お客様



 アパレルショップで働いてるんだけど、少し前に、最近へんなお客が増えたなぁって上司と話をしたことがあった。例えばスタッフを捕まえて「アンタ私のことブスだといったわね」なんていってもない事柄で何十分も罵声を浴びせてきたり、セール品を不良品以外返品交換できないって前以て伝えてるのにサイズが合わないとか思ってたのと色が違うからって返金しろとか。私自身は〝変な人〟ってのに当たったことがなかったけど、意味わかんない事案が結構発生してるみたいで。

 そんな話をして暫くして上司が「神谷さん神谷さん」って嬉しそうにこちらに駆けてきた。

「この前変なお客が増えたなぁとか話したことあったじゃない。わかったわ。この時期に外出する人にまともな人がいるわけない。まともな人は自宅で仕事してる。つまりまともな人は出掛けないから自ずと変な人が目立ってくるのよ」

 別エリアの同僚とそんな話をしたらしい上司は嬉々として話してくれた。確かにね、今は新種の悪性の病気が流行ってるし、近頃は天災もなんだか多い。普通はそんなとき敢えて外出しようなんて人は少ないと思う。そんなときに出掛けるのは変な人ばかり、だということ。

「あー、なるほど?」

 まぁ、皆が皆変な人というわけではないし、文句言ったところで結局やらなきゃいけないことは変わらないから私は今日もこうやって店先に立っているのだけど。

 夕方になり、仕事帰りのお客さんも増えて来た。駅地下にあるお店なこともあって電車の到着タイミングで人が押し寄せてくる。この時間が書き入れ時だ。店内のメンテナンスをしつつ、店内を巡回してお客さんに声をかけていく。人が減ったタイミングで清掃も行う。小さい店舗だし、他にもスタッフはいる。皆長年働いてるからそれぞれのやり様も心得てる。小さくスタッフ同士で目配せをし合ってそれぞれ行動していく。

 ふと、ある年配の女性のお客さんが目に入った。小柄なその身体は微動だにせず、じっと視線を上の方に向けている。どうやら高いところにディスプレイしていた洋服を見ているようだった。

「あちらのお洋服が気になってらっしゃいますか?」

 そう声をかけると、女性はゆっくりと視線をこちらに向け、少し驚いたように見えた。

「あのお洋服でしたらこちらにございます。案内致しますね」

 目を細め微笑めば、女性は小さく頷いて、先に歩き出した私の後を数歩遅れてついてきた。

「こちらです」

 商品を手で指しながら、「ディスプレイは赤いお洋服でしたが他にもブラウン、オフホワイト、あとグリーンもあります」なんて洋服の説明もしていく。それら説明に女性は小さく頷いて反応する。

「ご自分用ですか、贈り物……ですかね?」

 こちらが一方的に話すだけで、返ってくる薄い反応に少しぐいぐい言い過ぎただろうかと反省する。私自身は店員にあまり声をかけてほしくないから、申し訳なさで「ごゆっくりご覧ください」そういって去ろうとしかけたとき、小さく「……自分です」と聞こえた気がした。なんだか少しだけ嬉しくなって

「この服可愛いですもんねっ。この襟の感じとかいいですよね~」

 なんて妙にはしゃいで話しかけてしまった。そんな私の様子のせいか女性も先程よりも心なしか表情が和らいだ気がした。

 そうしてどんな洋服を普段は来ているのか聞き取り、この服に合うコーディネートは───なんてあれこれ提案をして、それに対して女性からもぽつぽつと言葉が返る。暫くそうやって話をしていると「……これに、します」と女性が呟いた。

「あ、でも一応ご試着どうですか。着てみるとまた印象変わったりしますから」

 最近の服は表示サイズよりも大きめに作られているものが多い。女性はかなり細めだ。もしかしたら買った後にやはりサイズが違ったと返金を希望することもあるかもしれない。であれば、今のうちに後日の返金の可能性を潰しておくことも必要だと思う。最近変なお客増えたって皆口を揃えて言ってる。

 女性が小さく頷いた。

「では試着室までご案内しますね」

 希望の洋服を持つとここに来たときと同じように先を歩き出す私の後を数歩遅れて女性がついて来る。試着室まで案内をし、「被り物のお洋服なのでフェイスカバーをお使いください」とフェイスカバーを渡す。女性はそれを受け取ると小さく頷いた。

「じゃあカーテンをお閉めしますね」

 ごゆっくりどうぞ、といいながらカーテン同士の磁石の結合するカチッという音を聞いた。小さく息を吐く。

 一応試着を案内したけど恐らくこの人は買ってくれるだろうと当たりをつけ、新しい商品を用意しておこうとストック場所へ向かう。

 と、その道中声をかけられた。声のした方を振り向けば、怪訝そうな顔をした上司がそこに居た。

「え。あれ、すみません。私なにかミスしてました?」

 すみません、といいながら慌ててそちらに歩み寄ると遮るように「大丈夫?」と声がかかる。何のことか分からず戸惑っていると

「ずっと向こうで見てたんだけどさ、もしかして疲れちゃったかな。ははは、確かにちょっとさっきまで忙しかったもんね」

と何処か憐れみを含んだ目をこちらに向ける。

「えっと……」

「あ、いや、もしかしてトークの練習かな。神谷さん真面目だもんね」

「あの……どういうことでしょうか?」

 上司は少し躊躇する様子を見せたが、視線を真っすぐこちらに向けると「あのね、1人で接客練習するのもいいけどまだ勤務中だから。お客さんもいるの。仕事に集中して」と叱咤を含んだ声色が私を突き刺した。

「………え?」

 いや、だって私ちゃんと接客してたじゃない。弁明を上げる間もなく上司は踵を返すとあっという間に向こうへ歩き去ってしまった。

 え、どういうこと。いや、でも私は確かに接客して試着室までご案内を───そう、まだあの女性は案内した試着室にいるはずだ。この謂われもない叱責を弁解しなければ。私の脚は試着室へ急いだ。

 カーテンは確かに閉まっていた。やはり私は確かにそこに案内していた。そっと胸を撫で下ろす。売り場に戻りかけて、あ、と思う。案内して時間もそこそこ経ったから、そろそろあの女性が出てくるかもしれない。ならここで待ってた方がいいかな。そう思い、念の為と様子を窺うべくカーテンの下を覗き込んだ。

 ───いない。

 そこからは何も見えなかった。い、いや確かにあの女性はいたのに。

 もう1度下から確認してから慌ててカーテンを開いた。

 ……やはり、誰もそこにはいなかった。

 じゃあ、さっきまでのは一体……。

 あぁ。結局、こんな時期に生活の為とは言え外で働いてる私も、変な人だってことだった、ってことなのかな。


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