湯けむりペパプ!〜雪山連続失踪事件〜

ノルウェー産サバ

そして大体いなくなった

 この日、ゆきやまちほーは快晴に恵まれていた。

 PPPの一行はアイドル業が軌道に乗り始めたことに気を良くし、久しぶりに休暇を取ることにした。行き先は雪山の温泉宿に決まった。


「はぁー、いいお湯だったわね」

 顔をほんのりと赤らめたPPPの5人はロイヤルペンギンのプリンセスを先頭に廊下を歩いていた。

「うん、初めての温泉でしたけど、とっても気持ちよかったですね」

 ジェンツーペンギンのジェーンはギンギツネに借りたうちわでパタパタと首元を仰ぎながら応じた。するとコウテイペンギンのコウテイが疲れ切った声で言った。

「いやしかし、温泉というのは暑すぎやしないか? すっかり私はのぼせてしまったよ……」

「何言ってんだよ、コウテイ! みんなほどほどにしとけって心配してたのに、『まだいける、まだ大丈夫……あと少し……』とか言って一人我慢大会をしていたのはお前だろー!」

 イワトビペンギンのイワビーにそう指摘されて、コウテイはしどろもどろになってしまったが、心の中では「次に温泉に入る時はもっと長く、しかものぼせずに入っていられるだろう」と謎の自信を抱いていた。

 一方、フンボルトペンギンのフルルは、どこからか持ってきた牛乳瓶を腕いっぱいに抱えてうれしそうにしていた。

「よっぽど気に入ったのね……」とプリンセスは思った。



 PPP一行は用意された広めの和室に通された。プリンセスは何やら少し興奮したような様子で他のメンバーに向き直った。

「さぁ、みんな十分疲れはとれたわね? 明日はゆきやまちほー初の地方営業よ! しっかりとミーティングをしましょう!」

「そ、そんな!」

 悲痛な叫び声が聞こえてきた。

「一泊二日の小旅行だって聞いてたのに仕事なんて……だましたな!」

 イワビーが文句を言ったが、プリンセスは悪びれる様子もない。

「騙してなんかいないわ。仕方ないのよ、ギンギツネさんに急遽お願いされたんだから。このちほーのまだPPPを見たことのない子のために是非って」

 しばらく不満そうなイワビーをジェーンが「まぁまぁ」となだめていたが、突然何かに気づいたコウテイが部屋中を見回すとハッと息を飲んだ。

「フルルがいないぞ!」

 

 フルルを見失った4人は手分けして旅館中を探索することにした。プリンセスの提案で、30分ほどして再び和室に集合することになった。

「全くしょうがないんだから、あの子は……それにしても一体いつはぐれたのかしら?」

 プリンセスは独り言を言いながら旅館内を調べて回ったが、フルルを見つけることができないまま約束の時間が来たので、ひとまず部屋へ戻ることにした。

 しかしジェーンとコウテイもフルルを見つけることができなかったようだった。

「あれ? ところでイワビーは?」

 今度はイワビーが迷子になった。


 プリンセスたちは頭を抱えながらも、再び旅館の捜査に乗り出した。また30分後に集合することを約束して。ただし今回は捜索対象が1人増えている……

「はぁ……こういうのを『ミイラ盗りがミイラになる』って言うのよね、さばくちほーのフレンズが叫んでいたわ……」

 『二度あることは三度ある』ともそのフレンズは言っていたかもしれない。やや遅刻しつつ何の成果もないままに和室に戻ったプリンセスを迎えたのはジェーンだけだった。

「プリンセスさん! あなただけでも戻ってきてよかった! 私一人だけ残されたらどうしようかと……」

 PPPメンバーが一人ずつ消えて行き、ついにコウテイまでもが姿を消した。この異常な状況を前に不安になっていた二人は、安心感からか思わず互いをきつく抱き締め合った。

 しかし、この次はなかった。



 ついにただ一人残されたプリンセスは和室にポツンと座っていた。

「一体みんなどうしたのかしら……」

 旅館に到着した時の雲ひとつない青空はどこへ行ってしまったのか、天は分厚い灰色の雲に覆われていた。音もなく降る雪が、山に起こるすべての音を吸い込んでしまったように思われた。

「いつの間にかギンギツネさんすら見当たらなくなっているし……うぅ……寂しい……みんな……どこ……?」

 彼女の目にうっすらと涙が浮かんできた。なんとかこらえようとしたがどうにもならない。


 ふと、背後に物音を感じて振り返ると、そろそろと誰かが和室のふすまを開けようとしているところだった。イワビーがそっと部屋に顔を差し入れるところをプリンセスの目が捉えた。

「あっ、あなた……」

「わっ、プリンセス! すっ、すまん、約束の時間のことすっかり忘れちまってて……いやー、ゲーム?っての見つけちまってさ、それが面白くてついうっかり…………うわっ、怒らないでっ!」

 無言のまま距離を詰めてきたプリンセスに対してイワビーは身構えたが、プリンセスはただぎゅっとイワビーの体を抱き締めただけだった。

「うぅ……ど、どこに……いや……な、何してるのよ……あなたは……わたしを……一人にして…………うぅ……」

「プリンセス?! なっ、泣いてんのか? 悪かった! 悪かったよ、ごめんよ、勝手に動いて、こんなことになるなんて思わなかったんだ! 本当にごめんよ!」

 状況もよく呑み込めないままイワビーはただおろおろするしかなかった。プリンセスが泣きながらイワビーにしがみついて離そうとしないので、なおさら困惑しながら突っ立っていた。


「どうやらやってしまったらしいな……うわっと」

 いつの間にか現れたコウテイの姿に気付いたプリンセスはイワビーに巻きつけていた腕をほどいて今度はコウテイに抱きついた。コウテイの大きな胸に泣き濡れるプリンセスの顔が埋まっていた。

「あっ、コウテイ! まさかお前も……」

 イワビーが問うと、コウテイは気まずそうに顔をそらしながら、「表に雪が降っているのを見たら、居ても立ってもいられなくなって……外で雪を浴びていたんだ……ついフレンズとしての……懐かしさから……」とボソボソ言っていた。


「私も同罪でしょうね……」

 コウテイの後からジェーンがギンギツネを引き連れて和室に入ってきた。

「ギンギツネさんに協力してもらって屋外からフルルさんたちを探していたらこんなに時間が経ってしまっていて……ごめんね、プリンセスさん」

 ジェーンが優しくプリンセスの頭を撫でると、プリンセスはコウテイに抱きついたままジェーンの腰に手を回して引き寄せた。

「まったく、みんなみんな、勝手なんだから! 私が、いないと、すぐにどこかに行っちゃって………………」

 プリンセスはもう少しだけ泣いて、そのあともコウテイたちをまとめて抱きしめて離さなかった。



「あれ? そういえばフルルは?」

 イワビーがふと思い出して聞いた。ジェーンが「ああ、それは……」と答えようとしたが、ギンギツネが、

「いいの、多分あそこにいるから……」

と話を引き取ってどこかへ行ってしまったので、イワビーは肩をすくめるばかりだった。


…………


「はー、やっぱり温泉に入りながらの牛乳は最高だよ。ね、フルルさん、言った通りでしょ?」

 キタキツネが満足げに目を向けると、フルルもにっこりしながらうなずいた。

「でも、ふるるがいない間になにかとんでもないことになっているような……」

「まさか、そんなことないよ。ね、ゆっくりしよ? ね?」

 キタキツネがそういうのでフルルもそれ以上は考えなかった。

 ただそれは、脱衣所の戸が開き、そしてやや乱暴に閉まり、誰かが歩いてくる足音がするまでのまったく短い”ゆっくり”でしかなかった。



◆おしまい

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

湯けむりペパプ!〜雪山連続失踪事件〜 ノルウェー産サバ @siosaba

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ