをかわしたアキラが、そのまま肩口でユウキの身体を押しあげた。



「うわっ!」



 ユウキの身体が半回転し、肩から床へと落下する。



「……軽い。軽すぎるぜェ、お前は」



 倒れたユウキに、アキラが顔を近づけ舐めるように言う。



「……女見てぇな顔しやがって。犯してやろうか? てめぇが嫌なら、てめぇの姉ちゃんでもいいけどよ……」



 その時、その凶暴なアキラの目に向かい、伏せられていたユウキの両の目が開かれた。



「……!?」



 その一瞬、アキラは恐怖したと言っていい。

 しかし、この優男のどこに恐怖を感じたのか、それがアキラにはわからない。

 体格も力も、技だって自分の方が上だ。それなのに、なぜ――



「嬲るのはよせ、アキラ」



 道場にしわがれた、しかし張りのある声が響いた。


 顔を上げたアキラの目に、この道場――古流城南派柔拳法道場、師範の矢賀老人が入ってくるのが見えた。



「せ、先生……!」



 慌てて立ち上がり、礼をする道場生たち、そしてアキラ。



「来たときだけそんなことせんでもいいよ」


「す、すいません」



 矢賀はするすると、ユウキたちのところへと歩み寄った。



「アキラ、お前さんは強いのう」


「……あ、ありがとうございます」


「そんなに強いのに、どうしてんだね?」


「……!」



 動揺したアキラから、矢賀はユウキへと目を向ける。



「相変わらず弱いのう、ユウキ」


「アハハ……」



 笑うユウキと一緒に、矢賀も笑った。それがアキラを、またイラつかせる。



「……先生! なぜこいつに……こいつの弱さに、なにも言わないんですか!?」


「……どういうことだね?」


「ここは武道の道場です。しかも実戦派の柔拳法……それなのに、こいつは……うちで一番の古株なのに!」



 ほとんど激昂しているアキラを、矢賀は見つめ、そして言った。



「……弱いことは、悪いことかね?」


「……!」



 まっすぐに目を見て問われたアキラは、萎むようにトーンを下げていった。



「……わかりません」


「わからないのなら、それで人を断罪するべきではないよ」



 矢賀は笑った。



「お前さんは強い、ユウキは弱い。それでいいじゃあないかね?」


「……」



 アキラは一礼し、ユウキを一瞥して更衣室へと向かっていった。その後ろ姿を、ユウキは黙って見送った。

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