通り雨
これは少し前に私が体験した話です。
ある帰り道、その日は部活が長引いてしまって帰路についた頃にはもうすっかり辺りは暗くなっていました。
私の家までは街頭も少なく、部活の間を見て一応家には遅くなると連絡したもののやはり心配しているだろうし、私自身、この暗闇の中1人歩くのは少し心細くもあり自ずとその足は早くなるばかりでした。
ふとポツポツと雨が頬を伝いました。と感じたのも束の間。一気に私の身体を濡らしていきます。予報ではそんなこと言ってなかったのに。降り出した雨を恨めしく思いつつ、傘を持っていなかった私は荷物を抱えると走り出しました。
しかし、2、3歩走ったところで雨はすっかり止んでしまいなんだか拍子抜けしてしまいました。あれ、通り雨だったのかな、なんて思いながらも濡れてしまった髪や服がなんだか酷く肌に張り付き気持ち悪くて私は走る足を止めずそのまま帰宅しました。
「ただいまぁ。お母さん、タオル持ってきて。なんか通り雨にやられちゃった」
玄関を勢いよく開けると私はリビングにいるであろう母に声をかけました。
遠くからバタバタと忙しない音と共に「そのまま上がんないでよ濡れるから」とこちらに向かう母の声が聞こえました。
私は中には上がらず土間で母を待っていました。濡れた藍色のブレザーは重さを増し、部活帰りの疲れた私の体力をゆっくり奪っていきます。ふいに髪から滴った雨が土間に落ちて黒くシミをつけました。
あぁ、思ったよりも濡れちゃってるなぁ。
なんて足元をぼんやりと見つめていると、耳を劈くような母の悲鳴が聞こえました。何事かと顔をあげると目の前にはタオルをはらりとこぼれ落とし、顔を真っ青に震える母の姿が見えました。半歩遅れて兄がヒョコリと顔を覗かせこちらを見るや目を大きく見開いたあと慌てて母の肩を支えながら「父さん!!」と叫びました。少しして父が何事だと慌ただしく掛けてくる足音がして兄と同じようにこちらを見るや私の名前を叫びました。
肩を両手でガシリと掴むや鬼のような形相で「何があった。誰にやられた。何処か痛むところはあるか」と矢継ぎ早に問います。
私は訳もわからず父の剣幕に圧倒され首を横に振りながら小さな声で「大丈夫」とだけ呟きました。
いつの間にか母を奥へ連れて行ったらしい兄が落ちていた真っ白なタオルを拾い、父を宥めるとそのタオルをまるで敢えてタオルでそちらを遮るように私の頭にそっとかけます。父と兄の姿が消えると兄は「父さん、警察に連絡してきて」と酷く冷たい声色で告げました。
父の足音が遠ざかっていく中、私は何もわからないまま、ただ、少しずつ湿っていくタオルの感触を感じていました。そして取り残される思考の中で、何故白のタオルが赤く色づいていくのかと不思議に思っていたのです。
暫くすると警察がやってきて、私に何処であったのか、いつ頃なのか、どんな状況だったのか、細かく聞いてきます。
少し向こうで泣き崩れている母、私の右隣で腕組みをし怖い表情を浮かべている父、左隣で私の背中をとんとんと叩き、目が合えば優しく微笑む兄がいます。
只事ではない、それはわかっていました。私は私のわかる範囲でポツポツと答えていきます。でも私にとって「突然雨に降られた」、それ以外の何事でもなかったのです。……わけがわかりませんでした。
やがて警察の方が言いづらそうに「そちらの制服は証拠としてこちらで預かってもいいですか?」といいました。その言葉に兄がはっとしたように「わかりました」と答えました。濡れていたのはブレザーと中のブラウスだったので脱衣所に移動して、兄の「制服は俺が回収して渡すからそのまま風呂に入っちゃいな」の言葉に甘えてそのままシャワーを浴びることにしました。
シャワーを頭から浴びた途端、透明な水ではなく、赤く染まった水が身体を流れていきました。ひぃっと短い悲鳴が漏れます。
その時になってようやくわかりました。私があのとき降られたのはただの雨ではなかったことに。瞬間それまで気づかなかったのが嘘のように鉄の臭いが鼻を擽りました。
その日、私は半泣きになりながら水が透明になるまで頭を洗い続けました。
後日、警察の方が今回の事件の事を話に来てくれました。概要はこうです。
あの日私が降られたのは殺されたとある少女の血でした。しかし、あの帰り道で殺されたわけではありません。少女はあの日別の場所で殺され犯人に血を抜かれていたのです。そうして犯人は別の場所、そう私の帰り道で恐らくは敢えて私に向かってその血の雨を降らせたのです……。
警察が、何処か申し訳無さそうに言いました。これは、連続殺人なんだと。
………。
……あぁ、すみません。
今は警察がパトロールを強化してくれていて、学校帰りも父と母、そして兄も交代で一緒に連れ立ってくれています。家族が無理なときは先生や友達数人が連れ立って家まで帰ってくれます。大丈夫です。
……でも、ちょっと心配もあって。最近誰かに見られてる気がするんです。一緒に帰ってくれる皆はそんなもの気づかないというんですが……。きっと、気の所為ですよね。はは。恐怖心でそう思ってしまっているだけですよね……。ね……?
………。
すみません。あの……教えて下さい……。
……私は……殺されてしまうんでしょうか?
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